■吹奏楽曲でたどる世界史【第9回】豪腕の士師サムソン~歌劇≪サムソンとデリラ≫より~バッカナーレ(サン=サーンス)

Text:富樫鉄火

●作曲:シャルル・カミーユ・サン=サーンス(フランス)
Charles Camille Saint-Saens(1835~1921)
●初出:オペラ原曲初演1877年(吹奏楽版初演は不明)
●編曲:たいへん多いので略す。編成や実力に合わせて選んでいただきたい。近年はLeigh Steiger編曲(Neil A Kjos Music版/グレード5)がよく演奏されているようだ。
●参考音源:「レジェンダリーV/阪急百貨店吹奏楽団」(BRAIN)、
「関西の吹奏楽2005 VOL.1」(日本ワールドレコード)など(どちらもSteiger編曲。後者は大阪市立墨江丘中学校の演奏)。「シンフォニック・ウインド・ハイライツ」(World Wind Music/海外盤)には、オランダ・トルン吹奏楽団の演奏で、オペラ内の様々なシーンをハイライト構成した20数分に及ぶオリジナル編曲が収録されている。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0166/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0995/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3386/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3961/
●演奏時間:約4~8分(編曲やリピートの有無によってかなり変わる)
●編成上の特徴:どの版も、ほぼ標準的な編成と思われる。
●グレード:3~5など、編曲によって様々。

『旧約聖書』は、巻を進めるに従って、史実に即した記述が多くなってくる。特に、「士師記」あたりからは、ほぼ、考古学的にも正確な出来事が中心になっていると言われている。

イスラエルの民が約束の地カナンに落ち着き、何となく「国家」の原形のようなものが出来上がり始めた。そうなると「リーダー」が必要になってくる。それが「士師(しし)」だ。「士師」とは、「裁き司」などとも呼ばれるが、いわば「地域リーダー」のことである。実際には、腕っ節の強い地域の豪腕者が、トラブルの仲介役を果たしていたようだ。日本の大昔にあった「豪族の族長」みたいなものかもしれない。

「士師記」は、そんなイスラエル初期の「地域リーダー」たちの行状に関する記録集である。けっこう生々しい話も多い。その中で最も有名なエピソードが、この「サムソンとデリラ」伝説だ。

イスラエルの民がカナンに落ち着くと、「海の民」ペリシテ人が近隣に現れ、いざこざが多く発生する(この「ペリシテ」が、「パレスチナ」の語源といわれている)。

そのうち、イスラエルの民の行いが神の怒りを買い、ある時期から、イスラエル人は、このペリシテ人の支配下に置かれることになる。そしてイスラエル人の中から、「士師」サムソンが登場する。

このサムソン、たいへんな大男で、怪力の持ち主だった。「士師」としては頼りがいもあったが、日常から、よくいえば豪放磊落、悪くいえば傍若無人な性格で、ペリシテ人とトラブルばかり起こし、とうとう追われる身になる。

ある時、サムソンは、ソレクの谷に住むデリラなる遊女と親しくなり、入りびたりになる。それを好機と見たペリシテ人は、デリラを買収し、サムソンの弱点を探り出すよう、持ちかける。だが、サムソンは、なかなか怪力の秘密を明かさない。

デリラは、「あなたは三度も私の願いを断った。もう私を愛してはいないのね。口ばかりじゃないの」と迫る(要するに、徹底的な色仕掛け)。メロメロになったサムソンは、ついに秘密を明かす。それは、彼の「長髪」にあった。髪を切られると、怪力を失うのだ。

秘密を知ったペリシテ人は、さっそくサムソンが眠っている間に髪を切り、捕らえ、拷問して目をえぐる。

無力の盲人になったサムソンだが、やがて髪が伸び、怪力を取り戻すと、神殿の柱を揺すって、数千人のペリシテ人を道連れに神殿を崩壊させ、最期を迎えるのだった……。

昔からたいへん有名なエピソードで、筆者などは、ある地方で、<サムソンとデリラ>なる名前の美容室まで見たことがあるが、要するに、いくら強い男でも女性の色仕掛けには勝てないという、戒めみたいな話なのであろう。

これをオペラ化したのが、フランスのサン=サーンス。近年、吹奏楽でもよく演奏されている≪動物の謝肉祭≫の作曲家だ。当初はオラトリオのつもりで作曲を始めたが、出来上がってみたらオペラになっていた。現在でも、ビゼー≪カルメン≫に次ぐ、フランス・オペラの人気作品である。

ヒロインのデリラ役がメゾ・ソプラノだったり、本来がオラトリオの予定だったので、地味な作品に思われがちだが、デリラの名アリア<あなたの声に私の心は開く>などは、ムード音楽一歩手前のメロディで魅了する。フランス語の響きが、何ともエロチックである。演出によっては、ラストの神殿崩壊で、派手なスペクタクルを見せてくれることもある。

このオペラの第3幕、サムソンを捕らえたペリシテ人たちの祝宴で繰り広げられるバレエ・シーンが、この<バッカナーレ>である。

なかなかスピード感にあふれたエキゾチックな音楽であるが、本来が淫猥な男女乱交の踊りであり、実際、オペラの演出によっては“十八禁”的なヴィジュアルが展開する。いまは知らないが、一時期、メトロポリタン歌劇場で上演されていた演出では、全身黒塗り、半裸のバレエダンサーが男女入り乱れて登場し、なかなか「う…」なシーンであった(DVDになっているはず)。

1949年には、アメリカで超大作映画にもなった。ラストの神殿崩壊もちゃんと見せてくれた。サムソンを筋肉マンのヴィクター・マチュアが演じていたが、デリラを演じたのがへディ・ラマールなる女優で、その妖艶な顔つきとボディに、これもまた「う…」となったものだ。

それが吹奏楽版になっており、けっこう古くから演奏されているわけだが、≪シバの女王ベルキス≫同様、中高生がこれを演奏しているのを聴くと、「この子たち、本当に分って演奏してるのかねえ」と言いたくなってしまう。指導者は、そのへん、うまく説明してあげてください。

吹奏楽版は、昔から内外で様々なものが出ており、コンクールでもさかんに取り上げられている。編曲には、冒頭、オリジナルどおりにオーボエのレチタティーヴォ風ソロがある版と、最初からいきなりダンス・シーンに入る版など、何種類かある。上欄ではグレード5のSteiger編曲を挙げたが、そのほか、中編成向けにグレード3~4程度にまとめられた編曲も多くあるので、いろいろリサーチしていただきたい。

基本的にバレエ音楽なので、飛び跳ねるようなリズム感の表現にすべてがかかっている。もちろん、エキゾチックにしてエロチックな表現も求められる。そういう意味で、そう簡単なスコアではない。

【注】この曲を検索する際は、「サムソン/サムスン」「デリラ/ダリラ」「バッカナーレ/バッカナール」など、微妙な発音の違いで数種類の邦訳があるので、注意されたい。
<敬称略>

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