■吹奏楽曲でたどる世界史【第7回】ジェリコの戦い(紀元前14~13世紀)~ジェリコ(アッペルモント)

Text:富樫鉄火

●原題:Jericho
●作曲:ベルト・アッペルモント Bert Appermont(1973~)
●初出:2003年、ラナケン(ベルギー)にて初演(ラナケン音楽院吹奏楽団20周年記念委嘱作品)
●出版:Beriato(ベルギー)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8176/
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0572/
●編成上の特徴:イングリッシュホーンあり
●グレード:4~5

まず、この曲のタイトルの日本語表記(発音)について。

訳によっては≪イェリコ≫だったり≪エリコ≫もある。アルファベットで書くと≪Jericho≫だが、英語で読むか、ヨーロッパ系言語で読むかによって違う。今回は出版元がベルギーなので、現地風に≪イェリコ≫とした方がいいのだろうが、日本人には英語読みの方がなじみがあるので≪ジェリコ≫とした。

そもそも「ジェリコ」とは「地名」であり、ここで、壮絶な戦闘が繰り広げられたのだ。そして同時に、欧米人にとって「ジェリコ」とは、「簡単に乗り越えられない、大きな障壁」の代名詞でもあるようだ。

時代は紀元前14~13世紀頃の話。『旧約聖書』の「ヨシュア記」に記録された物語だが、実際に遺跡らしきものも見つかっているので、ほぼ実話らしい。

さて、その物語とは…(話としては前々回から続いているので、今回が初めての方は、第5回から読んでいただくと分りやすいと思う)。

エジプトの圧政からイスラエルの民を脱出させたモーセは、約束の地カナンを目指し、多くの民を率いて旅を続けていた。

しかし、モーセは志半ばで死んでしまう。そのあとを継いでリーダーになったのが、ジョシュアである(この人名も、ヨーロッパ系だと「ヨシュア」と発音する)。ジョシュアは、約束の地を目指して40年間にわたる放浪の旅を続けたが、その最後の難関が「ジェリコの戦い」だった。

その町「ジェリコ」は、ヨルダン川を越えたところにあった。ジョシュア率いるイスラエル軍は、このパレスチナの町を攻略しようとする。

だが、ジェリコの町は、高い堅固な城壁に囲まれていて、そう簡単には攻略できそうもなかった。そこでまず、2人の斥候(スパイ)が送り込まれる。

この2人は、一般市民を装って城壁内の町に忍び込み、娼婦ラハブの家に潜り込んだ(彼女の家は、城壁の内側にピッタリくっついて建てられていた)。
だが、すでに2人の存在はバレていて、さっそく警備兵がラハブの家に捜索にやってくる。この時ラハブは考えた。「ジョシュアが率いるイスラエル軍に攻められたら、助かるわけないわ…」

そこでラハブは「あなたたちを匿いますから、攻撃の際には、自分の家族だけは救って下さい」と懇願する。斥候は、彼女の提案を受け入れ、窓の外(=城壁の外)にロープを垂らし、城壁の外側で、そのロープにぶら下がって、警備兵の目をくらます。のちにジョシュアの軍勢がジェリコを攻める際、この“ロープが下がっている家”が、“攻めてはいけない家”として、目印になるのだった。

やがてジョシュアの軍勢は、川を渡ってジェリコの街を包囲する。だが、なにぶん、高い城壁に囲まれた要塞都市だ。なかなか攻め込むことはできない。ジェリコの王も、臨戦体制で街を守っている。にらみ合いがつづいた。

そのうちジョシュアは、神の言葉に従って、ある奇策に出た。先頭部隊にラッパ(羊の角笛と言われている)を吹かせ、神の栄光を叫ばせながら、城壁の周囲を走り回らせた。朝も昼も夜も、とにかく24時間、ラッパの音が鳴り響いた(1日1回、一周したとの説もあり)。

最初は「うるせえなあ」程度に思っていたジェリコ軍と市民たちだったが、次第にいらついてきた。ラッパがうるさくて眠れない。いつ、あのラッパが鳴り止んで攻め込んでくるかと思うと、一時として気が休まらない。

このラッパ作戦は、まるまる1週間つづいた。「ラッパばかり吹いていて、いっこうに攻めて来ないじゃないか」…ジェリコ軍に油断が生じた。

その一瞬の隙を突いて、数千のジョシュア軍が、雄叫びを上げた。すると、いっせいに城壁が崩れ始めた。

なぜ城壁が崩れたのか…神の言葉に従ったからだ、ということになっているが、おそらく、ジェリコの軍勢を1週間もラッパの音に引きつけている間に、城壁の数箇所を、こっそり崩しかけておいたのだろうと言われている。

疲れきっていたジェリコ軍はパニック状態に陥り、乱れた。いっせいに城壁内になだれ込んだジョシュア軍は、すべての軍勢、市民を皆殺しにした。子供も女も老人も、一人も生き残らなかった。あの、娼婦ラハブの一家を除いては…。

アッペルモントは、この物語を、たいへん分りやすい、かつ迫力満点の、音のスペクタクルに仕立て上げた。

冒頭は、ヨルダン川のほとりを思わせる、静かな描写で始まる。次第に緊張感が増してきて、ジョシュア率いるイスラエル軍が、ジェリコの町を包囲し、激しい戦闘に…。時折、ド派手な音楽が一瞬静まる瞬間などもある。娼婦ラハブの一家を逃がしている場面なのだろうか。

やがて、戦闘が終わると、おそらく神への感謝を捧げていると思われる、カッコイイ、コラール風の部分になる。ついにジェリコ陥落だ。

…と、普通だったら、ここでクライマックス、曲も終盤…となるのだが、これで終わらないのが、アッペルモントのうまいところ。実はこのあとがまだあって、ラストに、饗宴のダンス音楽が付いているのだ。おそらく、ジェリコを陥落したイスラエル人たちの、お祝いの大宴会といったところであろう。

ここで繰り広げられる舞曲は、徹底的なユダヤ風。作曲者の師匠、ヴァンデルローストの名曲≪リクディム~4つのイスラエル舞曲≫の、有名な第4楽章の興奮が再現されると思えば、ほぼ間違いない。ラストでは、冒頭部が再現され、平和を祈るようなイメージで静かに終わる。

特に特殊楽器も使用されておらず(イングリッシュホーンの指定があるが、ほとんどオプション的な書かれ方なので、ナシでも何とかなるはず)、グレードも超絶技巧一歩手前のレベルなので、比較的演奏しやすいと思われる。

が、全体は4部構成、約11分間をかけて描かれる大河ドラマのような曲である。それなりの構成力と体力のあるバンドでないと、なかなか立派な演奏にはならない。じっくりと時間をかけ、題材となった物語の背景などをよく理解した上でチャレンジされることを望みたい。

なお、本稿執筆にあたって、バンドパワー編集部と、作曲家・広瀬勇人氏の尽力により、アッペルモント自身から、初演にまつわるコメントが届いたのでご紹介しておく。演奏の際の参考になるかもしれない(両者のご協力に深く感謝します)。

「初演の際には、バンドの前にダンボール製の大型の壁が作られ、曲中の壁が崩される場面では、この壁も崩されました。また、物語に沿ってラナケン音楽院の演劇専攻学生と子供たちによる演出も加えました。最終部分では子供たちがダンスをし、最後の16小節間、子供たちが美しいテキストを読み上げました」(アッペルモント)

実は、第2回でご紹介した≪ノアの方舟≫もそうなのだが、アッペルモントは、朗読や、ちょっとしたパフォーマンスが加わることを想定して曲を書くことが多いようなのだ。だから、堅苦しいコンサート演奏ばかりでなく、こういう楽しいアイディアを加味して演奏しても、まったくかまわないのである。ちなみに、彼が言う「美しいテキスト」とは、おそらく『旧約聖書/ヨシュア記』の文言と思われる。また、この曲は「2005年にオランダのケルクラーデで開催された、WMC世界音楽コンクールにおいて、第3部の課題曲に選出されました」(アッペルモント)とのことだ。

作曲者アッペルモントは、第2回で紹介したとおり、1973年生まれ。ベルギーのレメンス音楽院を卒業し、ハデルマンやヴァンデルローストに師事した、いま人気急上昇中の作曲家である。歴史上の出来事や人物、あるいは名作文学などを吹奏楽曲化すると、抜群の能力を発揮する。
【おまけ解説】

アメリカの黒人霊歌に≪ジェリコの戦い≫なる曲がある。

吹奏楽では、金管アンサンブルでよく演奏されている。ジャズ・ファンなら、往年のコールマン・ホーキンスのSaxによる名演でご存知の方も多いだろう。「われらは忘れずジェリコ~」という日本語歌詞もついている。この曲も、本項で紹介したのと同じエピソードを歌ったものだ。

しかし、なぜ、イスラエル(ユダヤ)人の戦いの物語が、アメリカで黒人霊歌になったのか…?

それは、かつてアフリカから奴隷として買われて、アメリカ大陸に連れて来られた黒人たちが、「いつか、故郷へ帰りたい。自由の身になりたい」と願った、その思いを、「神のご加護でジェリコを攻略したジョシュア」に託して歌ったのが起源だそうだ。

だから、歌詞の中には「ジョシュアは、あの朝、ジェリコで勝った。ラッパを吹いて、壁を崩した。ジョシュアは素晴らしい」と、大絶賛する部分があるのだ。

この黒人霊歌のメロディを取り入れ、同じ「ジェリコの戦い」を描いた吹奏楽曲を、次回紹介する。<敬称略>

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