■吹奏楽曲でたどる世界史【第6回】続・モーセによるエジプト脱出~行進曲ラメセスⅡ世(阿部勇一)

Text:富樫鉄火

●英語題:March “Ramesesu Ⅱ”
●作曲:阿部勇一 Yuichi Abe(1968~)
●初出:第43回全日本吹奏楽コンクール課題曲[Ⅰ](1995年)
/94年、第5回朝日作曲賞最優秀賞受賞作品
●出版:全日本吹奏楽連盟(連盟サイトを見ると在庫ある模様。また、作曲者自身の事務所「アビュー音楽事務所」でも楽譜が用意されている。
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3223/

●演奏時間:3分半
●編成上の特徴:標準編成
●グレード:4

エジプト、ナイル川の河口から約900キロの地点にあるアスワンの町で、超巨大ダム「アスワンハイダム」の建築が始まったのは、1960年のことだった。しばしば氾濫をおこし、近隣住民を苦しめていたナイル川の流れを鎮めるためにつくられたダムである。ナセル大統領悲願の大プロジェクトで、その後も、小中学生だった私たちは、社会科の授業で、これがいかに困難な大事業であったか、何度となく説明されたものだ(何しろ社会科の教科書に出ていたのだから)。

その大工事の際、巨大遺跡「アブシンベル神殿」が水没の危機にさらされた。すると、世界中から「神殿を救え」との声が沸きあがり、日本を含む各国の援助で、ダム建設と平行して大移築が行なわれた。神殿を1000個以上のブロックに切断し、60メートル以上高い場所に移して復元させたのである。

現在では、世界中から訪れる観光客のために毎晩行なわれるライトアップ・ショーが有名だが、同時に、1年に2日だけ、大神殿の一室に朝日が差しこみ、奥の石像を照らし出す神秘でも知られている。

このアブシンベル大神殿を建てたファラオ(王)が今回の主役「ラメセス二世」だ。

そのほかにも、ルクソール神殿をはじめとする多くの遺跡が、このラメセス二世の時代に建てられたと言われている。おおむね紀元前13世紀頃のことだったようだ。なんと92歳まで生き、130人の子供をもうけ、エジプト史上空前の繁栄をもたらしたとされている。

この王様は、歴史上初の「国際和平条約」を成立させたことでも知られている。当時、ヒッタイト帝国(いまの中東シリアのあたり)としばしば戦争になったのだが、どうにも決着がつかず、人類初の和平条約が結ばれたのだ(その後ヒッタイトは、謎の民族混合集団「海の民」によって滅亡させられてしまう)。

さて、そんなラメセス二世が、吹奏楽曲になっている。95年のコンクール課題曲だから、比較的、いまでも知っている(演奏した)人が多いのではないか。

前回の≪出エジプト記≫(天野正道)は、エジプトに暮らすイスラエルの民が、ファラオの圧政や奴隷扱いから脱すべく、モーセに率いられて脱出したエピソードをもとにしていることを述べた。

この、イスラエルの民に圧政を加え、追ったファラオが、ラメセス二世と言われているのだ。要するに前回の≪出エジプト記≫は、エジプトから脱出するユダヤ民族を描き、今回の行進曲≪ラメセスⅡ世≫は、彼らを追う立場の王様が題材なのである。

ただし、具体的な描写音楽というよりは、おおむねラメセス二世の人物や偉業を讃えるようなイメージで曲はできている。まさに「アブシンベル神殿」が音楽になったとも言えよう。

コンクール課題曲には、時折、とんでもなく難しい曲が登場する。いくら技量や音楽性を競うためとはいえ、「こりゃ、あんまりだよ」と言いたくなる曲が…(この前年、94年の田村文夫≪饗応夫人≫なんて、誰もが仰天したものだ)。この≪ラメセスⅡ世≫も、朝日賞最優秀賞受賞曲で、課題曲[Ⅰ]だったにもかかわらず、けっこう手強い曲であった。しかし、通常のマーチのイメージを覆す独特のメロディ、和音、低音の動きに、「カッコイイ!」としびれる者が続出し、みんなヒイコラ言いながらもチャレンジしたものだ。ファンファーレ風に奏でられる金管群のフレーズ、いかにも中東を思わせるエキゾチックなメロディなど、いま聴いても異色の課題曲と言える。

作曲者・阿部勇一は1968年生まれ(現在、秋田在住らしい)。作曲集団「風の会」会員。92年のコンクール課題曲≪吹奏楽のためのフューチュリズム≫(朝日作曲賞入賞作品)で知られるようになり、以後、広範に題材を求めて作曲活動を続けている。秋田の「なまはげ伝説」を素材にした≪男鹿絹篩(おがきぬぶるい)≫、琵琶湖の風景に触発された≪マルシュ・カプリス≫、また、今回の≪ラメセス二世≫同様、古代エジプトに材を得た≪神の領域 カルナック≫など。ブレーン・ミュージックからCD化、楽譜化されている作品が多いので、ぜひ接していただきたい。

かつて阿部は、あるエッセイで、こんなことを述べている。

「吹奏楽がもっている良さとは何か」「これほど(中略)たくさんの作曲家が吹奏楽作品を書き上げているのに、意外と演奏されていない」「もっとオリジナル作品に耳を傾けてほしい」

この真摯な姿勢が≪ラメセス二世≫のような、「吹奏楽ならではのオリジナル・マーチ」を生んだのだ。アマチュアが、趣味で「ケータイ着メロ」をつくってアップさせる、あるサイトでも、この曲はいまでも大人気である。それも分るような気がする。
<敬称略>

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