■吹奏楽曲でたどる世界史【第4回】ヤコブのみた夢~三日月に架かるヤコブのはしご(真島俊夫)

Text:富樫鉄火

●英語題:Jacob’s Ladder to a Cresecent
●作曲:真島俊夫 Toshio Mashima (1949~)
●初出:1993年(関西学院大学吹奏楽部による委嘱初演)
●出版:De Haske(オランダ)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8252/
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1325/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0988/
●演奏時間:約 8分
●編成上の特徴:標準編成に加えて、オーボエ1・2、イングリッシュホーン、バスーン1・2、バストロンボーンなどあり。
●グレード 5超

『旧約聖書』第1巻「創世記」の後半は、通称“族長物語”などとも呼ばれ、様々なタイプの初期人類の行状が記録されている。生臭い、リアルな話も多い。その多くは“家長権争い”、いわばリーダーの地位を巡るいざこざである。

その中でも、ある程度のヴォリュームで書かれているのが、のちにイスラエル12部族の始祖となるヤコブにまつわる物語だ。

紙幅の関係で、とてもすべてを解説できないが、このヤコブも一族内の争いに巻き込まれ、家にいられる状態ではなくなっていた。心配した母リベカは、故郷にいる自分の兄、つまりヤコブにとっては伯父にあたるラバンのもとへ一時避難させる。

毎晩、野宿をしながら伯父ラバンのもとへと旅をつづけるヤコブ。

ある晩、砂漠で眠っていると(エルサレムの北、10数キロの地点)、不思議な夢をみた・・・地上から天にかけて、巨大な階段(はしご)が架かっており、そこを、無数の天使たちが、昇ったり降りたりしていた。

さらに、すぐそばに神ヤハウェが現れ、「この土地をあなたに与える。子孫を増やしなさい。私はあなたを見守っている」とのお告げまであった

目を覚ましたヤコブは恐縮し、枕にしていた石を記念碑にして油を注ぎ、その地を「神の家(ベテル)」と名づけるのである。以後ヤコブは、収入の十分の一を神に奉納する戒律をつくった(これって税金の始まりか?)。

現在、「ヤコブのはしご(ジェイコブズ・ラダー)」といえば、「夢」もしくは「予知夢」の代名詞となっている。同名の映画もあった(1990年、エイドリアン・ライン監督『ジェイコブズ・ラダー』)。ただし、この映画は、ベトナム帰還兵が悪夢に悩まされるサスペンス・スリラーである。

このヤコブのエピソードを自由な発想で音楽にしたのが、≪三日月に架かるヤコブのはしご≫だ。

タイトルの「三日月」とは……実は、この作品は、関西吹奏楽界の名門・関西学院大学吹奏楽部が、創立40周年を記念して委嘱したのだが、同大学はキリスト教系であり、校章に「三日月」があしらわれているのである。その校章たる三日月に、地上から巨大な「ヤコブのはしご」が伸びてかかっている…というわけだ。

ちなみに、阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)の中に、和田誠による「ヤコブのはしご」の楽しいイラストが載っているので、参考までにご覧になっておくといいかもしれない。

曲は、一瞬、ハリウッドSF大作映画のオープニング・テーマを思わせる、超ド級のスケールである。ここで作曲者がイメージしたのは、伝説時代の旧約聖書の世界というよりは、大宇宙の彼方に燦然と輝く三日月に向かって、悠然と突き進むスペースシップのような、現代的な感覚かもしれない。

作曲者・真島俊夫は、いまや日本の吹奏楽界を代表する作編曲家である。神奈川大学からヤマハ・バンド・ディレクターズ・コースで作編曲やジャズ理論を学んだ。それだけに、この曲の中間部でも、ゆったりした流れの中に、ジャズを思わせる和声が見え隠れする。

しかし、さすがに名門バンドのために書かれただけあって、一筋縄ではいかないスコアである。そう簡単に演奏できる曲ではない。下手をすると、やたら大音響の洪水がうずまくだけで、何が何だか分らない曲になりかねない。トランペットに要求される高音域もまことに過酷である。家を追われたヤコブの苦悩に通じるものがあろう。編成は、せいぜい標準プラスアルファといった程度だが、中間部に登場する、哀愁を帯びたイングリッシュホーンのソロなど、代用では味が出ない。

こんな曲を受け取り、平然と演奏する大学生がいるのかと思うと、それこそ夢をみているのではないかと思いたくなる。
<敬称略>

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