■吹奏楽曲でたどる世界史【第3回】8代目の人類メトセラ ≪メトセラⅡ~打楽器群と吹奏楽のために≫(田中 賢)

Text:富樫鉄火

●作曲 : 田中賢 Masaru Tanaka(1946~)
●発表 : 1988年(初演/ヤマハ吹奏楽団)
●出版 : サウンド・エム(レンタル)
http://www.sound-m.biz/index.html
●参考音源 : 『深層の祭』(佼成出版社)ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3221/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1553/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3266/

●演奏時間 : 約7分
●編成上の特徴 : 打楽器奏者7人(各種打楽器のべ28種類)必要。
●グレード : 5

『旧約聖書』の第1巻「創世記」に、神が、最初の人類たるアダムとイヴを創造された、との記述がある。そこから子孫が代々つながって生まれていくさまがつづられ、アダムから数えて8代目の子孫として「メトセラ」なる族長の名前が登場する(訳によっては、メトシェラ、メトシェラハなどもある)。

この人、記述によれば969歳まで生きたらしい。概して『旧約聖書』に登場する人たちは、みんな数百歳まで生きた超長寿ばかりだが、それにしても、このメトセラ氏は群を抜いて長生きである。要するに“永遠の生命”の象徴なのであろう。

では、この曲は、そんな「創世記」の登場人物の1人であるメトセラ氏の生涯でも描いた曲なのか…と思えば、さにあらず。ことは、そう単純ではない。

まず作曲者は「相反する2つの要素」を持つ曲を考えたという。それらがひとつの曲の中で対立する…たとえば「打楽器群」(日本の祭りに代表される和楽器の響き)VS「管楽器群」(西洋の音楽)であり、「前半部」(現代語法による無調音楽)VS「後半部」(グレゴリオ聖歌をもとにした調性音楽)であり、「理知的」VS「激情的」である。

これらの構想から、「光」や「スピード」「宇宙」といったイメージが喚起され、必然的に「メトセラ」があらわれた。

そして、この構想を具現化するために、作曲者は、打楽器群に7人の演奏者(のべ28種類の打楽器)を必要とするスコアを書き上げた。その7人のサムライならぬ打楽器奏者が扱う楽器とは・・・

Ⅰ)サスペンドシンバル、ボンゴ、ティンパニ
Ⅱ)ザイロフォン、ボンゴ、トムトム(3)
Ⅲ)ヴィブラフォン、ウッドブロック、コンガ、カウベル、ゴング
Ⅳ)マリンバ、テンプルブロック(5音)、バスドラム、シンバル
Ⅴ)グロッケンシュピール、木鉦(浄土宗で使われる仏具)、コンガ
Ⅵ)タイ・ゴング(東南アジアに流布する音程のあるヘソ付きドラ)、
ボンゴ、トムトム(2)、マラカス
Ⅶ)テューブラーベルズ、テンプルブロック(4音)、カウベル、コンガ、
バスドラム、トムトム(表面をスーパーボールでこする)

…となっている。

曲は、衝撃的な無調の響きから始まる。ここは「現代」を表現している部分なのであろう。

やがて中間部で打楽器群のみの演奏となり、聴き手は、しばらくタイムトンネルの中を旅することになる。ここから最後まで、打楽器奏者は休みがない。ヘトヘトになる。

音楽は、次第に時間をさかのぼって、「現代」から「過去」へ。

ようやくタイムトンネルを抜けると、今度は、西洋音楽の原点であるグレゴリオ聖歌の旋律が始まる。しかし、バックでは、打楽器群が、まるで日本のお祭り太鼓のような演奏をつづけている。まるで「和」と「洋」が、あるいは「聖」と「俗」が合体したかのようだ。

そして、西洋の聖歌が、いつしか日本民謡のように響き始める。そこに輝いているのは、まさにすべての制約から解き放たれた「永遠の生命」=969歳のメトセラである。

作曲者自身が述べる「理知」と「激情」のぶつかり合いは、吹奏楽でこそ表現できたといっても過言ではない。演奏は決して易しくはないが、打楽器奏者さえ揃えば、挑戦する価値は十二分にある、これぞ吹奏楽史に残る名曲といえよう。

この曲は、当初、ヤマハ吹奏楽団のために書かれた12分前後の曲だったが、コンクール自由曲用に短縮版がつくられた。それが、この≪メトセラⅡ≫である。原典版≪メトセラⅠ≫も出版(レンタル)されているが、正確には初演時の原典版とは、少々違うようだ。いってみれば「Ⅱ」をもとに、原典版に近いイメージで再構成されたのが「Ⅰ」のようである。

作曲者・田中賢は、東京音楽大学作曲科を卒業後、ベルリンで教職をつとめ、日本よりもヨーロッパで先に人気となった、気鋭の作曲家である。他にも≪紅炎の鳥≫≪エオリア≫など、多くの吹奏楽曲を書いている。
<敬称略>