■吹奏楽曲でたどる世界史【第2回】ノアの方舟伝説 ≪ノアの方舟≫(アッペルモント)

2Text:富樫鉄火

●原題:Noah’s Ark
●作曲:ベルト・アッペルモント Bert Appermont (1973~)
●初演:1998年、ベルギーのレメンス音楽院にて。作曲者自身の指揮、同音楽院バンドによる。
●出版:Beriato(ベルギー)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8001/
●参考音源:『Colors』(Bertiato/海外盤)、『パリのスケッチ』(佼成出版社)他
●演奏時間:約10分半
●編成上の特徴:オーボエ1・2(内、イングリッシュホーン持ち替え1)。B♭クラリネット1~3とトランペット(またはコルネット)1~3に各div.あり。ユーフォニアムにもdiv.あり。ハープあり。打楽器かなり多数必要(雷板かバスドラム、ウインドマシーンかシンセサイザーなども)。
●グレード:5

前回の黛敏郎に引き続き、今回も同じ「ノアの方舟」である(「箱舟」「箱船」の表記もある)。だが、前回が映画音楽=サウンドトラックの編曲だったのに対し、こちらは純粋な吹奏楽オリジナル曲だ(なのに、黛以上に映画音楽的なところが面白い)。

作曲者アッペルモントは、これからも登場すると思うので、簡単にご紹介しておこう。生まれが1973年なので、まだ33歳の若さだ。

ベルギーに生まれ、レメンス音楽院(発音は「レマンス」に近い)に学び、卒業後、作曲家・指揮者・音楽教師として活躍している。樋口幸弘氏のコラムによれば、彼が制作した幼年向けの音楽テキストはベルギー中の小学校で採用されているそうだ。そういえば、CDのジャケット写真などを見ても、たいへん優しげなイケメンぶりで、子供にも親しまれそうな容貌である。

作曲家として様々なタイプを書いているようだが、吹奏楽作品となると、たいへん分りやすく楽しい、それでいて相応のグレードを要する曲が多い。特に文学作品や史実を題材にした作品に抜群の手腕を発揮する。きっと音楽的なイマジネーションが豊富な人なのであろう。

この≪ノアの方舟≫は、そんなアッペルモントが、26歳頃にレメンス音楽院の卒業制作として作曲したものだ。だから「委嘱作品」ではなく、自らの意思によって題材を選び、書かれたことになる。学生時代にこんな曲を書くなんて、驚くほかない。

ただし、いわゆる「卒業論文」だから、ちゃんと指導教授のアドバイスがあった。その指導教授が、かのヤン・ヴァンデルローストである。そのせいか、曲の中には、チラチラと「ヴァンデルロースト節(ぶし)」とでも呼びたくなるような味わいが登場する。それだけ親しみやすく、明朗な曲だということだ。

前回の黛版≪ノアの方舟≫は、動物たちが行列をつくって方舟に乗り込む様子をコンサート・マーチ風に描いた曲だった。だが、こちらは「旧約聖書」の「創世記」に登場する「ノアの方舟」伝説全体を、抜群の描写力とスケールで描いた作品だ。それゆえ、「黛以上に映画音楽的」と感じるのである。

曲は4部構成で、約10分半、続けて演奏される。

 第1部「お告げ/The Message」……金管楽器の、静かで端正なファンファーレの積み重ねで始まる。ここは、神が人間界を一掃するため大洪水を起こそうと決意し、そのことをノアに事前通告する場面だ。「ノア」とは「正しき人」「神に選ばれし者」の意味もある。神は、ノア一族と、動物をひとつがいずつ乗せられる巨大な方舟(全長約130m)を作るよう告げる。1分ちょっとの短いプロローグで、すぐに第2部へ入る。

 第2部「動物たちのパレード/Parade of the Animals」……ここは、前回の黛版と同じ場面。パレードというよりは、動物たちがあちこちから集まってくるような賑やかな雰囲気で、なかなか楽しい。ここも1分半ほどで、曲は、中心部分へ移る。

第3部「嵐/The Storm」……いよいよ大洪水が発生。すべての大地は呑み込まれ、一面が水におおわれる。方舟は、嵐の中をさまよう。曲中、最も激しい部分だ。ウィンドマシーン(シンセサイザー代用可)で、吹きすさぶ大暴風雨が表現される。アッペルモントの表現は、あくまで具体的な描写に徹しており、抽象感はない。まさに映画音楽的な部分だ。ジョン・ウィリアムズを彷彿とさせる響きも登場し、聴いても演奏しても、たいへん親しみやすく接することができるはずだ。

第4部「希望の歌/Song of Hope」……やがて嵐もおさまる。ノアは、試しに、一匹の鳩を放ってみた。鳩は、オリーブの葉をくわえて戻ってきた。洪水がおさまり始め、大地があらわれてきた証拠だ。方舟は、アララト山の山頂に漂着する。曲は、残り約5分間、新たな人類の再建、旅立ちへの喜びを奏でる。クラリネットで「希望の歌」が奏でられ、次第に全体に広がり、壮大な盛り上がりを見せる。神はノアを祝福して「もう二度と洪水は起こさない」と約束し、その証拠に、空に大きな虹をかける(つまり「虹」は、神の証文なのだ)。彼方にかかる虹を彷彿とさせながら、静かに全曲は閉じられる。

構成も曲調も明確に4部に分かれているので、それぞれの部分でいかに違いを表現するかがカギになる。各部の情景を思い浮かべながら演奏することが極めて重要だ。演奏時間は10分強なので、課題曲が短い年だったら、コンクール自由曲に採用することも可能だろう。

ちなみに、方舟が漂着したアララト山(標高5165m)の山頂はトルコにあるが、山裾は周囲のアルメニアやイランにかけて広がっている。「方舟伝説」は、あくまで「旧約聖書」に記述された「物語」だが、昔からアララト山では「方舟の残骸」を思わせる遺跡が発見されている。近年の衛星写真でも、「巨大な舟」らしき「何か」が埋まっていることも判明している。どうやら「方舟伝説」は、ある程度事実だったようなのだ。

(追記)アララト山は、今後、リード≪アルメニアン・ダンス≫の回にも登場する予定。<敬称略>

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