まず、これほどの「快著」が、戦前の昭和初期に出て、その後、ずっと忘れられていたことに、驚く。
さらに、それを、令和のいまになって発見し、復刻させたひとと版元が存在することにも、驚く。
本書は、渋沢栄一の孫にして、英語学者・市河三喜(1886~1970)の妻、市河晴子(1896~1943)が、1931(昭和6)年、夫の欧米視察旅行に同行した際の「旅行記」である。
だがその前に、本書を「復刻させたひと」(編者)=「高遠弘美」氏について。
この名前を見て、気づいた方も多いと思う。高遠弘美氏(1952~)は高名な仏文学者である。プルースト『失われた時を求めて』の個人全訳に挑んでいる(光文社古典新訳文庫)。
その仏文学者が、2013年に『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』(講談社)を刊行した時も、驚いた。『失われた時を求めて』の刊行がはじまったころで、まさかおなじ著者が、文楽太夫の本を出すとは! 住太夫はあたしも大ファンだったので、さっそく読んだら、徹底的な正攻法ファンによる「追っかけ本」だった。プルーストと文楽が「同居」しているなんて、面白い書き手だなあと、感動してしまった。
本書は、そんな好奇心旺盛な仏文学者が、おなじく好奇心だけで成立しているような古書を神保町で発見し、たちまち魅了され(おそらく自分に通じるなにかも感じ)、そのほかの著書も渉猟・取材し、解説も加えて抜粋再構成したものである。
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