▲Shion タイムズ No.49(2020年3月号)
▲チラシ – Osaka Shion Wind Orchestra 第130回定期演奏会(2020年4月23日、ザ・シンフォニーホール、中止)
▲Osaka Metro 駅構内に張り出された第130回定期演奏会(中止)のポスター(撮影:2020年3月13日)
2022年(令和4年)9月21日(水)午前8時33分、ウィーン発のオーストリア航空 OS51 便で、スイスの作曲家フランコ・チェザリーニ(Franco Cesarini)が成田空港第1ターミナルに降り立った。
9月25日(日)、大阪のザ・シンフォニーホールで開かれる「Osaka Shion Wind Orchestra 第144回定期演奏会」のステージに指揮者として立つためである。
この日、フランコの搭乗機は、強い偏西風にも後押しされ、定刻より17分早く成田にランディングした。空港では、東京からのアテンドを依頼した黒沢ひろみさんと合流し、JR「成田空港」駅を 9:45発の「成田エクスプレス10号」、「東京」駅を12:30発の「のぞみ33号」と乗り継いで、筆者がホームで待ち受ける「新大阪」駅へは、定刻の15:00に到着した。
旅程は、コロナ禍によりスイスから関西空港への直行便が無くなったため、日付を跨いだスイス(ルガーノ)~イタリア(ミラノ)~オーストリア(ウィーン)~東京~大阪と大移動する長旅となった。しかし、思いのほか元気そうだ。
余談ながら、同じ時期に入国したヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)も、ヨハン・デメイ(Johan de Meij)も、コロナ禍の減便につぐ減便で、航空券の手配が大変だったようで、結局、ふたりとも関東方面の本番がまったく無いにも拘わらず、成田空港への入国となっている。また、フランコとヤンは、日本への往復航空券が同じ航空会社では取れなかった。(参照:第174話 台風14号と3人の作曲家たち)
フランコの初来日は、この6年前の2016年(平成28年)6月10日(金)、鈴木孝佳指揮、タッド・ウインドシンフォニーの演奏で行なわれた交響曲第1番『アークエンジェルズ(The Archangels)』(作品50)の日本初演(於:ティアラこうとう大ホール、東京)に立ち会ったときだった。その3年後の2019年(令和元年)6月14日(金)、同じタッドWSによる交響曲第2番『江戸の情景(Views of Edo)』(作品54)の公式日本初演(於:杉並公会堂、東京)にも立ち会っているので、今回で都合3度目の来日となる。ただ、今回が前2回と違うのは、これがはじめての指揮者としての来日だったことだろう。(参照:第67話 チェザリーニ:交響曲第1番「アークエンジェルズ」日本初演 / 第87話 チェザリーニ:交響曲第2番「江戸の情景」への旅)
Osaka Shion Wind Orchestraのフランコ招聘プロジェクトは、2019年6月にスタートした。
これは、Shion楽団長で、その運営母体の公益社団法人「大阪市音楽団」理事長でもある石井徹哉さんの意向を受けて始まったプロジェクトで、当初は、2020年(令和2年)4月23日(木)、ザ・シンフォニーホールで開催予定の「第130回定期演奏会」に向けての招聘計画だった。
“毎月、定期を開ければ….”を目標に掲げるShionサイドの“毎年4月の定期は、作曲家を招いた自作自演を行ないたい”というビジョンに基づくものだった。
いろいろな名前が上がる中、最終的にフランコに白羽の矢が立ったのは、『ビザンティンのモザイク画(Mosaici Bizantini)』(作品14)や交響詩『アルプスの詩(Poema Alpestre)』(作品21a)、『ブルー・ホライズン(Blue Horizons)』(作品23b)という、日本でもよく演奏される作品が知られ、前述の交響曲第1番『アークエンジェルズ』がたいへんな話題を呼んでいたことが大きい。
Shionの定期においても、2019年(令和元年)11月30日(土)、ザ・シンフォニーホールにおける「第127回定期演奏会」(指揮:西村 友)で『ブルー・ホライズン』が、2020年(令和2年)1月23日(木)、同ホールでの「第128回定期演奏会」(指揮:現田茂夫)で交響曲第1番『アークエンジェルズ』がプログラムに上がっていた。
加えて、ヨーロッパの情報があまり伝わっていない日本ではほとんど知られていないが、若い頃に本格的に指揮の勉強をしたフランコが、ヨーロッパでは作曲家としてだけでなく、指揮者としても広く知られる実力者だったこともある。
その“指揮者”が、日本のステージにはじめて登場する訳である。
単なる自作自演ではない。日本の聴衆には、これがある種サプライズになる予感すらあった。
いろいろな視点で機は熟していたのである。
そして、そんな追い風にも乗った「Shion 第130回定期演奏会」は、以下のようなプログラムの作曲者自作自演コンサートとして企画された。
・交響詩「アルプスの詩」作品21
・ビザンティンのモザイク画 作品14
・交響曲「江戸の情景」作品54
日本でもよく知られ、フランコのベスト・ヒットに数えられる中から選ばれた2曲と、前年、東京で公式日本初演が行なわれたばかりで関西初お目見えとなる最新シンフォニー『江戸の情景』を作曲者自身の指揮で!というコンセプトで、巷間での関心もかなり高かった。
しかし、この盛り上がりに水を差したのは、全世界を巻き込んだコロナ禍だった。
日本では、2020年2月27日、当時の首相の突然の全国一斉休校の要請に始まり、4月7日の緊急事態宣言の発出で、多くの人が集まる催しはつぎつぎと中止された。また、江戸時代の鎖国のように、外国人の入国にも著しく制限が加えられたので、残念ながら、Shionの企画も延期せざるを得なくなってしまった。
だが、このとき、フランコはすでにShionのリクエストを受けてチューリッヒから関西空港へのスイス航空の直行便チケットを購入済みで、一方でビジネス目的での入国者に必須の在留許可の申請(いわゆるビザ申請)の手続きも進んでいた。つまり、あとは来日を待つばかりという進捗状況だったのである。
結果的に、延期によって、Shionは経済的にも大きなダメージを負うことになった。しかし、いろいろなキャンセル手続きの中で、意外にも手こずったのが、搭乗前の航空券の処理だった。
結局、この件はフランコに詰めてもらうことになったが、当初スイス航空が搭乗予定日が近いという理由でキャンセルによる返金を拒んだため、大バトルに発展。粘り強く折衝を重ねていく内、なんとか一回に限り振替便の利用を認めるという条件を引き出すことができた。きっと、既定の約定どおりの杓子定規な応対なんだろうが、スイス航空が同国を代表するフラッグ・キャリアだけに、コロナ禍の非常事態下の対応として果たしてどうだったのだろうか。政府の決定による不可抗力だけに、筆者にはどうにも腑に落ちなかった。しかも振替便のブッキング後のフライトの変更は一切受け付けないというものだった。
海外ではよく聞く話だが、何か高飛車だなあ、という印象だけが残った。
だが、このフランコからの連絡を受けて、演奏会日程も組み直しが可能となり、即行で、ホールの空き日、Shionとフランコのスケジュールなどを摺り合わせた結果、同じプログラムのコンサートが、2021年(令和3年)4月18日(日)、ザ・シンフォニーホールで「第136回定期演奏会」として開かれることになった。
偶然、今度の演奏会当日は、フランコの60回目の誕生日にあたり、もしも実現していたら、大ハッピー・バースデー・コンサートになるはずだった。
しかし、この夢も再びコロナが奪った。
2020年4月、コロナの世界的蔓延を受けて、スイス航空がまずチューリッヒからの関空直行便を運休。夏ダイヤも冬ダイヤも運休と発表されて一瞬真っ青になったが、その後、2021年3月5日から再開させる計画だと発表されたので一安心。しかし、一方で日本政府による旅行支援策も実施されていた秋口から年末にかけて、全国的に感染が拡大。2021年1月7日、埼玉、千葉、東京、神奈川に緊急事態宣言が再び発出され、同13日には大阪を含む6府県にも適用区域が拡大されるにおよび、2月7日、スイス航空は、3月5日からの運行再開の延期を決定した。演奏会までまだ少し日があるものの、航空券についてはこれでほぼ万事休すだ。
フランコからも再延期するかどうかの問い合わせが入り、一方で外国人の出入国規制も一段と厳しくなった。
当時、Shionでは、最善と思われる感染予防対策を実施しながら公演を行なっていた。なので、経験値から、演奏会の実施それ自体には自信を深めていたが、残念ながら、再び指揮者入国が困難になってしまった今回の事態を受け、2021年3月、フランコの同意を求めた上で、「第136回定期演奏会」は、新たに指揮者に渡邊一正をたて、以下のように曲目を変更して行なわれることが決まった。
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲 (リヒャルト・ワーグナー / 木村吉宏編)
・メトロポリス1927
(ピーター・グレイアム)
・交響曲第2番「江戸の情景」作品54
(フランコ・チェザリーニ)
『アルプスの詩』と『ビザンティンのモザイク画』だけは、やはり将来の自作自演コンサートで聴衆に届けたいというShionの想いと、直前の2月24日に亡くなった市音元団長の木村吉宏さんへの追悼、そして、『江戸の情景』を含む人気作曲家の最新作の紹介をミックスさせたいかにもShionらしい切り替えだった。
その一方、舞台裏では、フランコを招聘する新たな日程作りも始まった。その結果、前回と同様の摺り合わせを経て、最終的に、コンサートは、2022年(令和4年)9月25日(日)の「第144回定期演奏会」と決まり、その後の紆余曲折を経て、下記のような意欲的なレパートリーが演奏されることになった。
・シンフォニエッタ第3番「ツヴェルフマルグライエンのスケッチ」作品56(日本初演)
・ビザンティンのモザイク画 作品14
・交響詩「アルプスの詩」作品21a
・交響曲第3番「アーバン・ランドスケイプス」作品55(日本初演)
こうして、2019年に始まった企画は、約3年という時間を経てついに実現され、Shionは、圧倒的な音楽的成果を得た!
ナマ演奏を直接耳にした率直な感想だ。この感動は、CDや配信では味わえない。
しかし、その実現までには、これまでにお話ししたこと以外にも、いかにも“わが国特有の”複雑な事情から、およそ想像できなかった障壁が幾重にも立はだかり、そのつど関係者が右往左往させられることになった。
おそらく、コロナ禍の日本では、こういうことが各地で起こっていたのだろう。
演奏家も事務局もない。それらを乗り越え、この日の成果に結び付けたShionの各位には、特大のブラボーを贈りたい!!
▲チラシ- Osaka Shion Wind Orchestra 第127回定期演奏会(2019年11月30日、ザ・シンフォニーホール)
▲チラシ- Osaka Shion Wind Orchestra 第128回定期演奏会(2020年1月23日、ザ・シンフォニーホール)
▲Osaka Shion Wind Orchestra 第136回定期演奏会のご案内(2021年3月)
▲有名なShionのトラックと(2022年9月25日、ザ・シンフォニーホール搬入口)