【コラム】富樫鉄火のグル新 第361回 岩波ホールはいつも「満席」だった

 東京・神保町の岩波ホールが、7月いっぱいで閉館した。
 だが、新聞やSNS上の惜しむ声を読んで、わたしは、開いた口がふさがらなかった。
 普段はジェット機だの恐竜だの、叫んでキレるマンガ映画ばかり観ているのに、こういうときになると、とたんに「学生時代によく行った」とか、「今後、良質な映画を上映する場がなくなる」とか口にして、惜しむふりをする日本人の、なんと多いことか(チコちゃんの森田ナレーション)。
 そういうアナタが普段から行かないから、閉館したんじゃないか。
 
 岩波ホールは、1968年に開館した。
 当初は、講演会などに利用される、多目的ホールだった(だから、スクリーンの前に、あんな大きなステージがあるのだ)。
 映画専門館になったのは1974年で、その第一弾は、インド映画『大樹のうた』(サタジット・レイ監督、1959年)だった。
 当時わたしは高校生だったが、すでに映画マニアだったので、さっそく行ってみた。
 そのとき驚いたのは、「むかしのモノクロ映画」を、「各回入れ替え制」で上映していることだった。
 てっきり、新しい映画館だから、最新のカラー映画かと思ったら、古いモノクロ映画で、売れない作家がやたらとヒドイ目に合う、身も蓋もない話だった。
 しかも、それまで映画館は、上映時間など気にせず、好きなときに行って、上映中でも勝手に入って途中から観て、次の回の上映で「ああ、ここから観たんだっけ。じゃ、帰るか」と出てきたものだった。
 それが、次回の上映開始まで客席に入れず、ロビーで待たされるなんて経験は、初めてだった。

 まだ残っている岩波ホールのウェブサイトに、過去の全上映作品がリストアップされている。
 それを見ると、わたしは、おおむね6~7割を観ているようだ(大学がすぐそばだったので、特に学生時代は、全作を観ている。といっても、1本を最低1~3か月は上映するので、本数は、それほどでもない)。
 そこから、わたしの、岩波ホール・ベスト10を挙げる(順位は、上映順)。

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