【コラム】富樫鉄火のグル新 第360回 石田民三と地唄《雪》

 先月、東京・京橋の国立フィルム・センター(NFAJ)で、小特集上映「没後50年 映画監督 石田民三」があった。
 石田民三(1901~1972)とは、戦前の映画監督。
 特に昭和初期(1930年代)、東宝京都を中心に、「花街・芸妓映画」の傑作を続々生んだ鬼才で、市川崑の師匠でもある。
 世情や男社会の犠牲となった女性の悲哀を描くのが得意だった。
 幕末~維新を舞台にした作品では、薩長軍が京都や江戸に迫るなか、運命を翻弄される芸妓たちの姿を、愛情込めて描いた。
 なかでも、『花ちりぬ』(昭和13年)、『むかしの歌』『花つみ日記』(昭和14年)の「花街三部作」は、わたしが熱愛する作品群で、名画座での上映には必ず駆けつけている(もちろん、今回も上映された)。

 いまなら、これらを「元祖フェミニズム映画」などと呼ぶのだろうが、石田の場合は、”芸妓フェミぶり”が尋常ではなかった。
 今回の上映にあわせ、「NFAJニューズレター」2022年7~9月号に、映画研究者の佐藤圭一郎氏が、「石田民三小伝」を寄稿している。
 それによれば、石田は、かねてより京都花街の上七軒に入り浸り、「上七軒の主」として有名だった。
 学生時代から江戸文学を愛好し、「女の子に小唄を唄わせ偶には自分も唸ったり」した。
 やがて上七軒の芸妓と結婚し、妻の営むお茶屋から撮影所に通ったという。
 花街は、石田にとって人生そのものだったのだ。

 そのことが如実にわかるのが、名ラスト・シーンで知られる、『むかしの歌』(昭和14年)である。

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