■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第172話 ドス:交響曲第3番「シンフォニー・オブ・フリーダム」とタッドWS

▲トーマス・ドス(Thomas Doss)

▲スコア – Thomas Doss – Symphony of Freedom(Mitropa、2020年)

オーストリアの作曲家トーマス・ドス(Thomas Doss)の交響曲第3番『シンフォニー・オブ・フリーダム』(原題:Sinfonie Nr. 3 Sinfonie der Fteiheit)は、大作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven、1770~1827)の“生誕250周年(ベートーヴェン・イヤー 2020)”の幕開けを彩るドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州の青少年吹奏楽団「ノルトライン=ヴェストファーレン州ユンゲ・ブレサー・フィルハーモニー(Junge Blaserphilharmonie Nordrhein-Westfalen)」の記念コンサート「GREETINGS TO BEETHOVEN(ベートーヴェンへの表敬)」のための委嘱作として作曲され、2020年1月5日(日)、同州ライネのシュタットハレ・ライネ(Stadthalle Rheine)において、ティモール・オリヴァー・チャディク(Timor Oliver Chadik)の指揮で初演。同じ月内に、州内の他の3都市でも演奏が行なわれた。(参照:《第171話 ドス:交響曲第3番「シンフォニー・オブ・フリーダム」の完成》)

ベートーヴェンの関連楽曲だけで構成されたこのユニークなコンサートのフィナーレを飾った新作シンフォニーは、トーマスが、ベートーヴェンの魂の中に生きていると感じている“人間の自由”と“フランス革命の理念”、即ち「自由」「平等」「友愛」という価値観をもとに書かれている。

曲は、アレグロ・リゾルートの第1楽章「自由を求める叫び」、アンダンテ・カルモの第2楽章「自由の夢」、ヴィヴァーチェの第3楽章「何よりも自由」の3楽章構成で、すべての楽章のタイトルに“自由”の文字が使われ、ベートーヴェンの理念や価値観を賛美する意味で、ベートーヴェン自身、それに加えて親近性を感じさせるアントン・ブルックナー(Anton Bruckner、1824~1896)の楽句や旋律の引用も見られる。トーマスによると、それらは、この作曲に取り組んだとき、真っ先に頭の中に思い浮かんだものだったという。

その一方、人々が自由を愛した時代に生きたベートーヴェンを彷彿とさせるタイトルをもつこの交響曲には、現代社会が抱える“自由”に連なる問題意識も盛り込まれている。

それは、第1楽章に込められた、チベット仏教の最高指導者でノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマの悲痛な“叫び”への応答であったり、第2楽章に表された、難民ボートで海を渡る最中に溺死し、海岸に打ち上げられた2歳のクルド族の少年アラン・クルディの悲劇的な画像を通して感じた哀しみに顕著だ。そこでは、少年の死をただ単に悲劇のひとつとして描くのではなく、少年の失われた未来へ向けた夢も描かれている。その美しさは、心を揺さぶられるようだ。

フィナーレの第3楽章のテーマは、文字通り“生きる喜び”だ。ブルックナーもウィーンでの初演を聴いたとされるベートーヴェンの交響曲第9番の「歓喜の歌」(An die Freude)の断片が随所に盛り込まれた華やかな楽章となっている。また、楽章冒頭に現れるブルックナーのモテット「ルクス・イステ(Lucus iste)」(この場所は神が作り給いぬ)のテーマも大きな役割を果たしている。

このように、単なるベートーヴェン賛美だけの記念曲に終わらないところが、現代作曲家トーマスの真骨頂だ。

そして、新作完成のニュースは、瞬く間にヨーロッパを駆けめぐり、ドイツ以外の他の諸国のウィンドオーケストラからも演奏に名乗りを上げるところがつぎつぎと現れた。

ここで、ユニークだったのは、トーマスの楽曲を出版管理するミトローパ・ミュージックを擁するハル・レナード・ヨーロッパ社の楽譜供給への対応だった。

それは、当時の同社音楽部門の責任者ベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts)の方針によるもので、これと決めた特定の作品については、委嘱者のためのプロテクト期間を含め、作曲者の意向を受けて各国で初演を行なう楽団への楽譜供給を優先させ、一般販売用の楽譜は、各国初演後にそれぞれの国への供給を開始するというものだった。さすがは、ドイツのメジャー・オーケストラ、バンベルク交響楽団(Bamberger Symphoniker ? Bayerische Staatsphilharmonie)の元首席トロンボーン奏者だ。商業出版社の長でありながら、ビジネスよりも、作曲者や作品を第一に考える姿勢に、当時深い共感を覚えたものだ。(参照:《第108話 ヴァンデルロースト「オスティナーティ」世界初演》)

一方、日本では、ベンもトーマスも実際にその耳で演奏を聴き、その音楽に高い信頼を置いていたタッド・ウインドシンフォニーの音楽監督、鈴木孝佳さんにまずスコアを見てもらうべきだという話になった。実は、このとき、鈴木さんは、次の定期演奏会では、同じトーマスの交響曲第2番『シンフォニー・イン・グリーン』(Symphony No.2、Symphony in Green)に取り組もうと考えていたのだが、ふたりの話を筆者から伝え聞いた氏は、第3番のスコアにザッと目を通した後、予定のプログラム案を変更。2020年(令和2年)6月5日(金)、杉並公会堂大ホールで行なわれる予定の「第27回定期演奏会」では、タイムリーな新作の交響曲第3番の本邦初演が行なわれることとなった。

当時のメモによると、演奏会当日には、トーマスも自費でふたたび来日し、会場では、スコアの頒布も行なわれることになっていた。

他国でも同じようなアプローチが見られ、これで何事も無ければ、“ベートーヴェン・イヤー 2020”の話題性も追い風になって、この新作は、ヨーロッパを中心に、かなりの国で演奏される予定だった。

しかし、ここで、コロナのパンデミックが世界を襲った。

ヨーロッパ各国ではつぎつぎとロックダウンが実施され、コンサートやイベントが軒並み中止や延期に。トーマスの交響曲第3番も、1月の委嘱者によるドイツ国内の4回のコンサートと2月のポルトガル初演までは予定どおり行なわれたが、その後、委嘱者が5月にも計画していた4回のコンサートを含め、それ以外の演奏もつぎつぎと取りやめとなった。

日本でも、2月末の首相による突然の全国一斉休校の要請に始まり、その後の緊急事態宣言の発出など、社会全体に大きな動揺が及び、当然、多くの人が集まる催しはつぎつぎと中止。タッドWCの「第27回定期演奏会」も無期延期となった。

この報せを筆者から受けたベンは、落胆しながらも、『よくわかった。こちらでも同様だ。この曲の日本への供給開始は、タッドの次の演奏会まで待つことに決めた。』と返答してきた。ベンとは、そういう男だ。

その後、海外からの入国規制で、鈴木さんのアメリカからの再入国時期もハッキリしない中、タッドWSでは、延期した演奏会をいつ開催するのかで議論が重ねられ、その結果、彼らは、2021年(令和3年)11月6日(土)、大和市文化創造拠点シリウスで、延期された演奏会を開催することとなった。

予定プログラムは、以下のような意欲的なものだった。

アルヴァマー序曲
Alvamer Overture (James Barnes)

・バイエルン王ルートヴィヒII世に捧ぐ「誓忠行進曲」
Huldigungsmarsch (Richard Wagner)

・空、川、湖、そして山に
Of Skies, Rivers, Lakes and Mountains(Philip Sparke)

・ロシアのクリスマス音楽
Russian Christmas Music(Alfred Reed)

・交響曲第3番「シンフォニー・オブ・フリーダム」
Symphony No.3 (Thomas Doss)

これは、久しぶりのタッドWSの演奏会として、ファンの注目を集めた。だが、その後、信じられないことに、今度は指揮者の鈴木さんの入院と2度にわたる手術という誰もが予想しなかった事態が起こり、演奏会は再び流れてしまった。

しかし、幸いなことに氏の術後リハビリの経過は良好で、2022年春には現場復帰。

同年7月11日(月)、広島でお茶をご一緒したときも、おなじみのダジャレが完全復活し、流した演奏会についてもできるだけ早期に行なえれば、と強い意欲が示された。

オーシ!そうこなくっちゃ!!

▲鈴木孝佳

▲チラシ – タッド・ウインドシンフォニー第27回定期演奏会(中止)(2021年11月6日、大和市文化創造拠点シリウス)

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