▲▼NHK大阪放送局で(1997年11月19日)
▲ライムライト・コンサート 14(1997年11月19日、大阪府立青少年会館)
▲プログラム – ライムライト・コンサート 14 & ブリーズ in 京都(1997年11月)
▲同上、演奏曲目
『ディアー・フレンド・ユキヒロ、先週、大阪で一緒に過ごした時間は、本当にすばらしいものだった。BBB(ブリーズ・ブラス・バンド)との3度目の共演は、リハーサル、コンサートを通じてエクセレントだったし、友情を深めるグレートな機会となった。加えて、大阪音楽大学やNHK、大阪市音楽団のミスター木村、近畿大学などとも….。』
1997年(平成9年)11月15日(土)に来阪し、21日(金)まで滞在したベルギーの作曲家ヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)が、帰国後の29日に送って寄こしたFAXの書き出しだ。
大阪滞在中、ヤンは、17日の「ブリーズ in 京都」(京都外国語大学森田記念講堂)、19日の「ライムライト・コンサート 14」(大阪府立青少年会館)の2回のBBBの演奏会で客演指揮をしたほか、自作の祝典序曲『オリンピカ(Olympica)』などを教材とした大阪音楽大学での吹奏楽授業(18日)、大阪市音楽団への表敬訪問(18日)、NHK大阪放送局でFM「ブラスのひびき」のためのコメント録り(19日)、近畿大学吹奏楽部のレッスン(20日)、雑誌「バンドピープル」のインタビュー(21日)というタイトなスケジュールをこなし、離日後は、アメリカのシアトルへ飛び、約一週間滞在して大学で講義などを行なった後、ベルギーに帰国したばかりだった。
いつものことながら、本当にアクティブだ。
そして、大阪滞在中の感謝の意に始まったこのFAXの文面は、それに続いて、宿泊先のホテルで手渡した「大阪市音楽団第75回定期演奏会」における交響詩『モンタニャールの詩(Poeme Montagnard)』の本邦初演(指揮:木村吉宏、1997年10月30日、フェスティバルホール)の録音を収めたMD(ミニ・ディスク)についての感想が綴られていた。旅の途上だけでなく、帰国してからも丹念に聴き直した感想だ。
『その間にも、私は、MDに入っている市音の“モンタニャールの詩”のレコーディングを愉しんだ。それはファンタスティックな演奏だった。オーケストラのサウンドは、圧倒的に並外れた実力を示しているし、録音のクオリティもエクセレントだった。ヨシヒロとすべてのメンバーに“おめでとう”と伝えて欲しい。彼の解釈はあらゆる点においてたいへん愉しませてもらった。それは、いかなる疑問を挿む余地なく、ベリー・グッドなライヴ・パフォーマンスだ。私はとても嬉しかった。』
加えて、このFAXには、同時に録音から気づいたいくつかのアドバイスが書かれていた。それは、18日の市音訪問時に、木村さんから、『この曲をぜひともレコーディングしたい。』と聞かされていたからで、ヤンのアドバイスは、翌1998年(平成10年)2月5~6日(木~金)、兵庫県尼崎市のアルカイックホールでセッションが行なわれた市音自主制作CD「ニュー・ウィンド・レパートリー1998」(大阪市教育振興公社、OMSB-2804、1998年)に生かされることになった。
話を本邦初演に戻そう。
交響詩『モンタニャールの詩』の本邦初演が行なわれた「大阪市音楽団第75回定期演奏会」のライヴ収録は、市音OBの元ホルン奏者で、退職後、兵庫県宝塚市のベガ・ホールの音響のチーフなどをつとめられていた塚田 清さん(市音在職:1946~1978)とフェスティバルホールの音響スタッフによって行なわれた。メイン・マイクのほか、ステージ上の天板から垂直に垂らした複数の無指向性マイクから上がってくる音をミキシングする、よくヨーロッパのクラシックの放送現場なんかで見かけるマイキングだ。
日本では、仕込み時間や人手、バランス調整が大掛かりになるため、効率も考慮してあまり採られないが、今回が市音の重要な演奏会であるだけでなく、出版社に掛け合って出版前の楽譜提供に尽力してくれたヤンからも“ぜひ録音を聴きたい”と再三リクエストがあり、自身も当時コメンテーターをつとめていたNHK-FMの番組「ブラスのひびき」でのオンエアも視野に入れていたので、現場のこの積極的な取り組みは正直嬉しかった。もちろん、マイキング等の選択は現場裁量になるが、この日の録音スタッフには、最終的に、単なる記録録音以上のすばらしい結果を導き出してもらったと思う。
録音は、終演後の楽屋前で、マネージャーの小梶善一さんからDATテープで受け取った。それを持ち帰り、ヤンのリクエストに応えてDATからMDに落とすのが筆者の役割だった。当時、自宅に3台のDATプレイヤーのほか、大きなMD専用デッキを備えていたからだった。
その結果、とてもラッキーなことに、筆者は、この日ホールでナマで聴いたばかりの『モンタニャールの詩』本邦初演の録音を演奏当日の深夜に確認することになった。
“とてもバランスのいいナチュラルな音だ。ステージからのサウンドが湧き上がってくるようだ!”
一聴して、率直にそう感じた。
ただ、現実のFM放送では、聴感上、独特の圧縮がかかることや、収録時の瞬間的なフェーダーの動きやアンビエンスなど、微調整の要を感じるポイントもほんのわずかあった。が、それ以外は何のストレスも感じない。
当然、演奏それ自体に手を加える必要はまったくない。すばらしい演奏だ。
そう感じた筆者は、直ちにスコアでチェックしながら何度かテープを走らせてマスタリングのリハーサルを繰り返し、翌朝までにラジオ用のDATマスターとヤンに渡すためのMDを完成させた。気力充実の若い頃だからできた作業だった。
早速、市音の指揮者、木村さんに結果報告の電話を入れる。すると、『どうや?、使えそうか?』と返ってきた。どうやら、木村さんは、ヤンに録音を聴かせることより、NHKの放送に使えるかどうかの方が気になっている様子だった。で、『大丈夫です。これは反響を呼びますよ。来月の局への番組提案に盛り込んでおきます。』と自信をもって答えた。それを聞いた木村さんもとても嬉しそうだった。
その後、筆者は、予定どおり、NHKの音楽番組部へ新年の放送予定曲の1曲として提案書を提出。交響詩『モンタニャールの詩』の本邦初演ライヴは、1998年(平成10年)4月25日(土)午前7時15分~8時のFM「ブラスのひびき」~バンド・ミュージック・ナウ~の3曲目としてオンエアされ、翌26日(日)午前5時~5年45分にも再放送された。
これは、1992年(平成4年)8月16日(日)の「生放送!ブラスFMオール・リクエスト」でオンエアしたヨハン・デメイ(Johan de Meij)の交響曲第1番『指輪物語(The Lord of the Rings)』の本邦初演、1996年(平成8年)8月31日(土)の「ブラスのひびき」~世界のコンサート~でオンエアしたピート・スウェルツ(Piet Swerts)の『マルテニッツァ~春の序曲(Martenizza)』とジェームズ・バーンズ(James Barnes)の交響曲第3番(Third Symphony)第3、第4楽章の世界初演についで、市音のナマ演奏がNHK-FMの全国ネットで流れた音楽となった。(参照:《第58話 NHK ? 生放送!ブラスFMオール・リクエスト》)
余談ながら、筆者が夜なべをして作った番組用マスターは、その後、前述したCD「ニュー・ウィンド・レパートリー1998」(ディレクター:佐藤方紀、エンジニア:藤井寿典)のセッション時のモニタールームでも再生され、アルバム全体の“音決め”用の参考に供されている。とても名誉なことだ。
かくて、1997年初頭のヤンからのメッセージに始まった『モンタニャールの詩』のNHK-FMによる国内初放送は、人気作曲家ヴァンデルローストの新曲ということもあり、多方面から関心を呼ぶことになった。その反響のひとつとして、市音トランペット奏者でプログラム編成委員の田中 弘さんから放送後にかかってきたつぎの電話も、忘れられない。
『さきほど、宮本先生から電話がありまして、“ひろむ、こんな曲あるんやったら、なんで(先に)言うてくれへんかったんや….。”て、言わはるんですよ(言われるんですよ)….。』と、田中さんの母校である京都の洛南高校の宮本輝紀さん(1940~2010)から番組を聴いた感想が思わぬ形で返って来たという話だった。
同時に、演奏について賞賛する言葉もあったという。
洛南の宮本さんとは、コンサートで顔を合わせた時なんかにお話しする程度で、とくに深い間柄でもなかった。しかし、同校OBの田中さんにとってはそうはいかない。母校の後輩達のことをいつも気に掛けてアドバイスを送っていたので、恩師からのこの直電に、胸の内はさぞかし複雑だったのではないかと想像する。
しかしながら、現実に起こったことを振り返るなら、市音が楽譜を受け取った時点は、楽譜の出版前で、宮本さんのこの日のリクエストはやや無理筋だった。さすがの田中さんも未出版曲の情報を出すわけにはいかなかったはすだ。しかも、1997年の市音は、と言えば、《第167話 交響詩「モンタニャールの詩」日本初演》や《第168話 交響詩「モンタニャールの詩」のライヴと国内初放送》でもお話しした著作権を完全に無視した“アンオーソライズド・コピー事件”のあおりをもろに受け、指揮者の木村さんが大激怒。近く迫った定期演奏会や東京特別演奏会など、大きな本番の予定曲を急遽組み替えなければならないという散々な事態に巻き込まれていた。
市音プログラム編成の諸氏や広報担当者の気苦労は、そりゃなかった。
筆者も、楽曲情報を管理することの難しさを痛感した出来事だった。
▲市音練習場で木村吉宏氏と(1977年11月18日)
▲ニュー・ウィンド・レパートリー 1998 収録予定表
▲CD – ニュー・ウィンド・レパートリー1998(大阪市教育振興公社、OMSB-2804、1998年)
▲OMSB-2804、インレーカード