■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第166話 アルフレッド・リード「栄光への脱出」の頃

▲CD – 栄光への脱出(佼成出版社、KOCD-3013、1990年、褪色アリ)

▲KOCD-3013 – インレーカード

▲CD – ゴールデン・イーグル/金管と打楽器のための交響曲(佼成出版社、KOCD-3012、1990年)

▲KOCD-3012 – インレーカード

▲Alfred Reed(撮影日不詳、普門館、提供:佼成出版社)

2021年(令和3年)、ウィンドオーケストラの世界は、ひとりのアメリカ人作曲家の生誕100周年というアニヴァーサリー・イヤーを迎えた。

作曲家の名は、アルフレッド・リード(Alfred Reed, 1921~2005)。

1981年(昭和56年)、東京佼成ウインドオーケストラの招きで初来日。同年3月28日(土)、東京の新宿文化センターで行なわれた第28回定期演奏会を客演指揮し、満員札止めの大成功を収めたのを手始めに、以降もたびたび来日し、同ウインドオケを指揮して自作品を中心とした多くの録音を残した。

その功績はひじょうに大きいものがあるが、それに加えてゼッタイ忘れてはならないことは、つぎつぎリリースされたこれら自作自演盤の収録曲に、必ずといっていいほどの頻度で、ファンが待ちわびる新曲が含まれていたことだろう。中には本国アメリカにもない初録音の曲もあり、日本のファンはいち早くそれらを耳にする機会を得たのである。

一方で、リードは全国各地の吹奏楽団のコンサートやイベントにも客演するなど、指揮者やクリニシャンとしても大活躍を見せた。その結果、日本国内におけるリード人気と作品の知名度は、他国のそれと比べてもかなり大きなものになった。この時代、身近にレコーディングや自身のライヴが存在するかしないかの差は、歴然としていた。

それだけに、折からのコロナ禍にさえ見舞われなかったら、2021年は、文字どおりの“リード・イヤー”となっていただろう。

しかし今、1980年代以降に国内で制作された数々のレコーディングをあらためて振り返ると、当時情熱を傾けて進められたリードの録音プロジェクトが、ある意味、際立ってユニークな企画だったことにすぐに気がつくことになるだろう。

それはまず、日本国内における体系的なリード作品の録音を先頭をきって手がけることになったのが、一般の商業レコード会社ではなく、東京・杉並区和田に本社がある(株)佼成出版社の音楽出版室だったことだ。

逆説的に言うなら、同社プロジェクトの発想は、いつも近々の採算のことばかり気にかけているような商業レコード会社では、とうてい実現不可能なものだった。

佼成出版社は、まず、1981年の初来日に際し、3月25日(水)と26日(木)の両日、普門館でリードとの初のセッションを行ない、前述した28日の第28回定期演奏会で収録したライヴやインタビュー、リハ風景を組み合わせた2枚組LP「A.リード&東京佼成ウィンドオーケストラ」(佼成出版社、KOR-8101~8102)を、同社のゲスト・コンダクター・シリーズの第1弾として、6月10日(水)にリリース。それがレコード各社が驚くような大成功を収めると、以降も、リードの来日機会をとらえてセッションを継続。世界的に見ても類例を見ない自作自演によるリードの作品コレクションを創り上げた。

そして、同社音楽出版室のホームページに示されているとおり、同社のCD全127タイトルは、21世紀の現在もiTunes Storeを通じてダウンロード購入可能となっている。

こういうものを真のアーカイヴスという。

今も手許に残る関係者向けの同社の録音企画書(平成1年10月30日付)には、こんな文言が見られる。

『….。リード作品は約100曲生まれており、オリジナル作品を、当社は初期からの作品を含めて31曲を発刊してきました。これからもリード氏の来日が可能な限りレコーディングを年1回春に行なっていく予定であり、彼の作品を集大成して、完璧なアルバムになるものにしたいものです。….』(原文ママ)

将来の完成形を見据えたある種の信念にも似たこのやる気まんまんの提案はどうだ!!

在京大手がインディーズ・レーベルの一つぐらいにしか捉えていなかった佼成出版社の先進性とモチベーションの高さをよく表している文章だ!!

筆者がリードと初めてタッグを組むことになった異色のCD「栄光への脱出」(佼成出版社、KOCD-3013、1990年)も、そんなリード・プロジェクトの中で制作された。

ことの発端は、1989年秋のことだった。ちょうどこの頃は、同年7月に行なわれた東京佼成ウインドオーケストラ初のヨーロッパ演奏旅行を終えた直後であり、ツアー中にロンドンで録音された「フランス組曲」(フレデリック・フェネル指揮、佼成出版社、KOCD-3101)と「ドラゴンの年」(エリック・バンクス指揮、佼成出版社、KOCD-3102)の2枚のCDが10月25日(水)に発売される直前だった。因みに、「ドラゴンの年」の方は、筆者が佼成出版社からプログラム・ノートの執筆を依頼された初のCDである。(参照:《第41話 「フランス組曲」と「ドラゴンの年」

そして、その日、たまたまビクターの打ち合わせで上京していた筆者は、用件を片付けた後、帰りの新幹線まで少し余裕があったので、夕刻の短時間、挨拶だけのつもりで佼成出版社をアポなし訪問した。

すると、筆者の顔を見るなり、ロンドン録音CDの担当でもあった柴田輝吉さんから、『今、来年3月のリードさんの録音でちょっと困ったことになっていてね。』と話が振られてきた。屈託のない笑顔を伴いながら…。(こういうときは、怖い!)

何かと聞けば、佼成出版社では例年どおり2枚のアルバムを作ることを考えていて、東京佼成ウインドオーケストラと録音会場の普門館の日定もその流れで押さえているが、リードから送られてきた提案をオケに提示すると、それは、後に1曲を加えてCD「ゴールデン・イーグル/金管と打楽器のための交響曲」(佼成出版社、KOCD-3012、1990年)になる、ちょうど1枚分にあたる分量のレパートリーだけだったので、『押さえている日程でもう1枚録れるよ。もったいない。』という反応が返ってきたそうだ。それを社に持ち帰ってすぐにリードに確認すると、“たまたま作品が揃ってないので、今回もう1枚録るのは不可能だ”という趣旨の返信があったのだという。

そこで、“どうしようか”と部内で話していたところへ、“飛んで火に入る~”といった感じで、突然筆者が目の前に現れたというシチュエーションだったらしい。シメシメと思われたのか、柴田さんは、『何かアイデアない?』と質問を投げてくる。

そして、この時は、まさか自身の発言がそのまま採用されることになるとは夢にも思っていない筆者は、瞬間的にこう切り返した。

『ところで、リードがアレンジした“グリーンスリーヴス”や“枯葉”を聴いたことある? “栄光への脱出”とか“アラビアのロレンス”とか“メリー・ポピンズ”とか、アレンジはいっぱいあるんですよ。シリアスなファンには叱られるかも知れないけど、ボクならそんなCDがあれば飛びついて聴きますよ。楽しいもんね。』とだけ口にしたところで、急いで同社を後にした。新幹線の時刻が刻々とせまっていたためだ。

柴田さんは、“ウルトラマン・シリーズ”でおなじみの円谷プロの出身。直感的にピンときたのか、筆者が口にする曲名をしきりにメモっていた。こちらもそれには気づいていたが、まさかそれを即行でリードに逆提案するとは….。若い頃ダンス・バンドを率いてアメリカ中を駆け巡っていたというリードもそれに呼応し、すでに絶版になっていた楽譜もアメリカでかき集めるという方向で、このセッションの実現がアッという間に決まってしまった。ただ、オリジナル出版社と権利関係の折衝はかなり大変だったらしい。だが、それもリードが率先してあたってくれ、最終的に彼はアルバムのサプ・タイトルを「シンフォニック・ポップス」と決めた!

因みに、メイン・タイトル「栄光への脱出」は、筆者のアイデアだ!

収録中、『大切なのは、ハートを込めることです。』と何度も口にしたリード。

セッション終了後に、『グリーンスリーヴス』だけは、リードの希望で同時発売のCD「ゴールデン・イーグル/金管と打楽器のための交響曲」に移されることになったが、それでも筆者はけっこう大満足!!

録音2ヵ月後の1990年5月13日(日)、日本万国博覧会記念公園に於ける「ブラス・エキスポ ’90」で撮影されたリードの写真が表紙中央にあしらわれた「バンドピープル」1990年8月号(八重洲出版)掲載の連載“名盤・珍盤・かわら版”Part 121にもそう書いたが、CD「栄光への脱出」は、こうして“棚からボタモチ”のような1枚として実現した!!

▲「バンドピープル」1990年8月号(八重洲出版)

▲▼ 録音企画書(1989年10月30日)

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください