【コラム】富樫鉄火のグル新 第84回 金5でプログレ?

 視聴率低迷で前代未聞の「途中打ち切り」の声さえあるNHK大河ドラマ『平清盛』だが、音楽はなかなか面白い響きである。ご存じのとおりオリジナル音楽は吉松隆だが、時折流れるプログレッシブ・ロックの名曲《タルカス》(EL&P)のオーケストラ版(吉松隆編曲)が、画面を引き締めている(といっても、ワタクシも最初のころに観たきりなので、いまでも流れているのかどうか、知らないのですが)。
吹奏楽ファンならご存知の通り、《タルカス》は、佐渡裕指揮、シエナ・ウインド・オーケストラが吹奏楽版をコンサートで発表しており、8月には、そのライヴCDがリリースされることになっている。

 話は突然変わって、先日DVDが発売になった映画『ドラゴン・タトゥーの女』は、予想以上のヒット商品になっているらしい(もともと劇場公開でもかなりの人気だった)。この映画は公開前から「予告編」がたいへんな話題だった。レッド・ツェッペリンの名曲《移民の歌》のカバーをバックに、ナレーション皆無、短いショットの積み重ねだけででききており、ひさびさに「本編を観たくなる予告編」としてYOUTUBEなどでも人気だった。
《移民の歌》は、本編のオープニングでも使用されており、スタイリッシュな映像をバックに、カッコよく流れていた。私の知人に、このオープニングを観たいがために、何度も劇場へ通っている者がいたほどだ。

 なぜ突然、この2曲について述べたのかというと、先日発売された「吹奏楽CD」に、この2曲が含まれていて、どちらも、なかなか面白いアレンジだったからだ。しかも……正確にいえば、「吹奏楽CD」ではなくて、「金管5重奏」なのだ。

 《タルカス》は、EL&P(エマーソン、レイク&パーマー)が1971年に発表したプログレの歴史に残る名組曲である。突如誕生した怪獣「タルカス」と、聖獣「マンティコア」の戦いを描く、一種の「ロック交響詩:怪獣決戦編」だ。

 使用楽器は、3人編成なので、基本的に「キーボード」「ギター」「ドラムス」(何曲か、ヴォーカル曲があるが、全体はインストが基本である)。いうまでもなく、ドラムスは旋律楽器ではないから、メロディや和音は、キーボードとギターが出す。となると、(少々バカバカしい計算だが)キーボードは両手の10本の指で弾くわけだから、同時に響く音(和音)は、最高10音のはずである。ギターは弦6本だから、それをいっぺんにジャ~ンと弾けば、同時に最高6音。つまり、同時になる音は、2つの楽器を合わせて最高「16音」なのだ(もちろん、ほかにベースなどがミックスされ、実際にはさらにたくさんの音が鳴っている)。

 しかし、これに対して「金管5重奏」とは、私の記憶に間違いがなければ、金管奏者「5人」で演奏するシステムのはずで、どう頑張っても同時に鳴る音の数は、最高「5音」のはずである(モンゴルのホーミーみたいに、1人で和音的な複数の響きを出せる奏者もいるのかもしれないが、私は、あまり聴いたことありません)。

 《移民の歌》ともなると、これはレッド・ツェッペリンなる4人組の曲で、ヴォーカルのほかに、ギター、ベース、キーボード、ドラムスが基本である。しかも、ご存じのとおり、ロバート・プラントの驚異的な声量と甲高い雄叫び、ジョン・ボーナムの見事で力強いイン・テンポのドラムス――この2つが主役のような曲である。

 いったい、「たった5人の金管奏者」で、どうやって「16音」のプログレや、雄叫び&パワフル・ドラムスの響きを出すのだろうか。もしや、まったくの換骨奪胎アレンジで、なんとなく旋律をなぞっただけの、ちがうものになっているのではないだろうか。果たしてドラムスのリズムなしでロックになるのか。《移民の歌》の冒頭の雄叫びは、どの楽器でやるのか。

 正直なところ、期待よりも不安が大きいまま、ディスクをプレーヤーに入れた。
その結果は、あえて記さない。とにかく聴いていただきたい。だけど、ちょっとだけ書こうかしら(吉田秀和先生調)。

《移民の歌》では、想像もしない音が鳴り始める。ちょっと戸惑う。だが、その仕掛けがわかり始めると、こっちにも楽しもうとする余裕が生まれて、あとは、最後まで、まことに楽しく聴ける。

 《タルカス》は、実は必ずしも原曲どおりではなく、ある種のフィルターがかけられたアレンジである。だが、そのフィルターがたいへん知的で、面白い。ボーカロイドまで加わっている(ちなみに原曲組曲の全楽章を取り上げているわけではない)。キース・エマーソンの「やるじゃねえか」との声が、聞えてきそうである。

 なお、今回リリースされたCDは、マキシCD2枚で、各々10分前後のミニ・アルバムである。上記で紹介した曲のほか、ジミ・ヘンドリックスの《紫のけむり》なども収録されている。
アレンジは、すべて、若手の現代音楽作曲家だそうで、要するに、プログレを中心とするロックの古典を、クラシック系現代音楽の方向からアプローチしようというわけだ。
演奏は、ブラス・エクストリーム・トウキョウ。上野の森ブラスのコンマス・曽我部清典(Trp)を中心に、佐藤友紀(Trp)、堂山敦史(Hrn)、村田厚生(Trb)、渡辺功(Tuba)の5人。

 ミニ・アルバムなので、軽い意識で聴くことができる。明らかに、いままでの金管アンサンブルとはまったくちがう意識で制作されているので、ぜひ一度、聴いてみていただきたい。
同時に、ぜひこのスコアは、アンサンブル・コンテストで演奏されてほしい。サクソフォン・アンサンブルに《トレヴェールの惑星》があるように、これからは、金管アンサンブルの《タルカス》が大流行……なんてことになったら、まことに楽しいのだが(もちろん、《移民の歌》でもいいんですよ!)。
(敬称略)

●ROCK OF BRASS QUINTET(EZMS-50001)

ジミ・ヘンドリックス《紫のけむり》(山路敦司編曲)
レッド・ツェッペリン《移民の歌》(一ノ瀬響編曲)
EL&P〈噴火〉~《タルカス》より(鶴見幸代編曲)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2544/

●ROCK OF BRASS QUINTET(EZMS-50002)

EL&P《タルカス》組曲:全3楽章(鶴見幸代編曲)
※上記〈噴火〉とは別編曲
※ボーカロイド制作:安野太郎
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2545/

 上記2枚とも、演奏:ブラス・エクストリーム・トウキョウ/制作・発売元:オフィスENZO/販売元:キングインターナショナル

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


※本稿の著作権は富樫鉄火が、出版権はバンドパワーが独占しています。両者の許諾なく、出典元表記のない引用や、引用の範囲を超えた複写、コピー&ペーストを固く禁止します。

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