【コラム】富樫鉄火のグル新 第333回 マリヤ・ユージナとスターリン(5)

 映画『スターリンの葬送狂詩曲』で、音楽のクリストファー・ウィリスがネタ元の一つにしたらしき作曲家、ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919~1996/ソ連では「モイセイ・ヴァインベルク」)は、ポーランド生まれのユダヤ人である。ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を逃れてソ連に亡命したが、そこでもまた、スターリンによる迫害に苦しんだ悲劇の作曲家だ。
 かなり最近まで、知る人ぞ知る作曲家だった。だが、22曲の交響曲、17曲の弦楽四重奏曲などを残しており、ある時期のソ連音楽界を語るうえで、たいへん重要なひとである。
 近年は、ラトビア出身のヴァイオリニスト・指揮者のギドン・クレーメルが積極的に取り上げているほか、Naxosレーベルを中心に、秘曲が次々に音源化されている。

 1953年2月、そのヴァインベルクが逮捕される。すでに1948年のジダーノフ批判で、ショスタコーヴィチらとともに「形式主義的作曲家」に指定されており、演奏禁止となっていた。仕方なく、サーカスや劇場の三文音楽で食いつないでいた。
 実は、ジダーノフ批判の最中に、ユダヤ人の名優にして、国立ユダヤ人劇場の創設者、ソロモン・ミホエルス(1890~1948)が、事故を装って「暗殺」されている。ヴァインベルクは、このミホエルスの娘婿である。よって彼自身、自分の生命も風前の灯であることを予感していたフシがある。
 このとき、ショスタコーヴィチは、スターリンに次ぐ№2の大臣、ラヴレンチー・ベリヤ(ユーロマンガ/映画では主役格)にあててヴァインベルク救命の嘆願書をおくっている。

 ショスタコーヴィチはヴァインベルクと親友関係にあった。ショスタコーヴィチのユダヤ風音楽は、ヴァインベルクの影響である。ヴァインベルク夫妻は、もし自分たちになにかあった際は、子どもの養育をショスタコーヴィチに託していたほどだ。
 ショスタコーヴィチは、弦楽四重奏曲第10番をヴァインベルクに献呈している(2人は、弦楽四重奏曲の数を競い合っていた)。また、ヴァインベルクは、ショスタコーヴィチの死の翌年(1976年)に、交響曲第13番《ショスタコーヴィチの思い出に》を書いている。

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