■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第157話 タッド・ウインドシンフォニーとの出会い

▲鈴木孝佳(2012年6月8日、大田区民ホール アプリコ、撮影:関戸基敬)

▲チラシ – タッド・ウインドシンフォニー コンサート(結成記念公演)(1993年2月6日、ルミエール府中(市民会館))

▲プログラム – タッド・ウインドシンフォニー コンサート(結成記念公演)(1993年2月6日、ルミエール府中(市民会館)

東京を中心に多種多彩なフィールドで活動する演奏家が自発的に集まり、世界的な作曲家とも積極的に結んで音楽界の注目を集める演奏活動を展開するタッド・ウインドシンフォニー(TAD Wind Symphony)と出会い、音楽監督の鈴木孝佳さんとの長いつき合いが始まったのは、2006年(平成18年)のことだった。

直接のきっかけは、当時インスペクターだったテューバ奏者、佐野日出男さんから、6月8日(木)、大田区民ホール アプリコ(東京)における“第13回定期演奏会”をライヴ収録してほしいという突然の電話を受けたことだった。しかし、すぐに現場に出向くことができる在京の身分ではなく、何をやるにも新幹線かヒコーキで上京しないといけない上、自前の録音機材やスタッフも持たない、録音を生業としていない筆者にそんな難しいリクエストをいきなり投げてくるとは、焼く前の餅に濃い目の醤油で“無茶振り”という文字を描いていきなり網にのせて炙るような話だった。(参照:《タッド・ウィンド・コンサート(1)灰から救われた魂たち プロダクション・ノート》)

無論、遠い大阪に暮らしながらも、タッドの名前それ自体は、これ以前に、航空自衛隊航空中央音楽隊(当時)のユーフォニアム奏者、外囿祥一郎さんから、『樋口さん、今度すごいバンドができるんですよ。』と聞かされて知ってはいたが….。

さて、そんなタッド・ウインドシンフォニーだが、楽団の結成は、1991年(平成3年)10月のこと。その最大の特徴は、楽団の活動が、参加する演奏家たちによる完全な自主運営(セルフ・オーガナイズ)に委ねられていることだろう。当初は、定期的に集まって音楽を追い求めることだけを目的とするリハーサル・バンドで、鈴木さんとメンバーの間では、“決して演奏会を開かない”ことが堅く申し合わされていた。

この間の事情を、アメリカから音楽監督に招かれることになった鈴木さんに訊ねると、最初は監督就任を固辞したものの、集まった演奏家たちの熱意に絆され、演奏会を開かないという条件でその指揮を引き受けることになったという。従って、日米間の渡航費は自腹という、ひじょうにユニークな人間関係にある。(ときどき、アメリカ在住のプレイヤーも参加するが、その渡航費も見事に奏者の持ち出しである。)

楽団名の“TAD”は、主にアメリカを活動の場とする鈴木さんの名前“タカヨシ”をアメリカ人たちがなかなか発音できず、まるでセカンドネームであるかのように“タッド”と呼ぶようになったことに由来する。傑作だったのは、楽団名を決める際、メンバーの中に、“スズキ・バンド”にしようというアイデアまであったということで、さすがにその案に対しては、鈴木さんから『それだけは、やめてくれ。』と“待った”が入ってボツになったそうだ。

そんな顛末もあり、名前が入るので世間的には勘違いを招きやすいが、タッド・ウインドシンフォニーとは、“鈴木さんが若い教え子を集めてやっている….”などと言われるような、そんな私的なグループなどではなかった。

主役は、あくまで自発的に参加する演奏家たちなのだ。50代や60代のベテランもいるので、平均年齢こそやや押し上げられているが….。(暴言多謝!)

参加メンバーは、当初から、オーケストラやウィンドオーケストラ、自衛隊、室内楽、ミュージカル、スタジオ、音楽大学など、様々な音楽分野で活動する多ジャンル横断的に演奏家が集まり、今すぐにでも演奏会活動が行なえるような陣容が揃っていたが、先述の鈴木さんとの堅い約束もあり、初の演奏会が実際に開かれたのは、結成3年目の1993年(平成5年)2月6日(土)、ルミエール府中(市民会館)における「タッド・ウインドシンフォニー コンサート(結成記念公演)」だった。

鈴木さんにその間の事情を確認すると、『あれには、見事に裏切られました。』と、演奏会が自身の知らないところで企画されていたと苦笑していた。一方で、リスペクトするマエストロと演奏会を開きたいというプレイヤーの気持ちもよくわかる。

音楽監督の鈴木さんは、上京後、日本フィルハーモニー交響楽団のオーディションを経て、トロンボーン奏者として活躍。オーケストラやスタジオワークのほか、東京吹奏楽団や東京佼成ウインドオーケストラにも参加。指揮者に転じた後、有名なアーナルド・ゲイブリエル(Arnald Gabriel)など、多くのアメリカ人指揮者たちの推挙により、アメリカン・バンドマスターズ・アソシエーション(American Bandmasters Association / ABA)の日本人初の正会員となった。ABAでは、同じく名誉会員の秋山紀夫さんとともに、日本の顔的存在となっている。

アメリカの作曲家や演奏家だけでなく、国際的な知己も幅広く、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)のもとを訪ねて、いきなり指揮法のレッスンを受けた話や東京で聴いて驚いたというイタリアの名門ローマ・カラビニエーリ吹奏楽団(Banda dell’Arma dei Carabinieri)のマエストロ、ドメニコ・ファンティーニ(Domenico Fantini)をローマに訪ねて、カラビニエーリの練習場で、実際に奏者が吹く楽器を使いながら、合奏の中でサクソルンを活用する楽器法やハーモニーを直接伝授された話、モートン・グールド(Morton Gould)と意気投合してタクシーで食事に出かけたときの話などは、何度聞いても面白い。(参照:《第97話 決定盤 1000万人の吹奏楽 カラビニエーリ吹奏楽団》)

とにかく、思い立ったら即行動が鈴木さんの真骨頂!!

そして、そんな鈴木さんがタッドの「結成記念公演」のために組んだプログラムは、以下のようなものだった。

・トリビュート(マーク・キャンプハウス)
Tribute(Mark Camphouse)

・詩的間奏曲(ジェームズ・バーンズ)
Poetic Intermezzo(James Bernes)

・パガニーニの主題による“幻想変奏曲”(ジェームズ・バーンズ)
Fantasy Variations on a Theme by Niccolo Paganini(James Bernes)

・交響曲第1番「指輪物語」(ヨハン・デメイ)
Symphony No.1“The Lord of the Rings”(Johan de Meij)

これは、当時の東京のプロの演奏会でもなかなかお目にかかれないオリジナルと最新楽曲だけで構成される鮮烈なプログラムで、それを、10年後の2013年(平成15年)5月31日(金)、杉並公会堂大ホールで開かれた「第20回記念定期演奏会」と比較すると、この間、鈴木さんのプログラミングにまるでブレがないことが実によくわかる。

・リバティ・ファンファーレ(ジョン・ウィリアムズ / ジェイ・ボコック編)
Liberty Fanfare(John Williams, arr. Jay Bocook)

・ルクス・アルムクエ(エリック・ウィッテカー)
Lux Aurumque(Eric Whitacre)

・ダンス・ムーブメント(フィリップ・スパーク)
Dance Movements(Philip Sparke)

・交響曲第1番「指輪物語」(ヨハン・デメイ)
Symphony No.1“The Lord of the Rings”(Johan de Meij)

鈴木さんは、しばしばメンバーや関係者にこう話す。

『我々プロが、もっとオリジナルを大切にしないといけないと思います。』

世界的話題を呼んだヤン・ヴァンデルローストの『いにしえの時から(From Ancient Times)』をはじめ、世界初演や日本初演された作品も多いが、近年は、とくにウィンドオーケストラのために書かれたシンフォニーの演奏に力を注ぎ、コロナ禍前の2015~2020年の間にも以下のシンフォニーが連続して取り上げられている。

・交響曲第4番(アルフレッド・リード)
Fourth Smphony(Alfred Reed)
2015年6月12日(金)、大田区民ホール アプリコ

・交響曲第2番「カラー・シンフォニー」(フィリップ・スパーク)
Symphony No.2“A Colour Symphony”(Philip Sparke)
2016年1月23日(土)、ティアラこうとう大ホール《日本初演》

・交響曲第1番「アークエンジェルズ」(フランコ・チェザリーニ)
Symphony No.1“The Archangels”(Franco Cesarini)
2016年6月10日(金)、ティアラこうとう大ホール《日本初演》

・交響曲第2番(ジェームズ・バーンズ)
Second Symphony(James Barnes)
2017年1月15日(日)、ティアラこうとう大ホール

・交響曲第2番(保科 洋)
Symphony No.2 for Wind Orchestra(Hiroshi Hoshina)
2017年6月9日(金)、ティアラこうとう大ホール

・マンハッタン交響曲(セルジュ・ランセン)
Manhattan Symphony(Serge Lansen)
2018年1月12日(金)、杉並公会堂大ホール

・交響曲第1番「大地、水、太陽、風」(フィリップ・スパーク)
Symphony No.1“Earth, Water, Sun, Winds”
2018年6月15日(金)、杉並公会堂大ホール

・交響曲第2番(ジョン・バーンズ・チャンス)
Symphony No.2(John Barnes Chance)
2019年1月11日(金)、杉並公会堂大ホール

・交響曲第2番「江戸の情景」(フランコ・チェザリーニ)
Symphony No.2“Views of Edo”(Franco Cesarini)
2019年6月14日(金)、杉並公会堂大ホール《公式日本初演》

・交響曲第4番「イエローストーン・ポートレイト」(ジェームズ・バーンズ)
Fourth Symphony“Yellowstone Portraits”(James Barnes)
2020年1月9日(木)、ティアラこうとう大ホール

曲名を眺めているだけでワクワクするような見事なラインナップだ。

真のワールドワイド・レパートリーとは、正しくこういう曲を指す。

タッド・ウインドシンフォニー。彼らとの出会いは、先の佐野さんの突発的リクエストに始まったが、結果として、これらをライヴ収録し、多くをCDとして世に問うことができたことは、筆者の望外の喜びとなっている!

相変わらず、機材もスタッフも持たないので、収録のたびに血の気が引くような大出血サービスになっているが!

▲チラシ – 第20回記念定期演奏会(2013年5月31日、杉並公会堂大ホール)

▲プログラム – 第20回記念定期演奏会(2013年5月31日、杉並公会堂大ホール)

▲タッド・ウインドシンフォニー(2013年5月31日、杉並公会堂大ホール、撮影:鈴木 誠)

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