■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第156話 フェネル「ローマ三部作」のレコーディング

▲CD – レスピーギ「ローマ三部作」初回発売盤(佼成出版社、KOCD-3570、1992年)

▲フェネル夫妻と(1991年10月、京王プラザホテル多摩)

1992年(平成4年)4月23~24日(木~金)、東京都多摩市のパルテノン多摩大ホールで行なわれたフレデリック・フェネル(Frederick Fennell、1914~2004)指揮、東京佼成ウインドオーケストラ演奏のCD「ローマ三部作」(佼成出版社、KOCD-3570、1992年)のレコーディング・セッションは、筆者にとってもひじょうに思い出深いものとなった。

CDの発売は、同じ年の10月10日(土)。リリースされた初回発売盤のオビ上に印刷されたコピーは、《世界初!ウィンドオーケストラによる熱演》だった。

アルバムは、もともとは管弦楽(オーケストラ)作品であるイタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギ(Ottorino Respighi、1879~1936)の“ローマ三部作”すべてをウィンドオーケストラだけで録音しようとする野心的な企画だった。先述のキャッチ・コピーからも当時の制作関係者の意気込みが伝わってくる。

録音スタッフは、ディレクター&ミキサーが若林駿介さん、アシスタント・ディレクターが鈴木由美さん、エンジニアが及川公夫さん、そしてテープ・エディターが杉本一家(JVC)さんという、当時の佼成出版社の録音の多くを担ったおなじみの顔ぶれで、筆者も解説者として両日のセッションに参加した。

使用されたウィンドオーケストラ用のトランスクリプションは、3曲ともすべて手書きで、『ローマの松(Pini di Roma)』が鈴木英史さん(1965~)、『ローマの噴水(Fontane di Roma)』と『ローマの祭り(Feste Romane)』が木村吉宏さん(1939~2021)のトランスだった。(参照:《第155話 フェネル「ローマ三部作」の起点》)

管弦楽のオリジナルと録音されるものの楽器編成が違うわけだから、筆者も、解説用に用意してもらった各スコアのほか、伊Ricordi版の管弦楽スコアも別に準備するという“重装備”でセッションに臨んでいる。

東京佼成ウインドオーケストラのマネージャー、遠藤 敏さんを介し、元フルート奏者の牧野正純さんに当時の進行を確認すると、牧野さんはセッション両日の進行を以下のように記録されていた。(曲名等は、牧野さんの記載のママ)

4/22

11:00~13:30 ローマの松 1, 2, 3
13:30~14:30 昼休み
14:30~16:20 ローマの松 3, 4
16:20~16:50 休憩
16:50~18:40 ローマの泉

4/23

11:00~13:00 ローマの祭り 1, 2
13:00~14:00 昼休み
14:00~16:45 ローマの祭り 3, 4
(16:00頃小休憩あり)

なかなかタイトな進行だ。これを眺めると、もし仮に“1日1曲収録”というスケジュールを組めていたなら、もっと余裕のある進行になっていたと思う。だが、セッションを3日間にすると、ホール代もスタッフ代もオケの使用料も跳ね上がり、あまりにもコスト・パフォーマンスが悪い録音になってしまう。協議の末、最終的にこう決まったというが、無責任な外野的立場からみると、それが逆にいい意味で緊迫感のある空気を生み出し、まるでライヴのようなすばらしいパフォーマンスにつながった印象がある。

録音現場にいたからわかるが、このセッションに関わったすべての人々のモチベーションは、それほどに高かった!

正しくブラボーもののパフォーマンスである!

一方、指揮者のフェネルにとっても相当気合いの入ったセッションだったようで、彼のスコアには、書き込みがビッシリ入っていた。また、ユーフォニアムの三浦 徹さんの回想によると、『(指揮台の上の)スコアには、テンポとディナーミク表示をグラフにして、何処でも曲想が変わらないように、また繋いでも良いように独自の方法で音楽の流れをキープされていた。』というし、筆者も、彼がくりだす指示のイメージがひじょうに明確で、繊細だったことを鮮明に記憶している。『ローマの松』の中で聞かれるナイチンゲールの泣き声にも、鳥の種類まで挙げながら、“微に入り細に入る”こだわりの注文がつけられた。

しかし、それでいて、指揮ぶりは神経質ではなく、とても愉しそうだった。

そのフェネルとは、前年の1991年(平成3年)10月24~25日(木~金)、同じパルテノン多摩で行なわれたCD「ピース オブ マインド(Piece of Mind ? Contemporary Mix)」(佼成出版社、KOCD-3569、1992年)のセッションで知己を得て以来、いろいろな現場で会話を重ねたが、この「ローマ三部作」のときは、明らかに何かが違った。(参照:第53話 フェネル:ピース オブ マインド

そして、その謎が、ある休憩のときに突然詳らかとなる。

筆者をつかまえたマエストロは、悪戯っぽい目をしながら、こう言った。

『私がはじめて“三部作”の勉強をしたのはいつだったか、知ってるいるかい?』

筆者が“いいえ”と応えると、『それはね、トスカニーニの“三部作”のレコーディングのときだったんだ。そのとき、私はスタジオの隅っこから、そのすべてを見ることができたんだよ。』と返ってきた。

なんと、フェネルは、作曲者レスピーギの信頼厚かった伝説のマエストロ、アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867~1957)のセッションを真近かで見ていたのだ!

これは、特別な想いがあって当然だ!

そして、この時、筆者は、こんな特別な現場に偶然居合わせることができた幸運を音楽の神様に感謝した。

他方、このセッションでは、『ローマの松』をトランスクライブした鈴木英史さんとの新たな出会いもあった。楽屋でいろいろ話ができたことが今も懐かしい。

その後、『ローマの噴水』と『ローマの祭り』の木村吉宏さんも、『あんまり、いじめんといてや(いじめないでね)!』と、ユーモアを交えたいつもの大阪弁とともに、はるばる大阪から来場!

クラリネットの関口 仁さんらと盛り上がっていた。

ところが、その『ローマの祭り』のクライマックスで、突然大事件が勃発する!

オルガンとして使われた「ヤマハエレクトーン クラシック F700」が、フェネルの音量のリクエストに音を上げたためか、突然“バン”といったきり、何も音が出なくなってしまったのだ。で、ステージ上には休憩の指示が出て、プレイヤーさんたちはティータイムに三々五々散っていく。しかし、一方で、最終曲を録っている段階でのハプニングだけに、佼成出版社の担当者、水野博文さんらは真っ青になってしまった。F700が日本には2台しかないという高級機だったこともあって…。

結局、その対応のため、休憩は長めになったが、音響スタッフの懸命の作業の結果、最終的にホール備品のアンプを活用してこの難局をなんとか乗り切ることに成功。その後、セッションは一気に進んで、無事すべてを録了することができた。

どんな録音現場でも、録り終えるまで本当に何が起こるかわからない。

思いがけないハプニングあり、懸命なリカバリングあり、場を和ませるユーモアあり…。

さらに嬉しかったことは、後日イタリア政府観光局からの協力を得ることができ、ブックレットに多くのローマの写真が提供されたことだろう。

これもすべて人と人の繋がりがなせるわざだ。

フェネル「ローマ三部作」もまた、多くの人々の情熱が結実した一枚となった。

▲CD – レスピーギ「ローマ三部作」第二回発売盤(佼成出版社、KOCD-0201、2000年)

▲KOCD-0201 – インレーカード

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