■人生の全てをトランペットに捧げた真の音楽家、ピエール・デュト氏を悼む

文:田中久実子(作曲家、大阪芸術大学教授)

「ピエール・デュトが昨日亡くなりました。大きな悲しみです」。
フランスのロベール・マルタン出版社の社長 マックス・デミュール氏から、8月25日、メールが届いた。2行のみのフランス語で知らされたデュト氏の訃報に、私は言葉を失った。デュト氏は、まだ75歳。亡くなるには早すぎるのだ。検索してみたら、亡くなった翌日の8月25日付でフランスのル・フィガロ紙の文化欄に「トランペット奏者ピエール・デュト死去、伝授への情熱」というタイトルで彼の追悼記事が掲載されていた。フランス国内では最も古い歴史を持つ日刊紙であるル・フィガロ紙に早々と取り上げられた事でもわかるように、彼の死は、フランスの文化界にそれほどの衝撃を与えている。

ピエール・デュト(Pierre Dutot)氏は、世界的なトランペット奏者である。リヨン国立管弦楽団の首席トランペット奏者及びソロ・トランペット奏者としての演奏活動だけではなく、22年間の長きにわたってリヨン国立高等音楽院教授として後進の育成に情熱を注いできた。また、頻繁に来日し、多くの音楽系大学や楽器専門店で、公開講座、マスタークラス、個人レッスンなどを精力的に行っていたので、日本人トランペット奏者の中には、彼から直接指導を受けた人も多い。温厚で快活で音楽への情熱に溢れたその人となりは、日本でも良く知られている。

デュト氏は、演奏家、教育者として活躍する一方で、トランペットのための楽譜出版をプロデュースし、数々の作品を世に送り出した。私は作曲家として彼から依頼を受けて作曲していたので、ここから先は我田引水になるが、その事を少し書いてみようと思う。

最近では、楽器を習う子供たち向けに、各種楽器のためのメソッドとしての曲集を音源付きで出版する事が音楽出版業界の趨勢となっているが、ロベール・マルタン出版社は、他社に先んじて20年以上前から音源付き曲集の出版に取り組んできた。曲集を作るにあたり、まずは曲集のレベル、テーマ、収録曲数を決めて、子供たちの学習進捗状況を考慮しながら、収録される各作品の難易度、演奏時間、調性、使える音符の種類、音域などを細かく設定して仕様書を作り、何人かの作曲家に作曲を依頼するのである。こういった取り組みの中で、デュト氏は、ロベール・マルタン社のトランペットのための曲集の監修を当初から担当していた。

私は、2001年に「紫陽花」《Des hortensias sous la pluie》(Tp/Pf)という曲を作曲して、同社から既にピース版で出版されていたのだが、デュト氏はこの曲をとても気に入って、2005年 彼が監修した曲集 “Trumpet Star2”の第1曲目に選んでくれた。この曲集に収録された8曲を、デュト氏が自ら演奏して録音してくれたのだが、このような巨匠に自分の曲を演奏してもらえるなんて、こんな光栄な事があるのかと感激した。作曲家冥利に尽きる、とはこういう事を言うのだ。

この「紫陽花」は、フランス国内の音楽院で毎年行われるコンクールのトランペット部門の課題曲としてフランス音楽連盟により選定され、それ以来、正式な教材としてフランス国内の音楽院で採用されている。この曲の評価がすこぶる高かったので(自分で言う)、その後、ホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、テューバ用の曲集にも収録されて音源付きで出版された。

これに続いて、デュト氏からの依頼を受けて、私は「人魚の涙」《Les larmes d’une sirene》(1ere Methode du Tout Petit Trumpet Starに収録 2016)、「ラ・ジャポネーズ」《La Japonaise》(La 2eme Methode du Trumpet Star に収録 2017)、「時の流れに」《Au fil de l’eau》(Bonus 1に収録 2017)と続けさまに作曲した。デュト氏のために作曲するという事が、作曲家にとってどれほどの喜びであり、インスピレーションを与えてくれることか!

(デュト氏が監修した数々のトランペット曲集については、ロベール・マルタン社の下記のサイトをご覧ください。)
https://www.edrmartin.com/en/your-search-2074282/

このようなやり取りが続いていた2017年、「日本で何か音楽イベントを一緒にしよう」とデュト氏からお誘いがあった。私が教鞭を執る大阪芸術大学でのマスタークラス開催を本学教授でトランペット奏者の橋爪伴之氏に相談の上、デュト氏に提案したところ、快諾してくださって、その年の11月に実現の運びとなった。

マスタークラスでは、デュト氏は、トランペットの奏法のみならず、音楽の理解の仕方、表現の方法などを熱っぽく語り続けた。もともと体格の良い人ではあったが、これほどのエネルギーが、一体どこから出てくるのだろうと驚いた。彼の身体から溢れ出す音楽への情熱がホールに充満しているので、私の通訳を通じてであっても、彼が言いたい事が客席を埋め尽くした聴衆に吸い込まれるように伝わっていくのがステージの上からでも感じられた。マスタークラスの最後には、デュト氏と橋爪伴之氏によるソロ、デュオの演奏会があり、ヴィルトゥオーゾの音色を披露してくださった。その場にいた誰もが幸せな時を過ごす事ができたと私は確信している。写真はその時のものです。

この先、私はもうデュト氏のために作曲する機会はないだろうけれど、彼が与えてくれたインスピレーションを大切にして、これからも新たな作曲をしていきたいと思う。

デュト氏の死因については、ガンで闘病していた事が後日知らされた。人生の全てをトランペットに捧げた真の音楽家であった。ご冥福をお祈りいたします。(作曲家 大阪芸術大学教授 田中久実子)

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