【コラム】富樫鉄火のグル新 第305回 ほんとうだった「名作の誕生」~文学座公演『昭和虞美人草』

 わたしは、一応”音楽ライター”なんて名乗っているが、芝居も好きだ。だが、たいした数は観ていないし、見巧者でもないので、劇評みたいなことは、あまり書かないようにしている。
 しかし、先日の文学座公演『昭和虞美人草』(マキノノゾミ作、西川信廣演出/文学座アトリエにて)は、ぜひ多くの方に知っていただきたく(29日まで、配信で鑑賞可能)、以下、ご紹介したい。
 特に、現在60歳代以上の方には、たまらないものがあるはずだ。

 これは、夏目漱石『虞美人草』の昭和版である。
 この小説は、漱石が朝日新聞社に入社して(つまりプロ作家となって)最初に書いた連載小説だ。漢文調が混じる、いまとなっては実に読みにくい小説である。一般の本好きで、本作を最後まで読み通したひとに、わたしは会ったことがない。これ以前の最初期2作が『吾輩は猫である』『坊っちゃん』だったことを思うと、なぜこんな小説を書いたのか、不思議ですらある。やはり連載媒体が「朝日新聞」だったからか。
 内容は――明治時代、漱石お得意のモラトリアム男たちと、(当時としては)異例なまでに活発な女性などが入り乱れ、グズグズいいながら恋愛関係になったり離れたりする物語である。明治維新後、旧時代を脱し、変わり始めた若者たちの姿を描いている――そんな小説だと思う。

 この青春群像劇を、マキノノゾミが、1973(昭和48)年に舞台を移して翻案した。

【この続きを読む】

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください