▲スコア – Symphony No.2 “The Big Apple”- A New York Symphony(Amstel Music、1994年)
▲プログラム – 大阪市音楽団第68回定期演奏会(1994年6月2日、ザ・シンフォニーホール)
▲同、メッセージ
▲同、プロフィール
▲同、演奏曲目
1994年(平成6年)5年29日(日)、バンコク発のタイ航空機(TG622便、大阪着 16:00)で、オランダの作曲家ヨハン・デメイ(Johan de Meij)が、当時はまだ大阪国際空港と呼ばれていた伊丹空港に降り立った。
来る6月2日(木)、大阪市北区大淀南のザ・シンフォニーホールで行なわれる「大阪市音楽団第68回定期演奏会」で日本初演が予定されている『交響曲第2番“ビッグ・アップル(ニューヨーク・シンフォニー)”(Symphony No.2“The Big Apple”- A New York Symphony)』のリハーサルの立会いと本番の演奏を聴くための来日だった。“大阪市音楽団”とは、長年“市音”の愛称で市民に親しまれ、2014年の民営化後に“Osaka Shion Wind Orchestra”(Shion)と改称されたウィンドオーケストラの大阪市直営当時の名称だ。
約3ヵ月後の9月4日(日)の関西国際空港の開港前の出迎えだったので、このときの伊丹到着時の記憶はかなり鮮明に残っている。少し早く着いた筆者は、空港ビルの送迎デッキからヨハンの乗ったTG622便のランディングなどを撮影してから、到着ゲートに向かい、彼を出迎えた。一年前の1993年初夏にオランダで会って以来の再会だった。
ゲートから出てきた彼はとても元気そうで、早速、再会を祝し、互いの健康を気遣った。市内に向かうタクシーの車中、軽く『搭乗機のランディングも撮れたよ。』と言うと、『つまり、“ヨハン・デメイの最期”というヤツか?』と返してきたので、『超レアものだし、記念としてちゃんと贈呈するから!』と、初日から軽口を飛ばし合う。口も絶好調だ。
この時は、たまたま、6月6日(月)に大阪国際交流センターで行なう「ライムライト・コンサート 7」に始まるブリーズ・ブラス・バンド(BBB)の国内ツアー(大阪~宇都宮~東京)のために、イギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)も招いていて、フィリップも5月30日(月)、英国航空機(BA17便)で11:00に伊丹に到着。その他、市音のコンサート当日の6月2日には、やはりBBBが招いていた指揮者ケヴィン・ボールトン(Kevin Bolton)とコルネット奏者ロジャー・ウェブスター(Roger Webster)の来日(キャセイパシフィック機、CX502便、20:20、伊丹到着)も迫り、海外の友人4人が同時に大阪に滞在するという、わが人生の中でも稀に見る稠密スケジュールとなっていた。
ともかく、別々に活動する2つの楽団のリハーサルや本番を4人のゲストを伴なって支障なく廻すのは、結構骨が折れる。本人たちは、自身の持ち曲のときだけ現場にいればいいが、こちらは身ひとつだからだ。
そこで、市音の元クラリネット奏者で当時マネージャーをされていた小梶善一さん(2020年逝去)と相談。4人全員の宿を市音練習場にほど近い大阪城公園南詰のKKRホテルに固める事で、この難局をなんとか乗り切った。空き時間には大阪城を自由に散策できるなど、いいロケーションだったと思う。
話を元に戻そう。
ヨハンの『交響曲第2番“ビッグ・アップル”』は、世界的ヒットとなった『交響曲第1番“指輪物語”(Symphony No.1 “The Lord of te Rings”)』についで書かれたシンフォニーの第2作で、アメリカ空軍ワシントンD.C.バンド(The United States Air Force Band – Washington D,C.)の委嘱で1993年に作曲された。
第1楽章「Skyrine(スカイライン)」と第2楽章「Gotham(ゴーサム)」の2つの楽章と、ブリッジのように両者を結ぶ“タイムズ・スクエア・カデンツァ(Times Square Cadenza)”という、ヨハンがニューヨークの町に出て実際に録音した雑踏や地下鉄の走行音を聞かせる箇所が中間部にある作品だ。
そして、そのスコアは、先にお話ししたオランダ滞在中の1993年6月27日(日)、アムステルダムのヨハンの自宅に招かれたとき、最終ページを残すだけという段階まで仕上がっていた。(参照:《第71話 デメイ:交響曲第2番「ビッグ・アップル」完成前夜》)
ヨハンは、『自由に見ていいよ。』と言い率直な感想を求めてきたが、実のところ、ちょっと面喰っていた。筆者の中で、前作の『指輪物語』のイメージが強すぎたためだろうか。別の曲ではあることは頭の中では理解していたが、何かしらロマン派音楽の流れを汲む前作のかけらのようなものを探そうと思って見始めたために、一定の音型がひじょうに多くの楽器で延々と繰り返され、インパクトのある打撃音が随所に散らばるスタイルで書かれた音楽は、1ページの音数も多く、まるで別の作曲家が書いたもののように感じたものだ。
あとで、それは、アメリカの現代作曲家ジョン・アダムズ(John Adams、b.1947)の影響を強く受けた曲であると種明かしをしてくれたが、不勉強の極みか無関心だったためか、当時の筆者はアダムズの名も作品も皆目知らなかった。帰国して勉強すると、アダムズは最小限の音の動きでパターン化した音形を反復させるミニマル・ミュージック(Minimal Music)の推進者の一人だとわかった。
さすがは、コンテンポラリー・ミュージック(現代音楽)の合奏団“オルケスト・デ・フォルハルディンフ(Orkest de Volharding)”にトロンボーン奏者として所属するヨハンらしい着想だ。
ただ、委嘱者がアメリカ空軍ワシントンD.C.バンドだったこともあったためか、第1楽章に登場する“スカイライン・モチーフ”と彼が呼んだ爽快なテーマのカッコよさは、万人を魅了するものだと思えた。
世界初演が同年10月に組まれ、ヨハンも渡米するのだという。
そして、ヨハンのこの新作の存在は、帰国した筆者の土産話のかたちで市音団長兼常任指揮者の木村吉宏さんに伝わった。過去に市音が演奏してきたどの曲とも構造が違うスリリングな音楽で、音域の広さや体力面も含め、“指輪物語”とは異次元の難しさがあることも含めて。
『それなぁ、来年の定期で日本初演できるようにヤツに話してくれへんか? ウチは、これから、そういう作品を取り上げていかな、あかんのや。』
木村さんのこの発言で、まだ委嘱者による初演すら行なわれていないこの交響曲を日本に持ってくるプロジェクトは始まった。
連絡すると、当然ヨハンは大喜び!!
その後、この曲は、1993年10月の“委嘱者による公式初演”が1994年3月に変更。だが、当初の予定どおり渡米したヨハンはニューヨークの雑踏を録音して2つの楽章をブリッジのようにつなぐ“タイムズ・スクエア・カデンツァ”の音源を完成し、アメリカ空軍バンドの練習場で曲全体のサンプル音源を収録。1994年2月には、ハインツ・フリーセン(Heinz Friesen)指揮、アムステルダム・ウィンド・オーケストラ(Amsterdam Wind Orchestra)の演奏で、事実上の初ライヴとなった“オランダ初演”が行なわれ、そのライヴが同国FMで放送、同ウィンド・オーケストラによるCDレコーディング(蘭World Wind Music、500.003)も新たに行なわれた。
時系列的に振り返ると、この曲をめぐる動きは以上のように流れ、最終的に筆者はヨハンからラジオ放送のカセットテープを受け取った。
一方、市音は、この間、ディーラーを通じて楽譜を発注し、準備は着々と進んでいった。
しかし、その後、割と早い段階で突然ヨハンからあるリクエストが寄せられた。
それは、日本初演のために楽譜を1セット贈呈するので、聴きに行くための渡航費の面倒をみてはくれないか、という相談だった。恐らく彼は楽譜が発注済みであることを知らなかったのだろう。
しかし、すでに所定の手続きを経て、楽譜発注を終えていた市音にそんな追加予算はない。一時大騒ぎになったが、最終的にあくまで“個人的に送られてくる楽譜”を筆者が部外で受け取り、運よく必要とするバンドを見つけて現金化。ヨハンの渡航費にあてることができた。
こんな裏事情のため、ヨハンには、最安便のエコノミーでチケットを買うようにリクエスト。ヨハンも、直行便ではなく、運賃の安い便を乗り継いでやってきた。それが来日便がタイのバンコクからのフライトになった理由だった。個人的には、がたい(体格)のいいヨハンがエコノミーの狭いシートに押し込められて長時間フライトする図はちょっと滑稽に思えたが、こちらも背に腹は変えられない。
結果的に、ヨハンを迎えてのコラボレーションは、楽譜のチェックだけでなく、CDに収められた“タイムズ・スクエア・カデンツァ”のスタートとフェードアウトのタイミングを楽譜上の指示から変更するなど、たいへん有意義なものになった。
本番の演奏を聴いたヨハンは、市音の快演に大満足!
この時点で世界でまだ2回しかライヴに掛けられていない『ビッグ・アップル』の日本初演は、こうして成功裏に終わった!
▲到着したタイ航空 TG622便(1994年5年29日、大阪国際空港)
▲ヨハンとの再会(同)
▲掲示されたポスターを見て喜ぶヨハン(1994年5年30日、大阪城公園)
▲大阪市音楽団第68回定期演奏会(1994年6月2日、ザ・シンフォニーホール)
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