■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第140話 ブリーズのデビューとブラック・ダイク

▲「バンドピープル」1995年3月号(八重洲出版)

▲手書きブラスバンド・フルスコア – Orient Express(Philip Sparke、Studio Music、完全限定版)

▲ブラスバンド・パート譜 The Year of the Dragon(Philip Sparke、Studio Music)

“今ヨーロッパで起こっている新しい潮流を、タイムラグなくオン・タイムで日本で再現する!”

そんなメッセージを込めたコンセプトを旗頭に掲げ、1990年代を鮮やかに駆け抜けたブリーズ・ブラス・バンド(BBB)は、デビュー年の1990年(平成2年)から2000年までのほぼ10年間、ミュージカル・スーパーバイザーを委ねられた大阪のブラスバンドだ。

BBBの胎動期は1980年代で、本場イギリスでは、ちょうど、エドワード・グレッグスン(Edward Gregson)やフィリップ・スパーク(Philip Sparke)ら、新進気鋭の作曲家たちが、ブラスバンドのための魅力的な新作オリジナルをつぎつぎと発表し始めた頃だった。

当時、大阪シンフォニカー(後の大阪交響楽団)のトロンボーン奏者だった上村和義さんは、出身大学の大阪芸術大学や大阪音楽大学を卒業した若手プレイヤーたちと大阪ロイヤル・ブラスという金管グループを作って活動し、いつかこのグループをブラスバンドとして本格デビューさせたいと考えていた。(参照:《第49話 ムーアサイドからオリエント急行へ》)

氏のこの着想は、オーケストラ中心主義の音楽界にあっては、間違いなく異端児扱いされてアッという間に弾き跳ばされてしまいそうな超アグレッシブなアイデアだった。しかも、大阪には、市民生活に浸透する大阪市音楽団(現Osaka Shion Wind Orchestra)という歴史あるウィンドオーケストラがあった。

そんな音楽環境の中に新たにプロのブラスバンドをデビューさせようというのである。それには、これからやろうとするブラスバンドが、既存のオーケストラやウィンドオーケストラとはまるで違う異種の音楽形態であることを誰の目にも耳にもはっきりと示す必要があった。

言い換えれば、独自のレパートリー、サウンド、使用楽器、編成やステージ配置等が既存の音楽形態とは完全に一線を画す明確なコンセプトを必要としたのである。

上村さんは、伝を頼って情報やアドバイスを得ようと試みたが、最新のブラスバンド事情は、あらゆる音楽情報が集まる東京でさえ、ブラスバンドへの誤解や偏見から、一昔前の情報以外、ほとんど得ることができなかった。

そんなとき、上村さんは、大阪・心斎橋の三木楽器旧2階管楽器フロアの責任者、植松栄司さんの引き合わせで、“運悪く”筆者と出会ってしまった。

早速、話をうかがうと、上村さんたちが全力で集めた情報や楽曲が、このジャンルのクラシックを知るという点では大いに意義があるが、やはり二昔前のものであり、当時、イギリスを中心としたヨーロッパの広いエリアで行なわれていたものとかなり乖離があることがすぐにわかった。当然、話の主導権はこちらへと移る。

筆者は、まず、前述のような大阪の音楽界において、評論家も来場するコンサートで新たな音楽グループをデビューさせるわけだから、それは『どうせ、ブラスバンドなんて……』なんて言わせない鮮烈なデビューでないと意味がないと主張。『ブラスバンドの何たるかも知らずに、偉そうなことをいう難しい人たちを黙らせるような独自の最新レパートリーと魅力あるサウンドをまずものにしなくてはなりません。』と話した。また、『友人にフィリップ・スパークという、今売り出し中のすばらしい作曲家がいるので、まずそこから手をつけてみませんか。話せばすぐに楽譜を送ってくれるので。』とも加えた。

上村さんへの話はそれだけで充分だった。速攻で『聴かせて欲しい。』という話に発展。その後、日を改めて来宅した上村さんは、今度はオーディオ装置の隣のラックに列を成して並んでいるものに目が点になってしまった。

この当時は、個人的道楽で、イギリスEMIやRCA Victor、Polydor、Decca、Polyphonicなどの各レーベルから発売されるブラスバンドのLPレコードの新譜を片っ端から買い揃えていた頃で、イギリスのマニアには到底及ばないものの、我が家には、旧譜の名盤のほか、100枚以上の最新ブラスバンドLPがゴロゴロ転がっていた。一日やそこいらで全部聴くことなど到底不可能な数の。また、それらは出版社が参考音源として作った類いのものでなく、多少の出来不出来はあるものの、すべてバンドが伸び伸びプレイしているものばかりだった。

上村さんには、その中から“これは”と思う曲をどんどん聴いてもらうことにしたが、予想したとおり、フィリップの『ドラゴンの年(The Year of the Dragon)』や『ジュビリー序曲(Jubilee Overture)』、『オリエント急行(Orient Express)』は、一発で『楽譜が欲しい。』という話に発展。その日の内にフィリップにFAXでリクエストを送信すると、フィリップの方もアッという間に楽譜を揃えて送ってくれ、早速、週一の定例練習でリハーサルが開始された。

ブラスバンドの専門紙もその辺に散らばっていたので、『樋口さんのところは、まるで宝の山です。』と言う上村さんの来宅はその後も継続的に続いた。1990年7月2日(月)、いずみホールで行なわれたBBBの「デビュー・コンサート」のプログラムは、こうして次第に組み立てられていったのである。

また、さらに運がいいことに、BBBデビュー直前の6月11日(月)、イギリスのブラック・ダイク・ミルズ・バンド(John Foster Black Dyke Mills Band)が大阪国際交流センターに来演した。同年5月5日(土)、スコットランドのファルカーク・タウン・ホール(Falkirk Town Hall)で行なわれた“ヨーロピアン・ブラスバンド選手権1990(European Brass Band Championships 1990)”で、ヨーロッパ・チャンピオンに返り咲いたばかりのブラック・ダイクがである。

この日のコンサートは、BBBがデビューに向けて積み上げてきたものを当時最高のバンドのステージから再確認するまたとない機会となった。

“ヨーロピアン”でも演奏されたピーター・グレイアム(Peter Graham)の『エッセンス・オブ・タイム(The Essence of Time)』やフィリップの『ハーモニー・ミュージック(Harmony Music)』は、“圧巻”という表現がふさわしいパフォーマンスで、既存の演奏形態と明確な差別化を図りたい新しいグループのレパートリーとプログラミングに、ブラスバンドの最新オリジナルは欠かせないアイテムであることをまず確認した。場内の反応を見ていても、少なくとも“新しいものが大好き”な地元大阪の聴衆には間違いなく“受ける”と確信できた。

上村さんは、『これからやりたいものがハッキリ見えました。』と言った。

ついで、各セクションの楽器がすべて同じラッカー仕様のベッソン(ソヴェリン)で統一されていることも目をひいた。とくに、『ハーモニー・ミュージック』のように、奏者一人ひとりに異なる音が割り当てられているコンテンポラリー作品では、全員が使う道具(楽器)のキャラクターが統一されていることが合奏面でとてつもない優位性を発揮することが分かった。これからどんどん進化するオリジナルを取り入れていこうとするBBBにとって、これは重要なポイントとなった。

同時に、この日聴いたブラック・ダイクのピュアなサウンドの実現を当面の目標としたいという上村さんの意思はここで固まり、議論の末に、サクソルン族各楽器はベッソンのラッカー仕様、楽曲の上でサクソルンとは違ったキャラクターが求められるトロンボーンだけはキングで揃えるというサウンド・ポリシーが定まった。

ただ、デビュー時のBBBは、奏者が持ち寄った様々な楽器の集合体であり、経済的事情も手伝ってこの目標の実現には3年近い時間を要した。また、大型楽器のため、同時にいくつも輸入されるわけではなく、かつ高額なバス(Ebバス x 2、Bbバス x 2)は、筆者が順次購入し、バンドに貸与することに決めた。最終的に、BBBには10年間で2500万ほどの個人資金を投下したが、これはその一部である。海外から新しい楽器が届くたび、こちらの奏者に自由に試奏させてもらった東京のブージー&ホークス社(後のビュッフェ・クランポン)には、感謝するほかない。

また、ブラック・ダイクに帯同したロイ・ニューサム(Roy Newsome)、デヴィッド・キング(David King)、ケヴィン・ボールトン(Kevin Bolton)の3人の指揮者とも終演後の会食でめでたく知己を結び、デビュー後の密な協力関係が構築された。

これらに加え、ブラック・ダイクのナマを聴いた最大の成果は、練習で聴くBBBのサウンドとダイナミック・レンジがこの日を境にガラリと変わったことである。聴けばわかる見本のような結果だった。

そして、迎えたデビュー当日、まるで知らない曲をまるで知らない楽器編成で聴かされた評論家諸氏は、将来に期待をこめて好評価の演奏会評を寄せた。

BBBデビュー大作戦、まんまと大成功である!!

その後も、探究心の固まりと化した上村さんは、同年10月6日(土)、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた全英ブラスバンド選手権(Boosey & Hawkes National Brass Band Championships of Great Britain)をその目と耳で確認するために渡英。ユース選手権にも足を運ぶなど、ブラスバンドに対する見識と経験をさらに深めてきた。(参照:《第133話 全英ブラスバンド選手権1990》)

そして、帰国後、最初のリハーサルで上村さんが放った一語は、その後、BBBの内部で流行語となった。

『もっと“リブリブ”に吹かんかい!』

BBBの定期公演「ライムライト・コンサート」が開始されるおよそ半年前の出来事である。

▲チラシ – Black Dyke Mills Band 大阪公演(1990年6月11日、大阪国際交流センター)

▲Solo & Tutti Cornets, & Flugel Horn:(左から)R. Webster、R. Westacott、J. Hudson、J. Pritchard、D. Pogson(同、撮影:関戸基敬)

▲Soprano, Ripieno, 2nd & 3rd Cornets:(左から)N. Fielding、L. Rigg、P. Rose、G. Williams、I. Broadbent、D. Clegg(同)

▲Tenor Horns:(右から)S. Smith、T. McCormick、S. Jones(同)

▲Baritones:(右から)P. Christian、S. Booth(同)

▲Euphoniums:(右から)M. Griffiths、S. Derrick(同)

▲Trombones:(右から)N. Law、A. Gray、M. Frost(同)

▲Basses:(右から)S. Gresswell(Bb)、P. Goodwin(Eb)、G. Harrop(Eb)、D. Jackson(Bb)(同)

▲Percussion:(右から)R. Payne、R. Clough、M. Arnold(Timpani)(同)

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