■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第131話 デメイ:交響曲第1番「指輪物語」管弦楽版日本初演

▲管弦楽版日本初演プログラム(座席番号入り) – 中部電力ふれあいチャリティーコンサート(2004年2月5日、愛知県芸術劇場コンサートホール)

▲同、出演者プロフィール

▲CD – デメイ:交響曲第1番「指輪物語」管弦楽版(Band Power、BPHCD-8001、2004年)

BPHCD-8001、インレーカード

2020年(令和2年)9月4日(金)、朝の東海道新幹線に飛び乗り上京。同日夕刻までに大阪に戻った。3日前に急逝した親友、元NHKプロデューサーの梶吉洋一郎さんを見送るためである。

梶吉さんは、武蔵野の出身。実家は東小金井だったと聞く。お爺さんが中島飛行機の技術畑で、“疾風(はやて)”という旧陸軍の戦闘機に携わっていたと聞かされた覚えがある。そんな物づくりの家系のDNAは、1979年(昭和54年)にNHK入局後、“報道部”を経て、念願の“音楽制作”に配属されるや、まるで水を得た魚のように遺憾なく発揮されることとなった。

そのキャリアの中でライフワークとなったのは、チェコのマエストロ、ラドミル・エリシュカ(Radomil Eliska, 1931~2019)と出会い、この名伯楽を日本各地の音楽シーンに紹介しながら、そのもっとも得意とするドヴォルザークの後期交響曲(第5番~第9番)やスメタナの「わが祖国」などのCDを世に送り出したことだったろう。これらCDの多くは、梶吉夫妻が立ち上げたオフィスブロウチェクのpastier(パスティエル)レーベルからリリースされたが、個人的なことながら、編集を終えたマスターや原稿を工場や印刷所に入稿するプロセスを担い、それがCDという形で広く世の音楽ファンに喜んでもらえたことは、馬が合った彼との長年の友情の証となったように思う。

奇しくも、マエストロと梶吉さんは、1年違いの同じ日に旅立った。今頃、天国で次の録音を何にしようか話し合っているかも知れない。

また、中高一貫校“成蹊”の音楽部で活動した若い日の記憶と血が騒ぐのか、こと吹奏楽に関しては一家言を持ち、当然、それは番組作りに色濃く反映されることとなった。

とは言うものの、彼が音楽制作に移った頃、NHKでは、会長の方針に従って、吹奏楽の唯一の定時番組「ブラスのひびき」(秋山紀夫さんの名調子で人気だった)が打ち切られ、何かの偶然で放送される曲を除けば、何年間も、NHKの電波に吹奏楽が乗らないという信じがたい状況が続いていた。

そんな中、カチンコチンに凍りついた部内の吹奏楽に対する冷淡な空気をものともせず、彼が立ち上げた3つのFM特別番組、1992年(平成4年)8月16日(日)放送の「生放送!ブラスFMオール・リクエスト」、1993年(平成5年)3月20日(土)放送の「二大ウィンドオーケストラの競演」、1994年(平成6年)3月21日(月・祝)放送の「世界の吹奏楽・日本の吹奏楽」は、吹奏楽への想いを放送番組の形にした彼なりのこだわりであり挑戦だった。そして、それら特番は間違いなく、その後の「ブラスのひびき」復活へのプロローグとなった。また、NHK在職中、最後に手がけた番組の中に、中橋愛生さんがナビゲーターをつとめる「吹奏楽のひびき」があったことも、いかにも彼らしい有終の美の飾り方だったように思う。(参照:《第58話 NHK 生放送!ブラスFMオール・リクエスト》《第102話 NHK 二大ウィンドオーケストラの競演》《第121話 NHK 世界の吹奏楽・日本の吹奏楽》

さて、そんな梶吉さんと一緒に手がけた作品の中に、オランダ人の親友、ヨハン・デメイ(Johan de Meij)の代表作、交響曲第1番『指輪物語(The Lord of the Rings)』がある。

周知のとおり、この作品は、ヨハンが1984~88年の歳月をかけてウィンドオーケストラのために作曲した彼自身初の交響曲だ。イギリスの作家ジョン・ロナルド・ルーエル・トールキン(John Ronald Reuel Tolkien, 1892~1973)の同題の冒険ファンタジー小説に題材を求めた5楽章構成、演奏時間およそ42分という作品だ。初演は、1988年3月15日、ベルギー王国の首都ブリュッセルのベルギー国営放送(BRT)グローテ・コンサートスタジオにおける、ノルベール・ノジ(Norbert Nozy)指揮、ロワイヤル・デ・ギィデ(Orchestre de la Musique Royale des Guides)のコンサートで行なわれ、その模様はFMでオンエアされた。ロワイヤル・デ・ギィデは、ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団(The Royal Symphonic Band of the Belgian Guides)の別名でCD等が発売されるベルギー国王のプライベートな吹奏楽団だ。(参照:《第55話 ノルベール・ノジとの出会い》

その後、この交響曲は、1989年12月、指揮者サー・ゲオルグ・ショルティ(Sir Georg Solti、1912~1997)を審査委員長とする“サドラー国際ウィンド・バンド作曲賞1989”(主催: ジョン・フィリップ・スーザ財団)で、世界27ヵ国からノミネートされた143楽曲中、最優秀作品に選ばれた。

日本初演(全曲)は、1992年(平成4年)5月13日(水)、大阪のザ・シンフォニーホールにおける「第64回大阪市音楽団定期演奏会」で、木村吉宏の指揮で行なわれた。“大阪市音楽団(市音)”は、21世紀の民営化後、“Osaka Shion Wind Orchestra (オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)”の名で活躍を続ける大阪のウィンドオーケストラの市直営当時の名称だ。(参照:《第59話 デメイ:交響曲第1番「指輪物語」日本初演》

そして、市音のこの演奏会に、大阪局(BK)にはない中継車を東京から走らせたのが、梶吉さんだった。言い換えれば、『指輪物語』と彼との付き合いは、このときに始まった。

この日のライヴ録音は、筆者がナピゲートした前記FM特番「生放送!ブラスFMオール・リクエスト」でオンエアされ、大きな反響を巻き起こし、その後、市音初の自主CD「大阪市音楽団 NHKライヴ 指輪物語 ─ 本邦初演 At the Symphpny Hall(大阪市教育振興公社、OMSB-2801、1994年)へと繋がった。(参照:《第64話 デメイ「指輪物語」日本初CD制作秘話》

それから数年余。すでに世界的ヒットとなっていた『指輪物語』に新たに管弦楽版(2000年)が完成したという知らせがヨハンから入った。管弦楽版を作る気になったのは、なんでも、アメリカのオーケストラ指揮者、デーヴィッド・ウォーブル(David Warble)から強いリクエストがあったからだそうで、管弦楽用のオーケストレーションは、優れたオーケストレーターとして名を上げていた友人のオランダ放送管弦楽団首席打楽器奏者のヘンク・デフリーヘル(Henk de Vlieger)がヨハンのアイデアを管弦楽スコアに起こしていくコラボレーションのかたちをとった。これは、ヨハン自身がそれまで管弦楽のスコアを書いた経験がなかったことと、世界的ヒット作となったこの曲を第三者的視点から見直すためだった。

管弦楽版の公式世界初演は、オランダのロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団(Rotterdams Philharmonisch Orkest)が本拠とするロッテルダムの有名なコンサート・ホール、デ・ドゥーレン(De Doelen)における3日連続演奏会として企画された。初日は、2001年9月28日(金)で、演奏は、3日とも、ディルク・ブロッセ(Dirk Brosse)指揮、同管弦楽団によって行なわれている。

しかし、この話を企画段階で聞いたウォーブルは、『これはまず、提案者である自分にやる権利がある。』と言って頑として譲らず、ヨハンと話し合った結果、≪公式世界初演≫より7ヶ月前の2001年2月17日(土)、米ニューヨーク州ロング・アイランド(Long Island)のティレス・センター・ノース・フォーク・ホール(Tilles Center North Fork Hall)で、“スター・トレック(Star Trek)”でおなじみの俳優ジョージ・タケイ(George Takei)をナレーターに立てた≪ナレーション入りバージョンのオーケストラによる初演≫として、ウォーブル指揮、ロング・アイランド・フィルハーモニー(Long Island Philharmonic)によって演奏された。(実は、ウォーブルは、それまでにタケイをナレーターとするウィンドオーケストラ版の演奏を60回やっていた。)

その後、ウォーブルは、≪公式世界初演≫直前の2001年9月22日(土)、英BBC放送のスタジオとしてもおなじみのロンドンのゴールダーズ・グリーン・ヒポドローム(Golders Green Hippodrome)でレコーディングされたロンドン交響楽団(London Symphony Orchestra)演奏の『指輪物語』管弦楽版の世界初CD(カナダMadacy、M2S2 3193、2001年)の指揮者にも起用されている。

梶吉さんに、『指輪物語』に新たに管弦楽版ができたことを話したのは、2002年後半の某日。一時、彼がNHKの外郭であるNHK中部ブレーンズ(名古屋)に籍を置いていた頃だった。当時、筆者は、《第125話 スパーク:交響曲第1番「大地、水、太陽、風」の衝撃》でお話ししたような事情で、何かやりたいと思ったとことがあったとしても、大阪に張り付いたまま身動きがまったくとれない状態にあった。なので、このときの“指輪物語管弦楽版情報”は、彼がかけてきた電話の中で話した雑談として終わるはずだった。

しかし、彼にとってはこの話は、相当刺激的な内容だったようだ。彼は電話の最後の方で『今、たいへんだろうけど、楽譜がどうなっているかだけ、訊いてくれない。』と言った。

何か閃いたのだろうか?

すぐ了解して、ヨハンに訊ねると、版権は彼の出版社アムステル・ミュージック(Amstel Music)が所有するが、楽譜本体は、アルベルセン(Albersen Verhuur V.O.F.)のレンタル譜だという。直感の鋭いヨハンらしく料金表まで添付されてきたので、早速、それらをまとめて梶吉さんに送った。これにて一件落着だと思っていたら、これが大きな間違いだった。

このとき、梶吉さんが筆者の知らないところで立案していたコンサートの組み立ては、2003年(平成15年)4月22日(火)に流れてきた1枚のFAXで初めて知った。

【演奏会名】中部電力ふれあいチャリティーコンサート  
【日時】2004年2月5日(木)、14:30開演と18:30開演の2回
【会場】愛知県芸術劇場コンサートホール
【指揮】大勝秀也
【管弦楽】名古屋フィルハーモニー交響楽団

また、この演奏会は、NHKが音声収録し、2004年2月29日(日)、14:00からの「FMシンフォニーコンサート」(解説:外山雄三)の中でオンエアとも書かれてある。2回本番で、いい方を放送しようという腹積もりなんだろうか。

しかし、続いて『楽譜は、指揮者は6月末までにスコアが欲しいと言っています。オーケストラは9月末までにスコアとパート譜が欲しいと言っています。』と書かれてあったのには、目が点になってしまった。つまり、やり取りのない相手から“レンタル譜を借り出して欲しい”というリクエストだった。

『あれ?それって俺の仕事?』と思いながらも、一方で日があまり無いのも事実。すぐヨハンと連絡をとって、アルベルセンの連絡方法と担当者を教えてもらい、手探りの折衝を開始。今度のケースでは、公開演奏回数、録音の有無、放送回数など、料金に関係する詳細なデータを知らせてレンタル料金を見積もってもらい、合意の上で契約を取り交わした後でないと、楽譜は送られてこない。そんな訳だから、シリアスなやりとりを繰り返した後、アルベルセンが楽譜を送り出してくれたのは、6月24日のことだった。到着後、楽譜を点検して名古屋フィルに急送。指揮者のリクエストにも辛うじて間に合った!(当然、後日の返送も筆者の役割りとなる。)

やれやれと思っていたら、今度は、ヨハンが『来日したい。』と言い出した。理由を訊ねると、ロンドンの録音が練習と本番を1日で済ましてしまう、いわゆる“ゲネ本”だったので、『今度は演奏者とのコラボレーションを重ねてさらにいいものに仕上げて欲しいんだ。』と言う。気持ちはわかる。

ダメもとでこの件を梶吉さんに電話すると、『(新しい楽譜だけに)来てもらうのは大変ありがたいんだけど、クライアントからの追加予算はないよ。』との返答。即ち渡航費は出ないとの由。そりゃそうだ。また、こちらが大阪を離れることが厳しい状況だけに、ヨハンが来るとなれば、誰かアテンドをつけなくてはならなかった。もちろん、ヨハンは、そんな事情など知る由も無かったが…。

その内、東京のバンドパワーが、NHKの放送が終わった後、その録音を使ったライヴCDを作ることに関心を寄せ、もしそれがOKなら渡航費ほかの負担に応じてもいいという話になった。名古屋フィルからも、もし作曲者が名古屋まで来られるのなら、楽団のゲストとして宿の用意をする旨、申し出があった。また、アテンドについても、あてにする黒沢ひろみさんから日程を空けてくれるという確約が入った。

オーシ、もう大丈夫! 誠意をこめて折衝に当たってくれた梶吉さんをはじめとする各位に大感謝だ!

その後、名フィルの中から面白い話がこぼれてきた。ヨハンの『指輪物語』は、楽団事務局が全く知らない曲だったが、管楽器や打楽器奏者の中から、『学生時代に演奏したかった曲だ。』とか『指導に行った学校の吹奏楽部がやっていた曲だ。』、『子供達(中高生)がよく知っている曲だ。』という話が出て、事務局は原曲が吹奏楽の世界では相当な有名曲であることをついに認識。口コミで伝わった東京のプレイヤーからも“のせて欲しい”という要望があったというが、全国放送もあることだし、ことこの本番に関しては、“首席”“副首席”の全員出席で望むことになったという。

そんなこともあり、当日は、ひじょうにモチベーションの高い演奏が繰り広げられることになった。それがライヴCDのかたちで残されたことは、望外の喜びだ!

ホールで聴いていたバンドパワーの鎌田小太郎さんも、この日聴いた第3楽章のソプラノ・サクソフォーンのソロが、『もっとも“ゴラム”らしい。』とお気に入りの様子!

傍らで聴く演奏会の立案者の梶吉さんもとても愉快そうだった。

それから16年の歳月が流れた。

筆者を乗せ東京へと向かう“のぞみ”がちょうど名古屋を出た頃、彼とともに『指輪物語』に関わった日々が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡った!!

▲管弦楽版公式世界初演プログラム – Symphonisch gedicht voor viool en orkest(2001年9月28~30日、De Doelen、Rotterdam)

▲同、演奏曲目

▲「中日新聞」2004年2月16日(月)夕刊、9面

▲「朝日新聞」2004年2月29日(日)朝刊、3版27面

▲スタディ・スコア – 交響曲第1番「指輪物語」管弦楽版(Amstel Music、非売品、2000年)

▲ラドミル・エリシュカ、梶吉洋一郎の両氏

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