■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第127話 ウェリントン・シタデル・バンドの来日

▲チラシ – ウェリントン・シタデル・バンド大阪・京都公演(1979年4月10日、フェスティバルホール / 4月12日、京都会館第二ホール)

▲ツアー・プログラム – ウェリントン・シタデル・バンド 1979 JAPAN TOUR

▲同、演奏曲目

▲LP – WELLINGTON CITADEL BAND IN JAPAN(CBSソニー、25AG 630、1979年)〈ステレオ〉

▲ 25AG 630 – A面レーベル

▲ 25AG 630 – B面レーベル

2019年(令和元年)11~12月、ニュージーランドのウェリントン・シタデル・バンド(Wellington Citadel Band of Salvation Army)が、5度目の日本演奏旅行を実現した。

バンドは、1883年の創立。ニュージーランド北島南端部にある首都ウェリントンを本拠とし、世界的にその名を知られる救世軍ブラスバンドの“至宝”だ。

初来日は、1979年(昭和54年)の4月のこと。それは、その9年前の1970年(昭和45年)7月8日(水)、大阪・千里丘丘陵で開催された日本万国博覧会の“ニュージーランド・ナショナルデー”に際し、同国政府の派遣で来日した“ナショナル・バンド・オブ・ニュージーランド(National Band of New Zealand)”についで日本の地を踏んだ2番目の海外ブラスバンドとなった。(参照:《第95話 ナショナル・バンド・オブ・ニュージーランド来日》

来日ブラスバンドの第1陣、第2陣が、意外にもブラスバンドの母国イギリスからではなく、いずれも古き良きイギリスが息づくニュージーランドからだったことは、とても興味深い事実だ。

加えて、特筆しておきたいことは、先にやってきた“ナショナル・バンド・オブ・ニュージーランド”が万博会場のみの演奏だったのに対し、“ウェリントン・シタデル・バンド”は、東京、浜松、大阪、名古屋、京都、前橋の各会場で演奏会を行い、NHKホール(東京)のライヴは、テレビとFMラジオでオンエア。また、滞在中、日本のレコード会社によるレコーディング・セッションも行なわれるなど、実質、両者の露出度にはかなりの差異があった。

言い換えるなら、運良く万博でナショナル・バンドを聴いたり、イギリス等でブラスバンドに接した経験があるなど、一部の例外を除けば、大部分の日本人にとって、ウェリントン・シタデル・バンドは、はじめてナマのサウンドを聴く海外のブラスバンドとなった。

1979年ツアーの主なスケジュールは、以下のように組まれた。

・4月6日(金) 成田空港に到着
歓迎レセプション(ニュージーランド大使館主催)

・4月7日(土) NHKホール(東京)

・4月9日(月) 浜松市体育館

・4月10日(火)フェスティバルホール(大阪)

・4月11日(水) 愛知県文化会館講堂(名古屋)

・4月12日(木) 京都会館第二ホール

・4月14日(土) 共愛学園頌栄館(前橋)

・4月15日(日) セブンシティホール(東京)

・4月17日(火) 石橋メモリアルホール(東京)、CBSソニー録音
朝日講堂(東京)「公開講座」

・4月18日(水) 成田空港から出国

(以上の他にも、屋外の演奏や礼拝演奏もあった。)

この内、ネイティブ大阪の筆者が聴いたのは、座席数2700を誇るフェスティバルホールを満席(フルハウス)にした大阪(4月10日)のコンサートだった。

その後、知己を得た救世軍ジャパン・スタッフ・バンド(東京・神田神保町)の元楽長(Bandmaster)、鈴木 肇さん(2012年に退任)とは、会えばいつもこの当時の話題で盛り上がる。

鈴木さんは、後に東京藝術大学名誉教授となった師の中山冨士雄さん(1918~1997)が1982年に設立した日本トランペット協会の理事をつとめる一方、2011年6月、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた救世軍インターナショナル・スタッフ・バンド(International Staff Band)の120周年を祝う記念コンサートへの参加などを目的として、ジャパン・スタッフ・バンドを率いて渡英。日本の救世軍音楽のドライビングフォースとして国際的な知名度も高い。楽長退任後も、ブラスバンドにかける情熱は衰えない。

その鈴木さんが救世軍の音楽に関心をもったそもそものきっかけが、師のレッスンを待つ間、ときおり聴かされた古い救世軍バンドのレコードだったというから面白い。さらに驚いたことに、オーケストラのトランペット奏者としても名を馳せた中山さんも、実は、少年期に東京・芝の救世軍でコルネットのレッスンを受け、救世軍のバンドで演奏した時期があった。

それだけに救世軍ブラスバンドへの思い入れも強く、中山さんがウェリントン・シタデル・バンドのツアー・プログラムに寄せた「訪日を心から歓迎して」と題する祝辞も、以下のような書き出しで始まる。

『この度のウェリントン・シタデル・バンドの来日は私にとって全く嬉しいことの一つです。待ちに待った友人が訪ねてくれたという感じです。私が中学生のときにコーネットを始めたのは日本の救世軍支部のバンドで、この落着いた美しい音に魅せられたのが音楽入門の動機でした。この少年時代の感動はいまでも私の心の糧となっています。(後略)。』(原文ママ)

ウェリントン・シタデル・バンドの来日は、師弟ともどもの悲願でもあった!

そして、ついにその初来日が実現!!

コンサートはいずこも大盛況となった。

しかし、現場をサポートした鈴木さんの話によると、当時の日本の映像・音響スタッフは、はじめて目の前に現れたブラスバンドの姿に大いに戸惑ったようだ。

例えば、NHKは、初日のコンサート(4月7日、NHKホール)を録画・音声収録したが、まずブラスバンド独特のステージ配置に面喰った。客席側からだとコルネットやトロンボーンが横向きに向かい合って配置され、各奏者の表情を映像でうまく伝えにくい上に、バンドの内側に入る指揮者の顔もステージ上から撮らねばならない。しかも、バンドのステージ衣装のジャケットの色が赤だったため、画像がハレーションを起こしやすい。色調整も兼ねてカメラを変えたり、カメラワークには相当苦労したようだ。また、音響面でもいろいろ試した挙句、最終的にマトリクス方式のワンポイント・ステレオとソロ用などの必要最少限の補助マイクで対応した。

『ビートルズからカラヤンまで広い幅のある映像を撮ってきたNHKにとっては、初めての音楽形態だったようだね。』と鈴木さんは苦笑い。

テレビの初放送は、5月5日(土・祝)、19時30分から45分番組として教育テレビで、再放送は、翌日の5月6日(日)、15時45分から同じく教育テレビでオンエアされた。FM放送は、秋山紀夫さんがコメンテーターをつとめた「ブラスのひびき」で、6月10日(日)、8時30分からの30分番組として放送された。(その後、テレビもFMも、放送時間や内容を変更した放送が何度か行なわれている。)

一方、CBSソニーのためのレコーディングは、4月17日(火)、石橋メモリアルホールで行なわれた。

ここでは、ホール各部を利用してセパレーションのいいマルチ方式で録音したいレコード会社のスタッフと、ニュージーランドでいつもやっているステージ配置でナチュラルにブレンドさせたサウンドを“通し演奏”で録ってほしいバンド側の考え方が真っ向から激突。演奏中、何度もストップがかかり、指揮者やバンドにとってはかなりストレスを伴うセッションになったようだ。

『楽長のエリック・ゲデス(Eric Geddes)や前楽長のバート・ニーヴ(Bert Neeve)と、ソニー技術陣との間で相当シリアスなやりとりがあった感じで…..。ステージ上にかなりの数の近接マイクが並び、アクリル板のパーテーションもあったりして、不慣れな環境になかなか思ったように音が決まらず、時間もかなり押して、口には出さなかったものの、バンドも疲れきってしまった。』とは、鈴木さんの率直な感想だった。

正しく“日本の常識は、海外の非常識。海外の常識は、日本の非常識”という類いの話で、無責任な外野的立場から言わせてもらうなら、日本側にブラスバンド録音の経験値が全くなかったことが一因のように思えた。この考え方の相違については、解説者の秋山紀夫さんがレコードのスリーヴに詳細に書かれている。

『ところが、セッション終了後、朝日講堂に移動してからの公開講座(全日本吹奏楽連盟・WCB招聘委員会主催)では、バンドは“ビッシビシ”で、すばらしかった。』と、鈴木さんの弁はつづいた。どうやら、セッションから開放されたバンドはいつもの調子を取り戻したようだった。

最終的に、レコードは、6月21日(木)、「ウェリントン・シタデル・バンド WELLINGTON CITADEL BAND IN JAPAN」(LP:CBSソニー、25AG 630)としてリリースされ、かなりの注目を集めている。

その他、報道サイドでは、「バンドジャーナル」1979年6月号(音楽之友社)が、カラー記事3頁、記事11頁ほかという破格の大特集を組み、中山冨士雄、中河原理、菅野浩和、山本武雄、林 和雄、張田 望の各氏が執筆。“ベルヴェット・サウンド”と称賛されたウェリントン・シタデル・バンドの名は、広く日本のバンド・ファンの知るところとなった。

そして、大成功を収めた1979年ツアーから40周年。1985年、2007年、2013年、2019年と来日を重ねたこのバンドのハートフルなパフォーマンスは、日本のステージでもおなじみのものとなった。

長年培われたスタイルを守り、温かいサウンドも健在!

今後とも何度も来日して、心に響く演奏を届けて欲しいものだ!!

▲ LP(25cm)、The Salvation Army(ニュージーランドHis Master’s Voice、MDLP 6036)〈モノラル〉

▲ MDLP 6036 – A面レーベル

▲ MDLP 6036 – B面レーベル

▲ LP – Wellington Citadel Band(ニュージーランドViking、VP 20)〈モノラル〉

▲ VP 20 – A面レーベル

▲ VP 20 – B面レーベル

▲ LP – Marches(ニュージーランドSalem、XPS 5072)〈ステレオ〉

▲ XPS 5072 – A面レーベル

▲ XPS 5072 – B面レーベル

▲「朝日新聞」1979年5月5日(土)朝刊、〈東京版〉13面

▲「讀賣新聞」1979年6月9日(土)夕刊、〈東京版、2版〉7面

▲「バンドジャーナル」1979年6月号(音楽之友社)

“■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第127話 ウェリントン・シタデル・バンドの来日” への1件の返信

  1. 樋口さま
    いつもながら、とてもリアルでワクワクして読ませてもらいました! こんな素敵な記事は感謝のひとことです!
    いまウエリントンを愛する外部のバンド友人やウエリントンくださいディクソンはじめいまの楽長にもリンクで送りました!
    ありがとうございます、そしてお疲れ様です!

    私のスマホより送信しています!

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