■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第125話 スパーク:交響曲第1番「大地、水、太陽、風」の衝撃



▲世界初演プログラム – NAU Centennial Commissioned Works Concert(1999年10月3日、米Northern Arizona University)



▲日本初演プログラム – 第81回大阪市音楽団定期演奏会(2000年11月9日、フェスティバルホール)

▲鈴木孝佳(2018年6月15日、杉並公会堂、撮影:関戸基敬)

『つぎの6月定期のメインですが、フィリップの“シンフォニー1番”をやることに決めました。彼のシンフォニーは、これまで“2番”、“3番”と取り上げてきましたが、となると、当然“1番”というものがある。ぜひ、それを取り上げたいと思います!』

2018年(平成30年)1月12日(金)、東京・杉並のJR「荻窪」駅近くの某所で行なわれたタッド・ウインドシンフォニーの「ニュー・イヤー・コンサート2018」(杉並公会堂大ホール)後の打ち上げで、挨拶に立った音楽監督の鈴木孝佳(タッド鈴木)さんが、演奏会後の講評につづいて次回のメイン・プログラムをメンバーに伝達したときの発言だ。

フィリップとは、もちろん、鈴木さんと親交あるイギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)のことだ。

あまり知られていないが、タッドWSは、演奏家たちのセルフ・オーガナイズ(自主運営)で活動する楽団で、年2回コンサートを行なう。その打ち上げは、いつも70名から100名近い演奏者や関係者で大いに盛り上がる。後片付けなどのため、筆者がこれに駆けつけるのは“宴もたけなわ”か“終宴寸前”になることが多い(大抵、宴席に入り込むスペースがなく、どこかに潜り込むことになる)が、当夜は、鈴木さんの話が、今まさに始まるそんなタイミングだった。

瞬間、メンバーは、リスペクトするマエストロの口からどんな“お言葉”(たまに“お小言”も)が下されるのか、みんな神妙に聞き入っている。そして、最後に次に目指すメインの曲名を知らされるわけだ。(もっとも、例えそれがどんな有名曲だったにしても、彼らにとってはすべてが“新曲”だが…。)

筆者は、当夜の指定席に定めた少し高くなった座敷の敷居に腰を掛け、やや後ろ向きに振り返りながら、この話を聞いていた。実はこれが結構居心地がいいのだ!!

さて、鈴木さんの発言にもあるように、タッドWSは、過去、2011年と2016年にフィリップの2作のシンフォニーの日本初演を行なっている。

・交響曲第2番「サヴァンナ・シンフォニー」日本初演
Symphony No.2 – A Savannah Symphony
【日時】2011年(平成23年)6月17日(金)、19:00
【会場】めぐろパーシモンホール 大ホール
【指揮】鈴木孝佳 
【演奏】タッド・ウインドシンフォニー
【演奏会名】第18回定期演奏会
【CD】タッド・ウィンド・コンサート Vol.16、フィリップ・スパーク:交響曲第2番「サヴァンナ・シンフォニー」(Windstream、WST-25021、2012年)

・交響曲第3番「カラー・シンフォニー」日本初演
Symphony No.3 – A Colour Symphony
【日時】2016年(平成28年)1月23日(土)、14:00
【会場】ティアラこうとう大ホール
【指揮】鈴木孝佳
【演奏】タッド・ウインドシンフォニー
【演奏会名】ニュー・イヤー・コンサート2016
【CD】タッド・ウィンド・コンサート Vol.32、フィリップ・スパーク:交響曲第3番「カラー・シンフォニー」(Windstream、WST-25038、2017年)

これら2曲の日本初演は、出版前に作曲者から贈呈された楽譜を使って行なわれた。今度は、それ以前に書かれた交響曲第1番『大地、水、太陽、風(Symphony No.1 – Earth, Water, Sun, Wind)』をやろうというのである。スコア・リーディングを終えた鈴木さんが、『いいですねー。後のシンフォニー(第2番、第3番)の片鱗がすでに現れていますね!』と大きな関心を示されたことがことの発端だった。

ここで時系列を少し遡るが、フィリップの交響曲第1番「大地、水、太陽、風」は、筆者にとっても、人生の転機に出会った印象深い作品だ。

それは、闘病中の父が亡くなり、その四十九日があけないうちにこんどは母が意識不明状態で病院に担ぎ込まれて長期入院。介護だけでなく、音楽以外何も分からない人間が二人の事業をいきなり一人で切り盛りしなくてはならなくなった異常な状況下での遭遇だった。

振り返ると、当時の平均労働時間は、月~土のウィークデーが約15時間、日祝日も半日営業だったので、早い話がほぼ年中無休。その後に選曲まで手がけたダグラス・ボストック(Douglas Bostock)指揮、東京佼成ウインドオーケストラ演奏のCD「ヨーロピアン・ウィンド・サークル Vol.6“ダンス・ムーブメント”」(佼成出版社、KOCD-3906)のプログラム・ノート執筆も知力、体力的にも断わらざるを得ない状況で、その際、驚いた同社担当の水野博文さん(のちの同社社長)が“どうしても引き受けてもらいたい”と慌てて来阪されたものの、2~3分に一人のペースで客あしらいをしながら跳び回っている状況を実際にその眼で見て、依頼を諦めて帰京されるという、たいへん申し訳ない思いをした事件も勃発している。休業が許されず、近くに交代要員もいなかったので、まるで吉本新喜劇のキャッチフレーズである“体力の限界に挑戦する”を地で行くような話。満足に昼食をとる余裕もなかったので、もし仮にお隣りが仕出し弁当屋さんでなかったなら、間違いなく“餓死”か“突然死”していただろう。

そのあたりのドタバタぶりは、2000~2001年、「バンドパワー」に“樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ-トファイル」File No.06 フィリップ・スパ-ク:交響曲第1番「大地・水・太陽・風」”として寄稿(全11篇)しているので、そちらを眺めていただければと思う。本当に雑然とした環境の中で書いたので、まとまりに欠け、“ラクガキ”としたが、このシンフォニーのアリゾナでの世界初演や大阪市音楽団による日本初演の周辺で起こった事柄は、残らず書き留めてある。

ただ、誤った理解が進まないように、いくつか整理しておきたいこともある。

それは、まず、これがフィリップの作曲家として一大転機に書かれた作品だったことだ。

フィリップは、前年の1998年10月17日(土)、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall)で行なわれた“全英ブラスバンド選手権(National Brass Band Championships of Great Britain)”のチャンピオンシップ部門決勝のテストピース(課題)として委嘱された『月とメキシコのはざまに(Between The Moon and Mexico)』のあたりから、一曲に充分な時間をかけて作品を書くようになり、結果、作風に明らかな変化が現れた。その後、1999年の年初に健康を害して長期入院。ドクターから最短15ヶ月は無理をするなと厳命され、そんな困難な時期をへて完成した作品がこれだった。

それまでほとんど見られなかった“月”“メキシコ”“大地”“水”“太陽”“風”というような固有名詞を積極的にタイトルに選んでいることからも、心境の変化は明らかだ。また、マーラーに傾注していることをもはや隠さなくなった。

もうひとつ忘れてはならないのは、アメリカの委嘱者による世界初演当時は、まだ『大地、水、太陽、風』というシンプルな曲名で、その後、市音による日本初演までの間に自ら“シンフォニー”と呼ぶようになったこと。ただし、そのときには“交響曲番号”がなく、出版に際し“番号”を付けている。

その後、2000年4月に自身の出版社アングロ・ミュージック(Anglo Music)を起業。結果、交響曲第1番『大地、水、太陽、風』は、長年つとめたステューディオ・ミュージック(Studio Music)時代に書かれながら、新生アングロからの出版となった。

世界初演や日本初演は以下のように行なわれている。

・「大地、水、太陽、風」世界初演
(Earth, Water, Sun, Wind)
【日時】1999年10月3日(日)、15:00
【会場】Audrey Auditorium, Northern Arizona University
【指揮】Patricia Hoy
【演奏】Northern Arizona University Wind Symphony
【演奏会名】NAU CENTENNIAL COMMISSIONED WORKS CONCERT

・吹奏楽のための交響曲「大地、水、太陽、風」日本初演
(Symphony for Band – Earth, Water, Sun, Wind)
【日時】2000年(平成12年)11月9日(木)、19:00
【会場】フェスティバルホール
【指揮】渡邊一正
【演奏】大阪市音楽団
【演奏会名】第81回大阪市音楽団定期演奏会
【CD】大阪市音楽団/大地・水・太陽・風(フォンテック、FOCD-9156、2001年)

ところが、この日本初演のステージでは、第2楽章と第3楽章を結びつけるブリッジのように重要な役割を果たすシンセサイザーが何故か鳴らないという、誰もが予測できなかったハプニングが起こった(そうだ)。

わざわざ“そうだ”と断ったのは、その頃の我が終業時刻と演奏会の終演がほぼ同じで、作曲者から送られてきた市音用の楽譜が目の前を通過していった事実があるにも拘わらず、リハーサルも本番も聴くチャンスがなかったからだ。当然、ナマの音も知らない。

その後、発売されたCD(フォンテック、FOCD-9156 / リリース:2001年7月21日)は、録音を担った毎日放送(大阪)の録音スタッフの懸命な作業により、リハーサルと本番の録音をミックス。見事に修復されてリリースされ、かなりの評判を呼んだ。

しかし、なんか釈然としないものも残った。

シンフォニーでは、全楽章を通した時にはじめて感じられる、途切れないストーリーが音楽的に大きな意味を持つと常々思っているからだ。

それから18年近くの年月が流れた2018年6月13日(水)、府中の森芸術劇場ウィーンホール(東京・府中市)で行なわれていたタッド・ウインドシンフォニーの《第25回定期演奏会》(2018年6月15日(金)、杉並公会堂大ホール)に向けてのリハーサルを訪れたとき、筆者は、ついにプロが演奏するフィリップの交響曲第1番の“ナマ”のサウンドに接した。

精緻なオーケストレーション。そして、ナチュラルな色彩感とハーモニーが織り成す妙は、正しくウィンドの魔術(マジック)だと思えた!

凄い!ナマでないと感じられない美しさとでも言えばいいのか!

この時、はじめてスコアをリーディングした当時の感激が鮮やかに甦ってきた!

フィリップは、読書家だけに、ひょっとして、テーマの“大地”“水”“太陽”“風”に、何かインスピレーションを得た小説か何かがあったのではないかと訊ねたことがある。

すると、『いや、このシンフォニーに関しては、インスパイアーされたものは一切なかった。テーマが4つ欲しいと思ったときに浮かんだのがこれらだったんだ。』とシンプルな回答!

そこで、タッドが“第2番”“第3番”につづき“第1番”にも関心をもっていることをを伝えたら、すでに前2作のCDを聴いていた彼は、『ぜひ、彼にやって欲しいと伝えてほしい!』と速攻で返信を寄こした。

『ボクは、タッドのファンだよ!』

いつもの彼の言葉が不意に頭をよぎった!



▲プログラム – タッド・ウインドシンフォニー第25回定期演奏会(2018年6月15日、杉並公会堂大ホール)

▲同、リハーサル風景から(撮影:関戸基敬)



▲タッド・ウインドシンフォニー第25回定期演奏会(撮影:関戸基敬)

▲CD – タッド・ウィンド・コンサート Vol.39、フィリップ・スパーク:交響曲第1番「大地、水、太陽、風」(Windstream、WST-25045、2019年)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください