わたしは、文楽に行くと、必ずイヤホンガイドをつかう(歌舞伎では、あまりつかわない)。
そのことを知己に話すと、意外な顔で「いまさら筋なんか、わかってるでしょう」と言われる。
だが、筋を知りたくてつかうのではない。イヤホンガイドは、筋書にも出ていない、実に面白い解説をしてくれるのだ。
たとえば、今月(2月)の国立小劇場〈野崎村〉、お染登場のシーンで、こんな解説があった(記憶で書くので、細部は正確ではない)。
「振り袖姿のお染が、背中の襟のあたりに、なにか付けております。これは通称〈襟袈裟〉などと申しまして、髪の油が垂れて、着物が汚れるのを防ぐものでございます。これを着用しているのは、良家の子女の証しでございます」
また〈勧進帳〉では、
「ここで三味線の鶴澤藤蔵にご注目ください。たいへん珍しい弾き方です。これは、三味線で琵琶の響きを模倣しております」
さらに今月は、六代目竹本錣太夫(もと津駒太夫)の襲名披露があったので、幕間に、ご本人のインタビューが流れた。大学時代にテレビで文楽を観て感動し、津太夫に入門したのだという。「テレビ」がきっかけで文楽の世界に入ったなんて、知らなかった。
株式会社イヤホンガイド(旧名・朝日解説事業株式会社)は、1975年、朝日新聞の記者だった久門郁夫によってはじまった(創設当初の興味深いエピソードがHPで紹介されている)。このとき協力したのが、古典芸能評論家の小山観翁さん(1929~2015)である。
わたしは、生前の小山さんに、そのころのお話をうかがったことがある。