■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第115話 ニュー・サウンズの素(もと)の素(もと)

▲LP – バート・バカラック・イン・マーチ(東芝音楽工業、TP-8152、1972年)

▲TP-8152 – 付属スコア“雨にぬれても”

▲TP-8152 – A面レーベル

▲TP-8152 – B面レーベル

▲LP(4チャンネル) – ダイナミック・マーチ・イン・バカラック(東芝音楽工業、TP-9519Z、1972年)

▲「バンドジャーナル」1972年1月号(音楽之友社)

1971年(昭和46年)11月11日(木)~12日(金)、東京・港区、溜池交差点からほど近い場所にあった旧東芝スタジオで、“わが国初”のエポック・メイキングなアルバム(LP)がレコーディングされた。

何が“エポック・メイキング”かと言うと、吹奏楽のレコードなのに、収録されたレパートリーが、『サン・ホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)』、『雨にぬれても(Raindrops Keep Fallin’ On The Head)』、『ディス・ガイ(This Guy’s In Love With You)』、『恋よさようなら(I’ll Never Fallin’ Love Again)』などという、そのすべてがアメリカのヒット・メーカー、バート・バカラック(Burt Bacharach、1928~)のヒット曲。つまり、全曲がポップスだったことだ。

発売される吹奏楽レコードがマーチ中心で、吹奏楽のオリジナル曲のレコードさえ珍しかった時代に、よくぞこんなポップスだけの吹奏楽LPが制作されたものだ!?!?

しかも、バカラックの曲だけで!

演奏は、ポップスの演奏で定評があった、塚原国男指揮、航空自衛隊航空音楽隊(現、航空自衛隊航空中央音楽隊)があたり、編曲は、東芝専属の岩井直溥さんが担当!

セッションは、当時最先端の“4チャンネル”方式で行なわれた。

アルバムは、年を越した1972年(昭和47年)2月5日、「バート・バカラック・イン・マーチ(Burt Bacharack in March)」(東芝音楽工業、TP-8152)として、通常の2チャンネル・ステレオ盤がリリース。4チャンネル盤の方は、タイトルを変えて「ダイナミック・マーチ・イン・バカラック(Dynamic March in Bacharach)」(東芝音楽工業、TP-9519Z)として発売された。

面白かったのは、セッションで使われたのと同じ岩井直溥編の『雨にぬれても』のフルスコアの縮刷版が付録として封入されていたことだ。

セッションを取材した月刊誌「バンドジャーナル」(音楽之友社)も、1972年1月号に『サン・ホセへの道』(岩井直溥編)、同3月号に『雨にぬれても』(同)を付録楽譜としてつけた。

これらが結構演奏された!!

時系列的に振り返ると、このような動きが、楽譜出版とタイアップするという、その後の“ニュー・サウンズ・イン・ブラス”の発想へとつながっていく。

第110話 ニュー・サウンズの始動》でお話ししたシリーズ第1弾LP「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」(CBSソニー、SOLL 8、1972年)のライナー・ノート(執筆:秋山紀夫)では、プロジェクトの選曲などのために、東京・えびすのヤマハ音楽振興会にスタッフが会したのは、1972年2月の某日だったとされている。

東芝の“バカラック”がリリースされたのと同じ月だ!!

話をもとに戻そう。

東芝で“吹奏楽によるバート・バカラック集”を企画・制作したのは、渋谷森久(しぶや もりひさ、1939~1997)という、当時のレコード業界では、その名をよく知られていたディレクターだった。

渋谷さんが、東芝音楽工業に入社したのは1961年。慶應義塾大学在学中にジャズをやり、ピアノを弾いていた前歴をもつ。東芝では、クレージーキャッツや加山雄三、越路吹雪、伊藤咲子、本田美奈子などを担当してヒットを飛ばし、その傍ら、劇団四季の音響を担当し、曲も書いている。東芝退社後は、東京ディズニーランドや劇団四季の音楽監督をつとめた。稀代のアイデアマンとして知られ、多くの若い才能を発掘した。

余談ながら、『マツケンサンバ』で知られ、吹奏楽の世界では、大阪市音楽団のアーティスティック・ディレクターに就任し、その民営化後、Osaka Shion Wind Orchestraの音楽監督をつとめる宮川彬良さんを劇団四季に誘ったのも実は渋谷さんだった。

まあ、どこから見ても、歌謡、ポップ路線の売れっ子音楽プロデューサーだ。

その渋谷さんが、“吹奏楽のバート・バカラック集”のヒントを得たのは、《第113話 アイリッシュ・ガーズがやってきた》でお話ししたイギリスEMIの世界的ヒット・アルバム「Marching with the Beatles(マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ)」(ステレオ:英EMI-Columbia Studio 2、TWO125、1966年 / モノラル:英EMI-Columbia、SX6087、1966年)だった。

バッキンガム宮殿の衛兵交代でもおなじみのアイリッシュ・ガーズ・バンド(The Band of the Irish Guards)が演奏したこの「マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ」は、わが国でもレコード時代に都合3度発売されている。

・マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ
(東芝音楽工業(Angel)、AA-8394、1969年1月10日)

・ビートルズ行進曲/マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ
(東芝音楽工業(Odeon)、OP-80192、1971年5月)

・エンジェル・バンド・ミュージック・ライブラリー/マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ
(東芝EMI(Angel)、EAC-80430、1978年4月20日)

たいへん珍しいケースだが、初出と3度目が洋楽クラシック部門のエンジェル・レーベルから、2度目が洋楽ポピュラー部門のオデオン・レーベルからのリリースだった。

一度クラシック扱いで出たアルバムが、品切れ後にポピュラー扱いで出るなんて、あまり聞いたことがない。「マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ」は、東芝では全部門的に注目された吹奏楽レコードだった。で、当然、渋谷さんの目にもとまる。

その結果、完全なポップ路線の渋谷さんが、畑違いの吹奏楽で“バート・バカラック集”を作ろうとし、その編曲を岩井さんに依頼するという“事件”が起こった。

この偶然が、“ニュー・サウンズ・イン・ブラス”へとつながった。

本家のイギリス盤にも、実は面白いストーリーがある。

ビートルズが爆発的人気を集めていた1965年、BBC放送のプロデューサーで作編曲家、指揮者のアーサー・ウィルキンスン(Arthur Wilkinson、1919~1968)が、ロイヤル・バレエ団(Royal Ballet Company)のバレリーナ、ドリーン・ウェルズ(Doreen Wells、1937~)に呼ばれて、彼女が踊るテレビの新番組の音楽監督となり、チャイコフスキーの“くるみ割り人形”のスタイルを借りてビートルズの曲をバレエに編曲したところ、これがたいへんな評判を呼び、7曲構成の「ビートル・クラッカー組曲(Beatle Cracker Suite)」(EP – 英EMI-His Master’s Voice、7EG 8919、1965年)としてレコード化。

アーサー・ウィルキンスン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Arthur Wilkinson and his Oorchestra)が演奏したこのEPは、リリース後、半年の間イギリスのヒット・チャートにエントリーされる大ヒットとなった。

「マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ」は、その成功に気をよくしたビートルズの出版社ノーザン・ソングズ(Northern Songs)のディック・ジェームズ(Dick James、1920~1986)のアイデアから誕生した。

当時、“ステューディオ・ツー(Studio 2)”と呼ばれた、英EMIが誇るロンドンのアビー・ロード・スタジオ(The EMI Abbey Road Studios)の最新技術を駆使したフル・ステレオ・サウンドの吹奏楽演奏のビートルズ曲集として!

編曲は、「ビートル・クラッカー組曲」のアーサー・ウィルキンスンが新たに12曲を書き下ろし、そのスコアを見たEMIクラシックのレコーディング・プロデューサー、ブライアン・B・カルヴァーハウス(Brian B. Culverhouse)が、この録音に最適のバンドとして、当時、セシル・H・イェーガー少佐(Major Cecil H. Jaeger、1913~1970)が音楽監督をつとめていたアイリッシュ・ガーズ・バンドを推薦!

イギリスのミリタリー・バンド史に燦然と輝く超ロングセラー盤が誕生した。

ウィルキンスンは、このアルバムの成功後、『イエスタデイ(Yesterday)』、『ミッシェル(Michelle)』、『抱きしめたい(I Want To Held Your Hand)』、『今日の誓い(Things We Said Today)』、『ヘルプ!(Help!)』の5曲をまず出版。ヒズ・オーケストラでも、ザック・ローレンス(Zack Lawrence)のピアノをソロイストに迎え、4楽章構成の「ザ・ビートル・コンチェルト(The Beatle Concerto)」(EP – 英EMI-His Master’s Voice、7EG 8968、1966年)を発表する。

だが、不幸なことに、50才を前にして、1968年に死去。

全世界からリクエストが寄せられていた「マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ」の楽譜も、全曲が出版される日は、ついに来なかった。

▲[LP – Marching with the Beatles(英EMI-Columbia Studio 2、TWO 125、ステレオ、1966年)

▲TWO 125 – A面レーベル

▲TWO 125 – B面レーベル

▲LP – Marching with the Beatles(英EMI-Columbia、SX 6087、モノラル、1966年)

▲LP – ビートルズ行進曲/マーチング・ウィズ・ザ・ビートルズ(東芝音楽工業(Odeon)、OP-80192、ステレオ、1971年)

▲EP – Beatle Cracker Suite(英EMI-His Master’s Voice、7EG 8919、モノラル、1965年)

▲EP – The Beatle Concerto(英EMI-His Master’s Voice、7EG 8968、モノラル、1966年)

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