■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第111話 スパーク「宇宙の音楽」の迷走

▲フィリップ・スパーク(本人提供)

▲スコア – 宇宙の音楽(英Anglo Music Press、出版:2005年)

『ヒグチさん、この前スコアをお預かりしましたスパやんの新曲の件なんですが、早速“プログラム”の方で協議して、話を上げましたら、上が“どうしてもアカン”ってゆうてますねん(どうしてもダメだと言ってるんです)。』

2004年(平成16年)6月下旬、大阪市音楽団(市音 / 現Osaka Shion Wind Orchestra)のプログラム編成委員のリーダー、延原弘明さんから掛かってきた電話だ。

延原さんは、Ebクラリネットの名手で、その後、楽団が民営化されて一般社団法人となったとき、初代代表理事になった人物だ。

会話の中の“スパやん”とは、無論、イギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)のことだ。何度も来阪し、ひとりで地下鉄に乗れるまでに、その空気の中に溶け込んでいたフィリップは、当時、市音内部では、大阪流親愛の念とリスペクトを込めてそう呼ばれていた。

周囲の話を総合すると、そのネーミング・ライツは、どうやら筆者にあるらしいが、今さらそんなことはどうでもいい。自然発生的に生まれた大阪ネイティブによる親称だ。

また、市音に預けていたスコアとは、フィリップのブラスバンドのための新作『宇宙の音楽(Music of the Spheres)』の出版前オリジナル・スコアのプルーフだった。

第107話:スパーク「宇宙の音楽」との出会い》でお話したとおり、これより少し前の6月1日(火)、フィリップと東京で会った際、“もし、それをウィンドオーケストラのために新たにオーケストレーションを施して作り直すとするなら、果たして市音は演奏してくれるだろうか?”という驚くべき相談を受けた作品で、帰阪するとすぐ、市音にスコアを手渡し、彼の提案を投げかけていた。

冒頭の延原さんの電話は、それに対する正式な回答だった。

『本当に申し訳ない。(“プログラム”委員の間では)面白いと思ってるんですが…。』という延原さん。

少し踏み込んでその訳を尋ねると、およそ信じられない理由が返ってきた。

延原さんの説明によると、2004年6月11日(金)、ザ・シンフォニーホールで行なわれた第88回定期演奏会(指揮:秋山和慶)で『四つの真理(The Four Noble Truths)』を日本初演したばかりの市音は、同年11月22日(月)に同ホールで開かれる第89回定期演奏会(指揮:ディルク・ブロッセ)でも、『二つの流れのはざまに(Between the Two Rivers)』を予定していた。もし、その翌年の第90回定期演奏会(日時、指揮者未定)で今度の新作をやるとなると、結果としてスパーク作品を3回連続で取り上げることになる。楽団上層部は、それは“どうしてもアカン”と難色を示したのだという。

まるで世間の目を気にする“お役所”仕事のような反応だ。

同じ作曲家の作品がつづくことがそれほど“まずい”ことなのか!?

確かに、市音は、そこまで、フィリップの作品を定期演奏会だけで7曲取り上げていた。

・シンフォニエッタ第2番《日本初演》
Sinfonietta No.2
第68回大阪市音楽団定期演奏会
1994年(平成6年)6月2日(木)
ザ・シンフォニーホール、指揮:木村吉宏

・オリエント急行
Orient Express
第69回大阪市音楽団定期演奏会
1994年(平成6年)11月2日(水)
フェスティバルホール、指揮:金 洪才

・シンフォニエッタ第1番《日本初演》
(Sinfonietta No.1)
第76回大阪市音楽団定期演奏会
1998年(平成10年)6月10日(水)
ザ・シンフォニーホール、指揮:堤 俊作

・ディヴァージョンズ
Diversions
第80回大阪市音楽団定期演奏会
2000年(平成12年)6月16日(金)
ザ・シンフォニーホール、指揮:堤 俊作

・交響曲第1番「大地・水・太陽・風」《日本初演》
Symphony No.1 – Earth, Water, Sun, Wind
第81回大阪市音楽団定期演奏会
2000年(平成12年)11月9日(木)
フェスティバルホール、指揮:渡邊一正

・エンジェルズ・ゲートの夜明け《日本初演》
Sunrise at Angel’s Gate
第83回大阪市音楽団定期演奏会
2001年(平成13年)11月14日(水)
フェスティバルホール、指揮:渡邊一正

・カレイドスコープ《日本初演》
Kaleidoscope
第86回大阪市音楽団定期演奏会
2003年(平成15年)6月6日(金)
ザ・シンフォニーホール、指揮:秋山和慶

これに、先述の第88回と第89回の2曲を加えると、定期だけで計9曲となる。内、7曲は日本初演で、すでに東京佼成ウインドオーケストラがCD(佼成出版社、KOCD-3902 / 参照:第48話 フィリップ・スパークがやってきた)に録音していた『オリエント急行』も、実は、楽譜出版後、日本初の演奏だった。

話を聞いている内、誰が“アカン”と言っているのか、すぐに想像がついた。しかし、その理由は、残念ながら、およそ音楽をやろうとする人が簡単に口にしていいものだとは思えなかった。

もっと他の理由だったら、“そうですか”と簡単に引き下がっていたかも知れない。

例えば、曲がダメだと判断したとか、演奏時間が長すぎるとか、編成が大きすぎるとか、予算がかかりすぎるとか…..。

電話をかけてこられた延原さんには、何の恨みもないが、ここから筆者の反論が始まった。

『スコアをご覧になったからお分かりだと思いますが、今度の曲は、10年に1曲出るか出ないかというクラスの作品です。個人的には、彼の最高傑作だと思っています。しかも、今回は、市音を名指しで提案してきたわけです。そんな機会を簡単に捨ててしまうということは、私には到底理解できません。』

すでにスコアを読んで作品を理解されているだけに、筆者の主張を黙って聞いているしかない延原さんは、やっとのことで、『それは、じゅうぶん理解しているのですが…。』と言葉を挿まれたが、こちらは、それを遮るように、さらに畳み掛ける。

『いいですか。世界中にフィリップ・スパークに曲を書いてもらいたい、あるいは初演をしたいという演奏団体は山ほどあるわけです。今回、彼は、世界中から市音を選んだ訳です。彼は“演奏してくれるだろうか?”と控えめに言いながらも、実は市音に演奏して欲しいわけです。そんな天から降りてきたような千載一遇の機会を他に持っていけと、そう言われるんですか? 信じられない! もう一度、みなさんでよくスコアを検討していただけないでしょうか? どんな作品にも“旬”というか、取り上げるべきタイミングというものがあります。私がこれほどまで言うことはこれまでなかったでしょう? それだけの作品なんです!』

一度火がついてしまった筆者を押し止めることなど、地球上の誰にもできない。

延原さんは、『よく分かりました。』とついに折れ、『もう一度みんなで話し合い、上層部にも再度掛け合ってみます。』と約束された。

楽団という組織に属さない自由な立場にいる筆者には、その後、市音内部で何があったかについてはうかがい知れない。さぞかし激論が交わされたことだろう。

しかし、7月に入って再び掛かってきた電話の延原さんの声は弾んでいた!

『いろいろ言う者もおりましたが、押し通しました!』

スコアの魅力が、ついに楽団を動かした瞬間だった!

この決定の有る無しで、この作品の運命は大きく変わっていただろう。

その後、世界を席巻する『宇宙の音楽』ウィンドオーケストラ版の誕生秘話である!

▲第68回大阪市音楽団定期演奏会(1994年6月2日、ザ・シンフォニーホール)

▲チラシ – 第88回大阪市音楽団定期演奏会(2004年6月11日、ザ・シンフォニーホール)

▲チラシ – 第89回大阪市音楽団定期演奏会(2004年11月22日、ザ・シンフォニーホール)

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