■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第109話 アッぺルモントがやってきた

▲ベルト・アッぺルモント(2008年12月19日、パルテノン多摩)

▲セッション風景(同)

2008年(平成20年)12月17日(水)、朝8時ごろ、筆者は、成田空港第1ターミナルの国際線到着ロビー最寄りのタクシー乗り場で、客待ちのドライバーをつかまえては、つぎのような質問を繰り返していた。

『ちょっとお訊ねしますが、こちらの運転手さんで、都内・杉並周辺にめちゃくちゃ明るいベテランさんおられますか?』

すると、“なんだなんだ”と筆者のまわりにドライバーが集まってくる。

事情を話す内、“それなら、○○さんが適役だ”という人が出てきて、その場にいた全員が“そうだ、そうだ”と同意。中の1人が、○○さんを探しにいって連れてきてくれた。

当方があまりにも“テンぱって”いて、メモる余裕がなかったため、失礼ながら、名前は失念してしまったが、そのスペシャルな○○さんは、運よくすぐそばにいた。

早速、事情と目的地を話すと、○○さんは快諾してくれ、到着ロビー出口から最も近いところで待機してくれることになった。他のドライバーさんもその位置を譲り、協力してくれる。

筆者のリクエストは、“8:40到着予定の外国人と筆者を立正佼成会大聖堂近くの目的地まで、最短時間、できれば10:30頃までに連れて行って欲しい”というもの。即ち、ウィークデー朝の通勤時間帯に都内中心部の渋滞を避けながら、杉並まで車を走らせるという難題だった。

何しろ、こちらは生粋の大阪ネイティブであり、東京はまるで不案内。ルート選択からしても、ベテランの経験と勘だけが頼りだった。

しかし、どうしてそんな事態に至ったのか。

事の起こりは、3日前の12月14日の深夜から15日の早朝にかけてのことだった。

この日、筆者は、ベルギーの音楽出版社ベリアート(Beriato Music)のベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts)と新宿ワシントンホテルに宿泊していた。

第108話 ヴァンデルロースト「オスティナーティ」世界初演》でお話したように、ベンは、ドイツのバンベルク交響楽団(Bamberger Symphoniker Bayerische Staatsphilharmonie)の首席トロンボーン奏者をつとめ、一方でベリアートを創業。ヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)のクラスから、『ノアの箱舟(Noah’s Ark)』を書いたベルト・アッぺルモント(Bert Appermont)を見い出し、トロンボーン協奏曲『カラーズ(Colors)』を委嘱・初演・初録音し、そのCDが大ブレーク。やがて、ハル・レナード・ヨーロッパ(Hal Leonard Europe)の音楽部門のトップとなる実力者である。

14日の夜、ふたりは、バンドパワーの鎌田小太郎(コタロー)さんや作曲家の清水大輔さんらとの会食後、ホテルに戻り、それぞれ自室で微睡んでいた(はずだった)。

ちょうどウトウトし始めたところへ、慌てた声のベンから電話が入ったのは、結構な深夜。日付はとっくに変っていた。

何事かと訊ねると、『ベルトが予定した飛行機に乗っていない!ナイトメア(悪夢)だ!!』という。

ベルトとは、前述のベルト・アッペルモントのことだ。

一気に目が覚めた筆者は、詳しい話を聞くため、急いでベンの部屋に向かう。

実は、この12月15日から、東京佼成ウインドオーケストラ演奏の佼成出版社の自作自演CD「ヨーロピアン・ウィンド・サークル Vol.7、エグモント~ベルト・アッペルモント作品集」(佼成出版社、KOCD-3907、2009年)のセッション前の練習とレコーディングが予定され、スケジュールは、以下のように組まれていた。

12/15(月)、リハ(東京佼成WO練習場)(指揮:稲垣雅之)

12/16(火)、リハ(東京佼成WO練習場)(指揮:B・アッぺルモント)

12/17(水)、リハ(東京佼成WO練習場)(指揮:B・アッぺルモント)

12/18(木)、録音(パルテノン多摩)(指揮:B・アッぺルモント)

12/19(金)、録音(パルテノン多摩)(指揮:B・アッぺルモント)

ベンが話すとおりだと、14日の飛行機に乗れなかったなら、当然15日中の日本到着は不可能。同時にそれは、日本時間の16日朝10:30からのリハにも間に合わないことを意味した。

今さら原因など、どうでもいい。プロの仕事として、約束した時刻にその場にいないということが問題だった。

佼成出版社絡みだと、かつて、アルフレッド・リード(Alfred Reed)が誤って一日遅い便で来日したとき以来の大騒動になることが予想された。

企画のプロダクション・スーパーバイザー(制作統括)を任されていた筆者にとっても、これは正しくナイトメアだ。

ベンには、クライアントの佼成出版社と東京佼成ウインドオーケストラには、早朝に連絡を入れて善後策を練ってもらうから、ベルトには“とにかく一番早い便に乗る”ように指示してほしいと頼んだ。ベンは、即刻その場からベルトに国際電話を入れる。それはすぐつながったが、いつもは穏やかなベンの口調がやたらきびしい。

やがて、ベルトから返答が入った。残念ながら、15日には日本便がなく、どんなに早い便に乗ったとしても、到着は17日の朝になるという。ベンは、『とにかくすぐ来い!』と言って電話を切り、“ナイトメアだ!”と繰り返した。

もうすぐ夜明けだった。

佼成出版社には、“指揮者が突発事態で予定の飛行機に乗れなかったこと”、“次の便での到着が4/17朝になること”、“どんな結論(一旦バラして延期)に至ったとしても、4/17には必ず顔を出させること”などを連絡し、オケと協議してもらうことになった。

その後、セクション・リーダーをまじえた協議の結果、“本人の棒で4/17の練習ができるのなら、レコーディングをやろう”という結論が出た。

一旦決まると、プロの仕事はスケジュール通りに進む。

当初から稲垣雅之さんの指揮で組まれていた4/15のリハは予定通り行われ、4/16のリハは完全休養。あとは、本人の来日を待つばかりとなった。

その後は、幸運が続いた。

4/17、ベルトの乗ったルフトハンザ機は、ジェット気流に乗って、予定より15分以上早く成田に到着。事前に“入国審査の時間が惜しいので、荷物は小さく”、“タクシーを待たせているので、審査を終えたら急いで出口へ”とメールしておいたら、ベルトは、スコアと指揮棒だけを小さなショルダーに入れただけの軽装で到着口から“走って”出てきた。

恐らく、飛行機を降りた後、入国審査へ走って一番乗りでそれを済ませ、再び全力疾走したのだろう。

挨拶もそこそこに、ふたりで○○さんのタクシーにダッシュ!

『お任せ下さい。』という○○さんの状況判断も的確で、東京佼成ウインドオーケストラの練習場には思っていた以上に早く到着。ちょうど、佼成出版社の担当者、藤本欣秀さんが練習開始前の挨拶を始めたところだった。

『指揮者のアッぺルモントさんは、無事成田に到着され、もうまもなくこちらへ到着されると連絡が入っています。』

その藤本さんの挨拶が終わるか終わらない内、ベルトと筆者は、合奏室に飛び込んだ。

ベルトとは初対面の藤本さんが、ちょっと戸惑いを見せながらも、彼をプレイヤーに紹介。すると、ベルトは、サッと指揮台へ進み、真剣な面持ちでまず遅れたことを“謝罪”。間髪を入れず指揮棒を振り上げ、1曲目の『リオネッス(Leonesse)』のリハーサルを始めた。

様子を見ていると、指揮でグイグイ引っ張っていくので、オケのモチベーションもグングン上がっていくのがよくわかる。

リハ終了後、トロンボーンの萩谷克己さんから、『ここまでくれば、もう大丈夫。それにしても、彼の棒(指揮)がいいのには、ちょっと驚きました。』と声がかかる。

正直“いつ着くのか”と、心中、針のムシロ状態だった筈の藤本さんも、『最初に“謝罪”があり、あれこれ言わず、すぐリハに入ったのには、みなさん感心されていました。』とホッとした面持ち。

マネージャーの古沢彰一さんからは、『もちろんバラすことも考えたんだけど、4/17のリハさえできれば、1日休んだことでリフレッシュしてから、本番に望める。それに賭けるという考え方もあるしね。これが、4/17の練習ができないというのなら、本当に大変なことになったんだろうけど。』と舞台裏を聞かされた。

正にタイトロープ。ギリギリの線の対応だった訳だ。

また、このレコーディングには、コンサートマスターの 田中靖人さん、下棒をつけた稲垣雅之さん、マイクを通じたディレクションを行なった山里佐和子さん、ステージ上通訳の黒沢ひろみさん、録音チームの石崎恒雄さんや藤井寿典さん、宮下雄二さん、新技術のSHMプレスのマスタリングを手がけた杉本一家さんなど、それぞれの持ち場で、多くのスキルが惜しげもなく注がれている。

そして、CDが完成したとき、真っ先に歓喜の声をあげたベン!

当然、反省点はある。

だが、こんなチームワークのいいCD制作は、もう二度とないかも知れない。

東京佼成ウインドオーケストラにとっては、すべてが新曲!

定年のため、これが最後のレコーディングとなったプレイヤーさんも結構多かった!

CD「エグモント」は、作曲者本人によるたった1日のリハーサルから実を結んだ、とても思い出深いアルバムとなった!!

▲モニタールーム風景(2008年12月19日、パルテノン多摩)

▲セッション終了後の東京佼成ウインドオーケストラ(同)

▲ホールを出たアッぺルモント(写真提供:鎌田小太郎)

▲CD – ヨーロピアン・ウィンド・サークル Vol.7、エグモント~ベルト・アッペルモント作品集(佼成出版社、KOCD-3907、2009年)

▲同、インレーカード

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