■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第94話 エキスポ ’70と大失敗

▲LP – Brass & Percussion(米RCA Victor、LSC-2080、1958年)

▲ RCA Victor、LSC-2080 – A面レーベル

▲RCA Victor、LSC-2080 – B面レーベル

『(試聴会は)、去る2月17日、日本ビクター東京スタジオで行なわれた。当日はオーディオ愛好家および技術雑誌編集部員が集まった。まず高柳氏の説明につづいて、われわれ(は)、初めて、一本溝の立体レコードを聞いたわけである。この45/45立体レコードについては本文45ページを参照して頂きたい。なにしろまだレコードは1枚しかはいっていないので音質云々などといえないが、立体に聞こえたということは事実である。操作・装置の点で今後テープに変って大衆化することであろう。』(カッコ内を除き、原文ママ)

スマートフォンにイヤフォンやヘッドフォンを接続して左右に拡がる“ステレオ”サウンドを気軽に愉しんでいる今日の若い世代にはピンとこないかも知れないが、これは、1958年(昭和33年)2月17日(月)、東京・築地にあった日本ビクターのスタジオで行なわれた日本最初の“ステレオ“レコードの試聴会を取材した月刊誌「無線と実験」1958年4月号(誠文堂新光社)の記事「わが国最初の45/45立体レコード試聴会(日本ビクター)」からの引用だ。

当時、“ステレオ”は“立体”と呼ばれていた。対して、1個のスピーカーやイヤフォンで再生する従来の記録方式を“モノラル”と呼ぶ。

45/45方式は、何種類か実用化までこぎつけたステレオ・レコードの記録方式の1つで、汎用性の高さから、日本のステレオ・レコードでもこの45/45方式の規格が採用された。

文中の高柳氏は、戦前、ブラウン管による電送・受像を世界で始めて成功させ、“日本のテレビの父”と呼ばれた工学博士、高柳健次郎さん(1899~1990)のことだ。氏は、日本ビクターの技術最高顧問であり、副社長、社長も歴任した。

また、同誌の45頁には、不二音響社長の中村久次さんが執筆した「1本溝の新ステレオディスク方式 45/45立体レコード」というステレオ盤についての解説も掲載されていた。

記事が“1本溝”という表現にこだわっているのは、ステレオの“右チャンネル”と“左チャンネル”の音をそれぞれ独立した2本の溝にカッティングしたレコードがこれ以前にアメリカで発表されていたからだ。もっとも、再生操作が難しく実用性が乏しかったので、いつの間にか消えてしまったが…。

また、この試聴会以前にも、AMラジオ2台を左右に置いてステレオを愉しむNHKの“立体音楽堂”のようなラジオ番組《参照:第22話 ギャルド1961の伝説》や、オープン・リール方式の音楽テープを専用のステレオ・テープレコーダーで再生するなど、いくつかの“ステレオ”の愉しみ方は知られていた。

しかし、市販されたステレオ音楽テープ1本の価格が、当時の初任給とほぼ同じぐらいだったので、庶民にはまるで高嶺の花。ホールを使ったステレオ・テープの鑑賞会が人気を集めるぐらいだったので、誰でも気軽に“ステレオ”を愉しめるような、もう少し安価なレコード盤の登場が待たれていたのである。

そんな折も折、ステレオの2チャンネルの音を1本の溝にカッティングする技術が、アメリカでついに実用化された!

そのアメリカから持ち込まれたたった1枚のレコードを使って、ステレオ・レコードの音が日本ではじめて公開されたのが、この日の試聴会だった。

使われたレコードは、モートン・グールド・アンド・ヒズ・シンフォニック・バンド(Morton Gould and his Symphonic Band)演奏の『ブラス&パーカッション(Brass & Percussion)』(米RCA Victor、LSC-2080)という、米プレスの30センチ・ステレオ盤だった。作編曲家としても指揮者としても有名なモートン・グールド(1913~1996)が、ニューヨークの主要オーケストラ・プレイヤーを集めて編成されたシンフォニック・バンドを指揮したアルバムだった!

レパートリーは、ジョン・フィリップ・スーザの『星条旗よ永遠なれ(The Stars and Stripes Forever)』やエドウィン・フランコ・ゴールドマンの『木陰の散歩道(On the Mall)』、 エドウィン・E・バグリーの『国民の象徴(National Emblem)』など、アメリカ人なら誰もが知っているマーチが中心!

そう!

日本で初めて“ステレオ”レコードのデモンストレーションが行なわれたときに使われたのが、実は“吹奏楽”のマーチ・アルバムだったのだ!

オーケストラでもポップスでもなく!!

このデモンストレーションの派手な成功体験と他社に与えた衝撃は小さくなかった。

その後、レコード各社がマーチの録音に邁進したのは、《第93話 “楽しいバンド・コンサート”の復活》などでお話したとおりだ。

もちろん、“ステレオ”というオーディオの技術革新が、派手な演奏効果を求めて“吹奏楽のマーチ”の録音に走らせたという側面もあった。

しかし、オーディオ技術の進歩は、日進月歩だ!

“ステレオ”レコードの登場から、10年ちょっとが過ぎた頃、今度は“4チャンネル録音”方式という新しい技術が登場し、レコード各社をして再び吹奏楽に目を向かわせるきっかけとなった。

だが、今はなき“4チャンネル”方式のレコードを言葉で説明するのは意外と難しい。

簡単に言うなら、“ステレオ”ではリスナーの前方、左右に1個ずつのスピーカーを並べて立体的なサウンドを愉しむが、“4チャンネル”は、リスナーの後方にも、さらに2個のスピーカーを加えて、前後左右の計4つのスピーカーから流れるサウンドで愉しむ方式だった。今でいうなら、さしづめサラウンド方式のようなものだ。

ただ、当時の“4チャンネル”が直面した問題は、レコード各社の4チャンネル規格がてんでバラバラで互換性がなかったことだ。ビクターが“CD-4”方式、ソニーは“SQ”方式…という具合に。

このため、各社は、市場で自社の“4チャンネル”の優位性を担保するため、自前の4チャンネル音源を増やす必要に迫られた。

そのとき、デモンストレーションで効果があがる吹奏楽の華やかなマーチのサウンドに再びスポットが当たった。

ビクターは、まず、1963~1964年の間、A.B.A.(アメリカ・バンドマスターズ・アソシエーション)の会長をつとめ、1965年以降、1968年、1969年と度々来日していたアメリカのポール・ヨーダー(Paul Yoder、1908~1990)を指揮者に起用。

レコーディングは、4度目の来日となった1970年3~4月に、東京・渋谷に前年開設されたばかりの同社の新スタジオ(301スタジオ)で、ヨーダー自身の作編曲を中心に“4チャンネル”に備えたマルチ録音方式で行なわれた。演奏は、既存の吹奏楽団ではなく、この目的のために集められたスタジオ・ミュージシャンたちだった。

そして、その成果は、同年夏、まず2チャンネルの通常のステレオ盤が先行して登場。

「ゴールデン・ポピュラー・マーチ、ポール・ヨーダー(指揮)吹奏楽団」(ビクター・ワールド・グループ、SWG-7190)および「ゴールデン・マーチ/日本軍歌集、ポール・ヨーダー(指揮)吹奏楽団」(ビクター・ワールド・グループ、SWG-7197)という2枚のLPといくつかのシングル・カットがリリースされた。

だが、正直に言うなら、このとき、このレコード(2枚の内の前者)を買うか買わないかで相当迷った。スタジオ録音の吹奏楽レコードの音が“まるで歌謡曲のようで”どうしても好きになれなかったからだ。ホールのような空気感もまるで感じられないし…。

しかし、時は1970年。地元大阪では“日本万国博覧会”が華やかに開催されていた。

迷いに迷った挙句、広告に印刷されている『万国博マーチ』という、ただ1曲の曲名の誘惑に負けてレコード店に注文してしまった。ひょっとして、大阪では、いろいろなバンドが毎日のように演奏していた川崎 優作曲の同名のマーチ《参照:第89話 朝比奈隆氏を送る全関西音楽祭
が入っているんじゃないかと思って!

だが、レコードが店に届いて、持ち帰ってジャケットを開いたとき、その夢は無残にも打ち砕かれた。

ヤラレター!!

ジャケットにも『万国博マーチ』と日本語で印刷されていたその曲は、指揮者のヨーダーが、日本万国博に捧げるため、岩井直溥さんが編曲した『八木節』の要素を積極的に取り込んで作った曲だった。英語曲名は“EXPO ’70”。今日では『エキスポ ’70』という曲名で知られる曲だ。

ついでに言うなら、この曲にはマーチらしさはカケラもなかった。

その後、この曲は、万博に来日するアメリカのバンドが好んで演奏。世界中で演奏され、有名バンドによってレコーディングもされた。

しかし、21世紀の今でも鮮明に覚えている!

いくらなんでも、『万国博マーチ』はないんじゃないの!!

若かりし頃、先走った末の大失敗である!!

▲ビクター・ワールド・グループの広告(1970年)

▲LP – ゴールデン・ポピュラー・マーチ(ビクター・ワールド・グループ、SWG-7190、1970年)

▲シングル – 月月火水木金金 / ラバウル小唄(ビクター・ワールド・グループ、SJET-1197、1970年)

▲シングル – 軍艦マーチ / 君が代行進曲(ビクター音楽産業、VIP-1047)

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