
▲タッド・ウインドシンフォニー第26回定期演奏会チラシ

▲タッド・ウインドシンフォニー第26回定期演奏会プログラム

▲同、演奏曲目

▲ここで「江戸の情景」が書き上げられた(作曲者提供)
2019年(令和元年)6月11日(火)の朝、筆者は、JR「新大阪」駅を午前6時16分発“のぞみ204号”で出発。途中、「品川」駅で“成田エクスプレス13号”へと乗り継ぎ、一路「成田空港」(空港第1ターミナル)駅を目ざしていた。
ミラノからのアリタリア航空機(AZ 786便)で来日するスイスの作曲家フランコ・チェザリーニ(Franco Cesarini)を出迎えるためである。
フランコの来日は、この3年前の2016年(平成28年)6月10日(金)、ティアラこうとう 大ホール(東京)で、タッド・ウインドシンフォニー(指揮:鈴木孝佳)が日本初演を行なった交響曲第1番「アークエンジェルズ」作品50(Symphony No.1 “The Archangels”、作品50 / 第67話“チェザリーニ:交響曲第1番「アークエンジェルズ」日本初演”参照)のコラボレーションのために来日して以来、これで2度目だ。
今回は、第82話“チェザリーニ:交響曲第2番「江戸の情景」の誕生”でお話したとおり、2018年夏に完成の交響曲第2番「江戸の情景」作品54(Symphony No.2 “Views of Edo”、作品54)の同ウインドシンフォニーによる“公式日本初演”のコラボのための再来日だった。
しかし、筆者の暮らす大阪から成田空港は、さすがに遠い!!
フランコの成田到着予定時刻は、10:35。時刻表どおりに列車が走ってくれれば、彼の到着前に着けるが、近頃のJRは平気で遅延する。途中、何かあったりしたら、結構ヤバい展開となってしまう。案の定、筆者の乗る成田エクスプレスは、「成田」駅の手前で完全に停まってしまった。車内放送によると、踏切で何かあったらしい。ひとりヤキモキするが、こればっかりはなんともならない。
10分近く停まっていただろうか。やがて動き出した成田エクスプレスは、モーレツな勢いで走り出し、「成田空港」駅のホームに定刻7分遅れの10:04に滑り込んだ。
下車後、国際線到着ロビーに足早で向かう。到着便を示すボードを見ると、フランコの搭乗機は定刻30数分前に“到着済”の表示。早ければ、そろそろ出てくる頃だ。
危ないところだった。ホッと胸を撫で下ろしていると、ほどなくフランコが出てきた。
12時間のフライトだが、元気そうだ!!
この日は、ほぼ同じ時刻に羽田空港に着くタッドWSの音楽監督、鈴木孝佳(タッド鈴木)さんと新松戸のホテルで合流し、ランチを共にするだけのゆったりとした予定なので、成田スカイアクセス線の列車の出発時刻まで、「成田空港」駅改札近くのカフェで近況を語り合う。
当然、新作の交響曲第2番「江戸の情景」についても質問する。すると、いくつも面白い事実が浮かび上がってきた。
まず、「江戸の情景」の作曲に着手したのが、タッドWSによる「アークエンジェルズ」日本初演から帰国後すぐだったということが判明。すると、着想を得たのが日本滞在中で、作曲には、2年2ヶ月近い月日が費やされたことになる。そして、「アークエンジェルズ」と同様、当初は誰にも告げずに!!
また、2016年の来日時、「アークエンジェルズ」が、絵画好きのフランコがいろいろな美術館をめぐりながらインスピレーションを深めていった、その成果でもあることを聞いた筆者が、アテンドをお願いした黒沢ひろみさんに、『フランコが“北斎”や“広重”の浮世絵や日本の寺や神社に関心を寄せているので、練習の空き時間にそういうところに案内してやってほしい。』と依頼したことも意味があったようだ。
もちろん、当時は、空き時間にちょっとだけ観光させてやろうという意図だったので、それが「江戸の情景」につながるなど、これっぽっちも想像してなかった。
だが、ネイティブ大阪人の筆者に、東京都内の美術館や神社仏閣のことなど、まったく不案内。なので、どこに行くかは黒沢さんに一任した。その結果、時間的に無理のない範囲で東京江戸博物館と浅草界隈をめぐり、フランコによると、それが「江戸の情景」の起点となったのだという。
その後、帰国前日の6月12日(日)にヤマハ銀座店を一緒に訪れたとき、2階CD売り場で急に和楽器の演奏が入ったCDが欲しいと言い出し、フロアのスタッフ、原田 真さんのサポートを受けながら、かなり時間をかけてCDをセレクトし、何枚も購入している。
出版されたスコアに、締太鼓、大太鼓、長胴太鼓、平胴太鼓、チャンチキ、木鉦(もくしょう)という和楽器名が見られるのは、このときの成果だ。ただ、スコアには、それらが使えないときのガイドも書かれてあるので、洋楽器での演奏も問題ない。
「江戸の情景」のスコアには、つぎのような献辞がある。
Commissioned by and dedicated to the “Civica Filarmonica di Lugano”, with the support of the Swiss foundation for the culture “Pro Helvetica”
(“シヴィカ・フィラルモニカ・ディ・ルガーノ”により委嘱され、同楽団に献じられた。スイス文化基金“プロ・ヘルヴェティカ”のサポートを得て。)
“シヴィカ・フィラルモニカ・ディ・ルガーノ”は、2018年12月9日(日)、交響曲第2番「江戸の情景」を世界初演したスイス、ルガーノ市の吹奏楽団だ。そして、この献辞をストレートに読むなら、「江戸の情景」は、まず同吹奏楽団からの委嘱の話があり、その後に作曲に着手したと“誤解”されてしまう可能性がある。
しかし、フランコによると真相は逆で、このシンフォニーは、前記のとおり、日本から帰国後すぐ、自発的に作曲を開始。曲を書いている途中で委嘱の話がきたのだという。
今後、この曲のプログラム・ノートを書く人もいるだろうが、これは、ミスリードにならないように押さえておきたいポイントの1つだ。
さて、2度目の来日となった今回のテーマは、日本を題材にした新しいシンフォニーの“公式日本初演”だ! フランコには、来日前から“前回は叶わなかった《今の東京》と《いにしえの江戸》の両方を見せるから”と約束していた。
事前に建てたプランは、つぎのようなものだった。
来日初日(6/11)、鈴木さんを交えたランチの後、スカイツリーに昇って現在の東京の全体像を俯瞰してもらい、2日目(6/12)には、今回もアテンドをお願いした黒沢さんに、「江戸の情景」第1楽章“増上寺塔赤羽根(The Pagoda of Zojoji Temple)”のテーマとなった“増上寺”の観光を依頼。“公式日本初演”の翌日(6/15)には、本人の希望があるなら、東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラの各定期演奏会の鑑賞。帰国前日(6/16)には“日光”の観光を組み込んだ。また、黒沢さんには、練習~本番とつづく日々の空き時間には、“フランコが行きたいというところには付き合ってやって欲しい”と依頼した。
タッド・ウインドシンフォニーの練習が始まると、まず、自身が指揮をした“シヴィカ・フィラルモニカ・ディ・ルガーノ”の世界初演では使えなかった和楽器をタッドWSがスコアの指示通りに使っているのに興味津々!!
『ほんものの和楽器を使ったときにどうなるか、ずっと関心があったんだ。』と言いながら、練習2日目(6/13)に和楽器専門店に出向いて“チャンチキ”と“木鉦”を購入。同じ日に、北斎美術館を訪れたフランコは、ほんものの“浮世絵”がどうしても欲しくなり、演奏会当日(6/14)のゲネ前に、神田神保町の古美術店で、第5楽章“千住の大はし(Senju Great Bridge)”のモチーフとなった同題の広重の浮世絵のオリジナルを購入して御満悦だった。
帰国直前、フランコは、ポツリと言った。
『実は、この1週間は、試験を受けている音大生のような気分だったんだ。』
“なぜ?”と訊くと、
『日本を題材にしたシンフォニーを書いてはみたものの、その作品が日本の方々にどう受け止められるのか、もう心配で心配で….。』と返ってきた。
いかにも、もの静かで思慮深いフランコらしい発言だ。
『しかし、タッドWSのプロフェッショナルたちは、熱意をこめたパフォーマンスで作品に向かい合ってくれ、聴衆もとても興奮してくれた。こんなすばらしい機会を与えてくれて本当にありがとう!』
重圧から開放された帰国前日、“江戸がそのまま残っているよ”と言いながら、ふたりで観光に訪れた日光の姿にも、夢ごこちのように感動していたフランコ。
スイス人作曲家フランコ・チェザリーニの「江戸の情景」への旅は、こうしてすばらしいハッピー・エンドを迎えた!!

▲「江戸の情景」公式日本初演中のタッドWS(2019年6月14日、杉並公会堂)(撮影:関戸基敬)


▲カーテンコール(同)
「■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第87話 チェザリーニ:交響曲第2番「江戸の情景」への旅」への1件のフィードバック