【コラム】富樫鉄火のグル新 岩波ホールの50年(下)

(前回よりつづく)
 岩波ホールは、いまでは、文芸作品の封切り劇場として定着しているが、1968年の開設当初は、多目的ホールだった(だからスクリーンが「舞台」の奥にある)。
 映画専用劇場になったのは1974年で、その第一弾は、『大地のうた』(サタジット・レイ監督/1959/インド)だった。
 この「映画館」は、ちょっとした話題になった。日本で初めての「完全入れ替え制」「定員制」だったからである。立ち見もダメ。いまでは当たり前となったこの興行形態は、岩波ホールによって定着したのだ(当時、どこかの雑誌で「遠方から行って満席で入れなかったら、どうしてくれるのか」といった主旨のコラムを読んだ記憶がある)。

 わたしが初めて岩波ホールに入ったのは、1977年。大学生だった。番組は『惑星ソラリス』(アンドレイ・タルコフスキー監督/1972/ソ連)。
 大学が近くだったせいもあり、かっこよさそうなSFだと思って気軽に出かけたのだが、あまりのわけのわからなさに、かえってビックリした。なぜか日本の高速道路なども出てくる。どうやら、惑星ソラリスの「海」自体が生命体で、こいつのせいで、幻覚を見たりするらしい……それくらいしか、理解できなかった。
 たしか平日の昼間だったが、8割がた埋まっており、こんな映画を昼間から、満席寸前になるほどのひとたちが観に来ていることにも、驚いてしまった。

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