■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第86話 U.S.マリン・バンド200周年

▲アメリカ海兵隊バンド、日本語つきフォトブック

▲同、裏表紙

▲アメリカ海兵隊バンド(U.S.マリン・バンド)

“Playing America’s Music Since 1798”

“1798年以来アメリカの音楽を演奏している”

2019年5月に初来日し、横浜、金沢、浜松、岩国の各地で、記憶に残るすばらしい演奏を繰り広げた“大統領直属”アメリカ海兵隊バンド(“President’s Own” The United States Marine Band)が、プログラムや広報用印刷物で常に使っている誇り高きコピーである。

日本史の年表を開くと、1798年は、寛政(かんせい)10年。日本では、江戸幕府の第11代征夷大将軍、徳川家斉(いえなり)(将軍職:1787~1837)の治世であり、ヨーロッパでは、ナポレオンのエジプト遠征が始まった年だ。名曲と謳われるルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)の『ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調、Op.13(悲愴)』が作曲された年でもある。

U.S.マリン・バンドは、同年の7月11日、第2代アメリカ大統領ジョン・アダムズ(在職:1797年~1801年)がバンド設立の議会法に署名して創設。その後、歴代の大統領に仕えながら、ホワイトハウスの音楽を担ってきた。それは、第85話の“ U.S.マリン・バンドがやってきた!”でお話したとおりだ。

“プレジデンツ・オウン(大統領直属)”というステータスだけでなく、マリン・バンドが全米の関係者からリスペクトを集める理由の1つに、早くから“ライブラリアン”制を採用し、専従スタッフがライブラリーの管理にあたっていることが挙げられる。

彼らライブラリアンが担うのは、手持ち楽譜を管理するだけの単純な職責ではない。

マリン・バンドが行なう演奏活動のすべてを正確に記録することはもちろん、演奏した楽曲や作曲家に関する音楽資料の収集や保存・整理、部外からも寄せられる質問への調査・回答など、それは多岐にわたる。

結果、マリン・バンドのライブラリーには膨大な資料や情報が保管・蓄積されることになった。当然ながら、その内容はアメリカ音楽に関連するものが最も充実するが、“マーチ王”と謳われ、自分達の大先輩であるマリン・バンド第17代リーダー、ジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa, 1854~1932)に関する情報密度は、もう半端ではない。

東京佼成ウインドオーケストラ桂冠指揮者フレデリック・フェネル(Frederick Fennell, 1914~2004)も、リサーチのためにしばしばマリン・バンドのライブラリーに出入りしていた。

また、第46話「H・オーウェン・リードを追って」でお話した、『メキシコ民謡による交響曲「メキシコの祭り」(La Fiesta Mexicana, A Mexican Folk Song Symphony for Concert Band)』(U.S. マリン・バンドが初演)の作曲者H・オーウェン・リード(H. Owen Reed, 1910~2014)へのコンタクトも、チーフ・ライブラリアン、マイク・レスラー特務曹長(Master Gunnery Sergeant Mike Ressler)の尽力ではじめて可能になったことだった。

マリン・バンドのライブラリアンは、正しく音楽の“アーキビスト”もしくは“キュレーター”と呼ぶにふさわしい役割を担っているのだ。

さて、そんなマリン・バンドだが、第2次世界大戦以前は、発明王トーマス・エジソン(Thomas Edison, 1847~1931)の時代から、いろいろなレーベルがレコード(SPレコードなど)を発売していた。しかし、今は、特別な目的以外、アメリカの全ミリタリー・バンドの“商業録音”が禁止されているため、レコードやCDは、ほぼエデュケイショナル・プログラム(教育目的)のための自主制作盤となっている。

これらは、一般の音楽ファンには市販されないが、学校などの教育機関や公立の図書館、放送局などの公的機関には無償提供される。以前は、公的機関のオフィシャルなレターヘッドが印刷された用箋を使って申請したものだが、ネット時代に入ると、公式ホームページのメールリング・リストに公的機関の管理者がサインアップして申請するルールとなった。

彼らがレコーディングするレパートリーは、スーザ以来このバンドに受け継がれてきた伝統的なアメリカのコンサート・バンド・スタイルの音楽が中心だ。

スーザのマーチや作品にスポットをあてたシリーズも、第22代ディレクター、アルバート・F・ショーパー大佐(Colonel Albert F. Schoepper, 在職:1955~1972)、第24代ディレクター、ジャック・T・クライン中佐(Lieutenant Colonel Jack T. Kline, 在職:1974~1979)、そして現在の第28代ディレクター、ジェイソン・K・フェティッグ大佐(Colonel Jason K. Fettig, 現職:2014~)の3人のディレクターによって企画された。

そんな自主制作盤の中にあって、このバンドの特色が最もよく表れているのが、バンド創設200周年にあたる1998年に制作された「The Bicentennial Collection – Celebrating The 200th Anniversary of “The President’s Own” United States Marine Band」という、CD10枚組のボックス・セットだろう。

このCD10枚組の内容は、以下のようなものだった。

Disc 1 – Early Acoustic Recordings 1889-1914

Disc 2 – Acoustic Recordings 1914-1923

Disc 3 – Historic Soloists

Disc 4 – Historic Soloists(continued). Taylor Branson(1924-1940)
William F. Santelmann(1940-1955)

Disc 5 – Albert Schoepper(1955-72), Dale L. Harpham(1972-4)

Disc 6 – Jack T. Kline(1974-9), John R. Bourgeois(1979-96)

Disc 7 – Timothy W. Foley(1996-)

Disc 8 – Composers Conduct
Karel Husa, Michael Colgrass, Warren Benson

Disc 9 – Composers Conduct and Guest Conductors
Warren Benson, John Harbison, Ron Nelson, Donard Hunsberger,
Leonard Slatkin, LtCol Sir Vivian Dunn

Disc 10 – Guest Conductors
Frederick Fennell, Gunther Schuller, Timothy Reynish,
Leonard B. Smith, George W. Wilson, LtCol John Ware

収録音源は、それこそエジソンの時代の初期の録音から近年のものまで、歴史的に重要な録音が網羅され、客演をした指揮者や作曲家にも、カレル・フサ、マイケル・コルグラス、ウォーレン・ベンソン、ジョン・ハービスン、ロン・ネルソン、ドナルド・ハンスバーガー、レナード・スラットキン、サー・ヴィヴィアン・ダン中佐(ロイヤル・マリーンズ)、フレデリック・フェネル、ガンサー・シューラー、ティモシー・レイニッシュ、レナード・B・スミス、ジョージ・W・ウィルソン、ジョン・ウェアー中佐(ロイヤル・マリーンズ)と錚々たる顔ぶれが並んでいた。

また、ボックスには、78ページの解説ブックレットが内包されていた。各トラックの詳細なデータやプログラム・ノートはもちろん、数多くの写真が、このバンドの先人たちが歩んできた200年の道程を物語っていた。

言い換えれば、それは、アメリカのコンサート・バンドの歴史でもあった。

ライブラリアン・システムを確立したこのバンドの面目躍如たるところだろう。

翻って、たとえ音楽大学にあっても、建物の建て替えや経済的事情など、およそ音楽とは関係ない理由で、図書館所蔵資料すら平気に破棄、散逸してしまうわが国の状況を省みると、本当に何と言ったらいいのか、適当な言葉が見つからないほど残念な気持ちになる。とにかく、この国では、いきなり基礎資料が行方不明になり、何もかも分からなくなってしまうのだ。

そして、何も残らない!

U.S.マリン・バンドが制作したこのCDボックスは、その歴史的価値と特別な計らいにより、ミュージカル・ヘリテージ・ソサエティ(Musical Heritage Society)という、歴史的録音を扱う通販専門レーベルから、アメリカ国内に限って簡易版が頒布されることになった。また、第45代大統領ビル・クリントン時代の情報公開の規制緩和等により、他のミリタリー・バンドCDがアメリカ国内法の及ばない外国でリリースされることも起こった。

しかしながら、マリン・バンドの基本姿勢は、今も昔も変わらない。

ブックレット巻末近くのつぎの文言がすべてを物語っている。

This recording is produced for educational purposes and to enhence the public affairs and community relations programs of the Marine Corps.

(このレコーディングは、教育目的のため、そして海兵隊の広報および地域社会関係プログラムを高めるために制作されたものです。)

Because appropriated funds were used in the production of this recording, it may not be distributed for private use and is not for sale.

(このレコーディングの制作には、その目的に充当するための資金が使用されたため、それを個人使用のために頒布することはできず、販売することもできません。)

“変わらない”ことの凄さをあらためて感じた!!

▲CD – The Bicentennial Collection – Celebrating The 200th Anniversary of “The President’s Own” United States Marine Band(非売品)

▲同、バックインレー

▲同、ディスク – 1、ディスク – 2のバックインレー

▲同、ディスク – 3、ディスク – 4のバックインレー

▲同、ディスク – 5、ディスク – 6のバックインレー

▲同、ディスク – 7、ディスク – 8のバックインレー

▲同、ディスク – 9、ディスク – 10のバックインレー

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