■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第82話 チェザリーニ:交響曲第2番「江戸の情景」の誕生

▲フランコ・チェザリーニ(2016年6月、東京)

▲フランコ・チェザリーニの作品カタログ

▲交響曲第2番“江戸の情景”世界初演プログラム(2018年12月9日、Lugano、スイス)

『ディアー・ユキヒロ。フランコが、セカンド・シンフォニーを書き上げた。今、私がもっとも気にとめている作品だ。添付したスコアは、作曲者のプルーフなんだが、ぜひ、感想を聞かせてほしい。このようなスタンダードの作品を書ける作曲家はいないと思うんだ。ベン』

スイスの作曲家フランコ・チェザリーニ(Franco Cesarini)の新作シンフォニーについて、ハル・レナード・ヨーロッパ音楽出版部門トップのベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts)からメールを受け取ったのは、2018年10月初旬のことだった。

メールに添付されてきたスコアの表題は、

SYMPHONY No.2 《Views of Edo》
Franco Cesarini
Op. 54

日本語に訳すと、

交響曲第2番《江戸の情景》
フランコ・チェザリーニ
作品54

となった。

全5楽章構成で、各楽章には小題がある。各国で一躍人気曲となった前作、交響曲第1番『アークエンジェルズ』(作品50)(SYMPHONY No.1 “The Archangels”、Op.50)より明らかに尺(曲の長さ)が長い。スコアの頁総数が167ページあるシンフォニーだ。

ただ、その時点で送られてきていたのはスコアだけで、それ以外の、例えばプログラム・ノートなどの作品の背景を知るヒントらしきものは一切なかった。

しかし、スコア最終ページの欄外の「Lido di Jesolo 26.08.2018」という記述から、フランコがスコアを書きあげたのが、2018年8月26日、イタリア、ヴェネチアの海岸リゾート、リド・ディ・イェーゾロだったことがわかった。

(そうか、夏のバケーションの間に書き上げた作品なんだな。)

また、メイン・タイトル《Views of Edo》の“Edo”は、すぐに“江戸”だと気づいた。

(これは、日本を題材にした新しいシンフォニーだ!)

ということは……。少しだけ、思いあたるふしがあった。

フランコは、過去に日本に来たことが一度だけある。

それは、2016年6月10日(金)、鈴木孝佳指揮、タッド・ウインドシンフォニーによって行なわれた交響曲第1番『アークエンジェルズ』日本初演(於:ティアラこうとう大ホール、東京)に際し、コラボレーションのために来日したときのことだった。(参照:第67話 チェザリーニ:交響曲第1番「アークエンジェルズ」日本初演

絵画が好きなフランコは、練習の空き時間を活用して美術館へ行って日本画家の作品を鑑賞したり、都内の寺を訪れたりしていた。浮世絵に関心があることもたびたび口にしていた。

一緒にヤマハ銀座店を訪れたときも、2階のCD売り場で、フロアのスタッフに頼んでサンプルを聴きながら、日本の伝統的な和楽器の演奏が入ったCDを時間をかけて選んで何枚も購入していた。

『面白いものに関心があるんだね。』と訊ねると、『次作は、日本をテーマにしたものを書きたいんだ。』という。

その後、しばらくの間、互いにその話題に触れることはなかった。そのため、その会話のことはすっかり忘れていたが、それから2年以上の時間が過ぎ、ベンから突然送られてきたスコアを見たとき、そのときの記憶が鮮やかによみがえってきた。

(2年という時間は長い!)

また、各楽章の小題にもいくつも日本名が含まれていた。

I. The Pagoda of Zojoji Temple

II. The City Flourishing

III. Temple Gardens at Nippori

IV. Cherry Blossoms along the Tama River

V. Senju Great Bridge

ネイティブ大阪の筆者にもはっきりそれとわかる“増上寺”“日暮里”“玉川”“千住”という日本名が小題に使われていたのだ。

しかし、フランコが東京にいた間に、それらすべての場所を実際に訪れる時間などなかった。しかも、作品のメイン・タイトルには“江戸”の文字。とすると、今の東京をテーマとする曲ではない。

筆者の容量の少ない脳みそをパンク寸前までフル稼動させても、全体のテーマは見えてこなかった。

“いったい何なんだ”と迷いながらも、スコアに目を走らせる。

すると、まず、ものすごいゴージャスな音が響きそうなオーケストレーションに驚かされる。ついで、今の日本の作曲家の多くがまるで忘れてしまったかのような(失礼!)明らかに日本を意識させる旋律線。それは“西洋から見た日本”を感じさせるものでありながら、海外の作曲家が日本をテーマにした曲でよくやらかす“中華風”になっていない点が光る。プッチーニのオペラを聴くような感覚は多少は感じられるかも知れないが…。

しかし、とにかく、何だか妙に懐かしいのだ。こいつは面白い!

そこで、ハタと気がついた!

これは、ひょっとして“浮世絵”の静止画の世界をウィンドオーケストラという音楽のパレットを使って動画にしたような曲かもしれない!広重なのか北斎なのか、あるいはそれ以外なのか。美術に縁遠い筆者には、このときはまだ分からなかったが…。同時に、日本音楽のイミテーションなどではなく、あくまで西洋音楽としての書法を中心として書かれた音楽だった!

間違いなく言えることは、筆者が知るウィンドオーケストラのオリジナルに、同じ種類の音楽はなかった。

ベンには、個人的感想だが、率直に思ったままを書き送った。

『これは、東京の古い呼称である“江戸”の町の情景とそこに暮らす人々、そしてそれを描いた浮世絵の世界にインスパイアーされた作品だ。あなたも知っているクラシックの偉大なる先人たちが試みてきたような。もちろんフランコ自身のスタイルだが。まず、フランコに“おめでとう”と伝えてほしい。すでに初演は決まっているんだろうが、“江戸”をテーマとする曲だから、日本での初演は、必ず“東京”で行なわれるべきだ!』と。

そして、メールを送信後、筆者は図書館へ直行!

浮世絵関連の書物を片っ端にあたっていく内、フランコがモチーフにしたものが、歌川広重の「名所江戸百景」に含まれる5枚の浮世絵であることが分かった。また、送られてきたスコアの表記が英語だったのでピンとこなかったが、各楽章の小題も、すべて浮世絵のタイトルだと判明した。

第1楽章: 増上寺塔赤羽根(ぞうじょうじとうあかばね)

第2楽章: 市中繁栄七夕祭(しちゅうはんえいたなばたまつり)

第3楽章: 日暮里寺院の林泉(にっぽりじいんのりんせん)

第4楽章: 玉川堤の花(たまがわづつみのはな)

第5楽章: 千住の大はし(せんじゅのおおはし)

その後、その足で書店に向かい、できるだけ新刊の参考になりそうな書籍を物色する。

ここからのベンとのやりとりには、フランコも加わってきた。

そして、スコアはまず、前回『アークエンジェルズ』日本初演を成功させたアメリカ在住の指揮者、鈴木孝佳(タッド鈴木)さんに見てもらうことに決まった。

スコア・リーディングを終えた鈴木さんからは、すぐ返信があった。

『すごいヤツですねー!あの短かい滞在期間に、これだけのものを吸収していったとは!!可能ならば、ぜひ、来年(2019年)6月定期でとりあげたいと思います。』

こうして、作曲者と出版社公認の“公式日本初演”は、前回同様コラボレーションのために来日する作曲者を客席に迎え、2019年6月14日(金)、杉並公会堂(東京)で開催される「タッド・ウインドシンフォニー第26回定期演奏会」で行なわれることが決まった。

2018年11月の話だ。

世界初演は、その1ヶ月後、2018年12月9日(日)、スイスのルガーノのパラッゾ・デイ・コングレッシ・ルガーノ(Palazzo dei Congressi Lugano)において、フランコ・チェザリーニ指揮、シヴィカ・フィルハーモニカ・ディ・ルガーノ(Civica Filarmonica di Lugano)の演奏で行なわれた。

クリスマス・シーズンの“ガラ・コンサート”として行なわれたこの演奏会のプログラムは、オール・チェザリーニ・プロ。交響曲第2番『江戸の情景』と2曲のシンフォニエッタだけで構成されるひじょうにシンプルなもので、地元ラジオ局の収録も入っていた。

2日後、ベンから短かいメールが入った。

『スイスに行って、フランコのセカンド・シンフォニーの初演を聴いてきた。それはもう、ファンタスティックだった!』

メールは、新しいシンフォニーの初演成功を伝えるものだった!

地球は狭い!!

▲スコア – SYMPHONY No.2 《Views of Edo》、Op.54 (Mitropa Musik)

▲Hiroshige(Melanie Trede & Lorenz Bieler著)(Taschen、2018)

▲広重 TOKYO 名所江戸百景(小池満紀子、池田芙美著)(講談社、2017)

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