■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第79話 ギャルドとコロムビア・レーベル

▲25センチLP – LISZT SUPPE CHABRIER(仏Columbia、FC 25032)

▲仏Columbia、FC 25032 – A面レーベル

▲仏Columbia、FC 25032 – B面レーベル

フランス政府の派遣により、“ギャルド・レピュブリケーヌ交響吹奏楽団”が初めて日本の土を踏んだのは、1961年(昭和36年)のことだった。

一行は、11月1日(水)、エールフランス特別機で羽田空港に到着。その後、同17日(金)、同じ特別機で羽田から離日するまでの17日間、日本に滞在した。

ギャルドは、その滞日期間中、東京(11/3、11/5、11/11、11/13)、大阪(11/6)、福岡(11/8)、京都(11/9)、名古屋(11/10)、高崎(11/15)の各都市のコンサートに出演。東京の台東体育館で開催された第9回全日本吹奏楽コンクール(11/12)でも特別演奏を行った。

NHKも、東京文化会館における2回のコンサート(11/5、11/11)をライヴ収録し、テレビ(モノクロ)、AMラジオ、FMラジオ(モノラル実験放送)を通じ、計8本の番組がオンエアされた。

日本中を包んだ熱狂は、第22話「ギャルド1961の伝説」ほかでお話したとおりだ。

しかし、その後、この吹奏楽団の再来日は、1984年まで20年以上、実現しなかった。

このため、それまでの間、我々が聴き得た“ギャルド・レピュブリケーヌ”の演奏は、もっぱらアナログのレコードを通じてとなったのである。

当時、母国フランスでは、初来日時の楽長(シェフ・ド・ミュジーク)であるフランソワ=ジュリアン・ブラン(Francois-Julien Brun, Chef de la Musique et du Orchestre)の指揮で録音されたレコードは、下記のものがリリースされていた。

■MUSIQUE MILITAIRE FRANCAISE
(仏Columbia、FCX 190 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 132 / XLX 133)

■MARCHES MILITAIRES FRANCAISE ET AMERICAINES
(仏Columbia、FCX 374 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 311 / XLX 312)

■MARCHES MILITAIRES FRANCAISE
(仏Columbia、FCX 714 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 664 / XLX 665)

■LES MARCHES CELEBRES
(仏Columbia、FCX 780 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 762 / XLX 763)

■LISZT SUPPE CHABRIER
(仏Columbia、FC 25032 / モノラル録音 / 25cm LP)
(Matrix: XL 502 / XLX 503)

■MUSIQUE DE LA GARDE REPUBLICAINE DE PARIS
(仏Columbia、ESBF 185 / モノラル録音 / 17cm EP)
(Matrix: 7 TCL 770 / 7 TCL 771)

MARCHES MILITAIRES
(仏Columbia、SAXF 130 / ステレオ録音 / 30cm LP)
(Matrix:YLX 1040 / YLX 1041)

それらは、30センチLPが5タイトル、25センチLPが1タイトル、17センチEPが1タイトルの合計7タイトルで、すべてイギリスColumbiaの子会社であるフランスColumbiaレーベルからリリースされていた。

(上記以外にも、30センチLP用のマスターから曲数をカットした25センチ盤や17センチ盤が多数リリースされていたが、曲目が重複するのでこのリストアップからは省いている。また、リストには、バテリー・ファンファールやグラン・オーケストラ、サクソフォン四重奏団のレコードも含まない。各タイトルの最後に挙げた“Matrix”とは、原盤に付与された番号のことで、曲目のカップリングに変更が無い再リリース盤や、他国でリリースされる場合でも活かされることが多いので、チェック時のクロス・レファレンスのために記載した。スラッシュの前の番号がA面、後の番号がB面に付与されたマトリクスとなる。)

戦前から音楽解説をされ、筆者も多くの教示を得た赤松文治さんの労作「栄光のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団」(自費出版 / 1988 / 制作:音楽之友社 / 第24話「ギャルド1961外伝」参照)には、イギリスColumbiaがフランスに進出し、フランスColumbiaが設立されたのが1923年。ギャルドが本格的にフランスColumbiaとの間で録音をするようになったのは、1927年に第6代楽長に就任したピエール・デュポン(Pierre Dupont、1888~1969)の時代に遡るという記述がある。

1944年にデュポンが定年を迎えた後、1945年に第7代楽長に就任したブランの時代にも、その流れは確実に引き継がれていた。ただ、フランス政府の楽団だけに、この当時には専属契約はもはやなかったとされ、実際、バテリー・ファンファールやグラン・オーケストラ、サクソフォン四重奏団のレコードは、他のレーベルからリリースされていた。しかし、吹奏楽団が演奏した前記7枚は、すべてColumbiaからのリリースだった。

一方、第31話「日本初の吹奏楽LP」でお話したように、英仏Columbiaのレコードの日本における販売権は、戦前から関係が深かった日本コロムビアが有していた。

前記7枚を各個にチェックすると、リスト上の3枚目までは、すべてマーチ・アルバムだ。

日本コロムビアは、まず、つぎのアルバムをリリースした。1956年(昭和31年)3月25日のことだ。

■フランス行進曲集/アメリカ行進曲集
MARCHE MILITAIRES FRANCAISES~MARCHES MILITAIRES AMERICAINES
(日本コロムビア、KL-5005 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 311 / XLX 312)

結局、日本コロムビアからは未発売となる他の2枚には、日本では馴染みの薄いフランスのマーチばかりが収録されていたので、このリリースが、1953年のアメリカ演奏旅行中に録音されたジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa)の「星条旗よ永遠なれ(The Stars and Stripes Forever)」や「ワシントン・ポスト(Washington Post)、エドウィン・E・バグリー(Edwin E. Bagley)の「国民の象徴(National Emblem)」などの有名なアメリカン・マーチの“曲名”に惹かれてのものだったことは明白だ。

当時は、すべての国内レコード会社が“吹奏楽 = マーチ”と信じ、戦後進駐してきたアメリカ軍のバンドが持ち込んだ明るいアメリカン・マーチが町にあふれていた時代だ。

この時点では、5年後のギャルド来日など、想像も及ばなかっただけに、このアルバムをリリースしたレコード会社としての企図もよくわかる。

しかし、1961年のギャルド初来日が業界内で伝わると、コロムビアの動きはすばやかった。

上記アルバムの日本語タイトルを「フランス行進曲集/アメリカ行進曲集」から「ギャルド行進曲集」に変更し、ジャケット外装も完全にやり直し、1961年6月新譜として再リリースしたのである。

■ギャルド行進曲集
MARCHE MILITAIRES FRANCAISES ? MARCHES MILITAIRES AMERICAINES

(日本コロムビア、SL-3072 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XLX 311 / XLX 312)

それは、マスターが国内にあったからこそできた離れ業だった。同時に、まるで来日記念盤のような扱いのリリースだったから、他社に先駆けてレコードを出したコロンビアの圧勝を業界の誰もが信じて疑わなかった。

事実、来日当時、日本国内で唯一販売されていたギャルドのレコードだったこのアルバムは、それなりのセールスを記録する。

しかし、コロムビアにとってまるで想定外だったのは、まず国内の音楽界を挙げての大騒ぎとなったギャルドの初来日で最も注目を集めたレパートリーが、マーチではなく、クラシックの名曲やオリジナルだったことだ。

銀座をパレードするようなパフォーマンスもなかった。

ついで、コロムビアが知らないところで、東芝音楽工業が秘密裏にレコーディングを企画。11月16日(木)、東京・杉並公会堂でセッションを敢行したことも衝撃だった。

第23話「ギャルド、テイクワンの伝説」でお話したように、このセッションは、東芝の録音史に残るセンセーショナルなものとなり、メディアも大きく取り上げた。

東芝は、このときの録音から、まず、團 伊玖磨の『祝典行進曲』など、日本のマーチ6曲が入った17センチEP(Angel(東芝音楽工業)、YDA-5001)とそのシングル・カット盤を来日直後の1962年3月に、フローラン・シュミット(Florent Schmitt)の「ディオニソスの祭り(Dionysiaques)」など、日本公演で注目を集めた曲目が入った25センチLP(Angel(東芝)、5SA-5003)を同じく7月にリリース!

音楽界の話題を完全にさらってしまった!

その直後、コロムビアも、前記リストの4番目にあるクラシックのコンサート・マーチ集を、1962年9月新譜としてリリースする。

■ギャルド・グランド・マーチ集
LES MARCHES CELEBRES

(日本コロムビア、OL-3234 / モノラル録音 / 30cm LP)
(Matrix: XJX 23 / XJX 24)

このアルバムには、ワーグナーの「タンホイザー」大行進曲やメンデルスゾーンの「結婚行進曲」、サンサーンスの「フランス軍隊行進曲」など、誰でも知っているクラシックの名行進曲が入っていた。しかし、東芝盤は、日本初のギャルドのステレオ盤であり、国内初出とはいえ、モノラル録音のコロムビア盤が劣勢を強いられることになったのは明らかだった。とにかく、インパクトがあまりにも違っていた。(日本リリースにあたり、曲順に変更を加えたので、コロムビア独自の新しいマトリクスが付与されている。)

日本コロムビアにとってさらにショックだったのは、同じ1962年、英仏Columbiaを含む、世界的なEMIグループ各レーベルの再編があり、日本コロムビアと英仏Columbiaとの間で戦前から続いていた契約関係が終了。英仏Columbiaレーベルの日本国内の販売権が、東芝音楽工業にすべて移行されることになったことだ。

このため、この「ギャルド・グランド・マーチ集」は、日本コロムビアがリリースした最後のギャルドのアルバムとなった。契約終了に伴う短期間の販売だったから、レア度は結構高い。

ここで、もう一度、前記フランスColumbiaのリストに立ち戻ってみよう。

実は、リストに残る上から5番目の25センチ盤と6番目の17センチ盤の2枚は、日本コロムビアがギャルド初来日を知った時点で、間違いなくマスターを取り寄せる時間的余裕があった盤なのだ。

この内、1958年のブリュッセル万国博覧会にギャルドの出演が決まった際に制作された17センチ盤は、マーチ・ファン向きの内容で、有名な「ベルギー落下傘部隊」の作曲者ピエール・レーマンス(Pierre Leemans)が、ブリュッセル万博のために作曲した2曲のマーチが片面に1曲ずつ収録されていた。

それとは対照的に、25センチ盤の方は、同じ1958年のモノラル録音ながら、リストの「ハンガリー狂詩曲第2番」、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲、同じくスッペの喜歌劇「詩人と農夫」序曲、シャブリエの「スペイン狂詩曲」の4曲が収録されたコンサート・アルバムだった。

1961年の来日でギャルドが賞賛を集めたのは、間違いなくそういったレパートリーの演奏だった。

結局、このアルバムが、“レコードの時代”に日本で発売されることはなかった。

もちろん、当時、マーチは確かに売れていたし、“マーチ至上主義”で凝り固まっていたレコード会社は、何も日本コロムビアだけではなかった。

ただ、コロムビアは、ギャルドという楽団の本質を見誤っていた。

また、圧倒的な勝者となったとは言え、当初、東芝が録音を依頼したのは、日本のマーチ8曲だけだった。

“日本の常識は海外の非常識。海外の常識は日本の非常識”とは、よく聞かれる言葉だ

ひょっとすると、“吹奏楽は、世界中いずこも同じ”だと誤解されていたのかも知れない。

今がそうでないことをひたすら願う、今日この頃である!

▲EP – MUSIQUE DE LA GARDE REPUBLICAINE DE PARIS(仏Columbia、ESBF 185)

▲仏Columbia、ESBF 185 – A面レーベル

▲仏Columbia、ESBF 185 – B面レーベル

▲LP – ギャルド行進曲集(日本コロムビア、SL-3072) – 上、下

▲日本コロムビア、SL-3072 – A面レーべル

▲日本コロムビア、SL-3072 – B面レーべル

▲LP – ギャルド・グランド・マーチ集(日本コロムビア、OL-3234) – 上、下

▲日本コロムビア、OL-3234 – A面レーべル

▲日本コロムビア、OL-3234 – B面レーべル

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