【コラム】富樫鉄火のグル新 第228回 古典派時代の「吹奏楽」

 来月の東京佼成ウインドオーケストラ第147回定期演奏会で、ルイ・シュポア(1784~ 1859、ドイツ)の《ノットゥルノ》Op.34が演奏される。1820年頃に作曲された管楽アンサンブル曲、つまり19世紀初頭の「吹奏楽」曲である。こういう曲が、吹奏楽コンサートで演奏されるのは珍しいことだ。

 この曲には、副題が付いている。校訂譜によって表現はちがうが、「For Harmonie and Janissary Band」または「For Turkish Band」。要するに「トルコ風軍楽のための」である。木管や金管などの「管楽器」のほかに、トライアングル、バスドラム、シンバルの3つの打楽器が加わる編成だ。これが「トルコ風軍楽」の特徴のひとつでもあった。当時の「吹奏楽」といえば、多くはこの「トルコ風軍楽」のことだった。このころ、ヨーロッパ、特にウィーンでは「トルコ文化」が大流行だったのだ。

 かねてよりオスマン帝国(トルコ)は、何度となくヨーロッパ中央部に侵攻してきた。その最大規模が、1683年の第二次ウィーン包囲だった。これをヨーロッパ諸国連合が討ち破った。以後、諸国連合とオスマンは長期戦に入り、大トルコ戦争の果て、オスマンは、史上初めて領土を割譲させられるのである。
 このときヨーロッパの、特にウィーンのひとびとは、巨大帝国に打ち勝った喜びをさまざまな形であらわし、やがて憧れのエキゾティシズムとなった。たとえば、パンのクロワッサン(三日月)は、オスマン(トルコ)の国旗の三日月を象ったものだ。また「コーヒー」も、敗走したオスマン軍が残していったコーヒー豆がきっかけで、ウイーンに定着し、カフェの発展を促したという。

 だが、もっともわかりやすいのは「音楽」だろう。

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