■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第73話 フィリップとロジャーの再会

▲「大阪音楽大学第50回吹奏楽演奏会」のチラシ

▲「大阪音楽大学第50回吹奏楽演奏会」のプログラム

▲オオサカ・シオンにて(2019年1月17日)

▲オオサカ・シオンにて(2019年1月17日)

2019年1月14日(月・祝)、大阪の空の玄関口、関西国際空港(KIX)にイギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)が降り立った。

週末の1月19日(土)、ザ・シンフォニーホールで開催される「大阪音楽大学第50回吹奏楽演奏会」の客演指揮をつとめるためだ。

フィリップが大阪音楽大学吹奏楽団のステージに立つのは、2年前の2017年3月4日(土)、フェスティバルホールで開催された「第48回吹奏楽演奏会」(第7話:スパーク“ウェイ・トゥー・ヘヴン”とロイヤル・エア・フォース」、参照)以来、これが2回目。来阪は、6ヶ月前の2018年6月3日(日)、ザ・シンフォニーホールで開かれた「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ第120回定期演奏会」(第45話:祝・交友30周年 ~スパークとイーグル・アイ、参照)を客演指揮して以来のことだった。

これで、大阪では過去4年間に5度登場!すごい頻度だ!

今回、フィリップと大阪音大が取り組んだプログラムは、2011年6月17日(金)、めぐろパーシモンホール(東京)で行われたTADウインド・シンフォニーによる日本初演(指揮:鈴木孝佳)以降、東京吹奏楽団、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラが定期演奏会で取り上げ、ジワリジワリと存在感を高めている交響曲第2番「サヴァンナ・シンフォニー」をフィナーレに据えたものだった。

・マドリガルム
Madrigalum

・エンジェルズ・ゲートの日の出
Sunrise at Angel’s Gate

・スピリット・オブ・アンダルシア
Spirit of Andalusia

・3つのワシントンの彫像
Three Washington Statues

・天と地をめぐりて~ガブリエル・フォーレに基づく創作主題による協奏変奏曲
Moving Heaven and Earth ~Concertante Variations on an Original Theme (after Gabriel Faure

・インヴィクタス~征服されざるもの
Invictus ~The Unconquered

・交響曲第2番「サヴァンナ・シンフォニー」
Symphony No.2 – A Savannah Symphony

この発表時、ひょっとすると、「ドラゴンの年(The Year of the Dragon)」や「宇宙の音楽(Music of the Spheres)」、「祝典のための音楽(Music for a Festival)」、「オリエント急行(Orient Express)」、「ウィークエンド・イン・ニューヨーク(A Weekend in New York)」といった、日本でもすっかりおなじみとなっているスーパー・ヒットを一切含まないこのプログラミングに、一瞬“あれ?”と思ったファンもいたかも知れない。

しかし、フィリップにとって、今回は、初顔合わせで好感触を得た大阪音大のバンドとの2度目の共演。そのプロには、“今度はぜひ、今のフィリップ・スパークを表現したい”という強いメッセージが込められていた。

言い換えれば、多作家として知られるフィリップが近年の自作品からとくに厳選したレパートリーで構成した“お気に入り”のプログラムだった。同時に、作曲者とプログラムの摺り合わせを行ない、来日前の下棒をつけた同大特任准教授、伊勢敏之さんのポジティブなジャッジメントの成果でもあった。

大阪は、1993年11月8日(月)、大阪厚生年金会館中ホールで開催されたブリーズ・ブラス・バンド(BBB)の「ライムライト・コンサート6」(第4話:スパーク・コンダクツ・スパーク、参照)以来、日本でもっとも数多く“フィリップの客演指揮による自作自演”が行われてきた町だ。

「オリエント急行」や「宇宙の音楽」ウィンドオーケストラ版など、大阪で日本初演や世界初演が行われた新作の多くがこの町から日本国内へと発信されていった。

今回のフィリップ招聘を企画した同大教授の木村寛仁さん(ユーフォニアム)や前記の伊勢さん(トロンボーン)も、かつて、この町でものすごい人気を誇った“ブリーズ”のスター・プレイヤーであり、日本でもっとも数多くフィリップの作品を手がけてきた音楽家だった。また、現在のオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラにも、フィリップと共演を重ねたプレイヤーは多い。

それだけに、友人の多い大阪に滞在し、指揮をするときのフィリップは、いつも、まるでホームであるような感覚で音楽を愉しんでいる。大阪人の気さくで開放的な性格や、市民生活に“お笑い文化”が溶け込んだ明るい町の雰囲気もお気に入りで、当然イングリッシュ・ジョークも連発する。

一方で、大阪の音楽ファンも、彼の新作をこぞって受け入れてきた。

当然、今回のプログラミングも、“あたらしもんずき”(東京弁に翻訳:新しいもの好き)の大阪という土地柄を強く意識してのものとなっていた。

終演後のパーティーで同大副理事長の本田耕一さんに伺うと、席が足らなくなって200名近い聴衆の入場をお断りしなければならない事態となった第48回演奏会と同様、第50回演奏会のチケットの売れ行きもたいへん好調で、実売1500席を超えた時点で慌てて発券をストップしなければならないほどの勢いだったそうだ。

フィリップの作品や指揮にはじめて接した学長の本山秀毅さんも、『自然体というか、(音楽もしぐさも)とてもナチュラルな印象を受けました。』と言われた。それに応えて『彼とは30年を超えるつきあいですが、近年は間違いなくマーラーをリスペクトしています。』とお話しすると、さかんに頷かれていた。

<アンコール>には、「陽はまた昇る(The Sun Will Rise Again)」と「マーチッシモ(Marchissimo)」の2曲が演奏され、コンサートは大成功に終わった。この内、「陽はまた昇る」は、2018年6月18日(月)に大阪を見舞った大阪北部を震源とするM6.1の大きな地震からの復興を祈念して、大学側からとくに要望された曲だった。震源に近いところは、今もってブルーシートが多い。

その日、東海道新幹線に乗っていた筆者もひどい目に遭った。

フィリップのメンタルの上でも、今回の来阪は、いつもとは状況が違っていた。

前記地震の3ヵ月後の9月4日(火)、大阪は、未曾有の暴風のため、関空連絡橋に衝突したタンカーが橋を破壊する騒ぎとなった猛烈な台風21号の直撃を受けた。

そのニュースは、海外でも大きく報じられたようで、筆者のもとにも多くの友人、知人から安否確認のメールがつぎつぎと届き、フィリップからも、“キミ自身やオオサカ・シオンなどの友人たちに何事もなければいいんだけど…”と、メールが届いた。こちらも速攻で無事を知らせたが、街路樹がつぎつぎなぎ倒されて道が完全に塞がれている様子や、建物が吹き飛ぶ被害動画をいくつか添付したころ、“とにかく、無事でよかった!しかし、なんてことだ!!あの美しい大阪の町がこんなことになっているなんて…”と絶句。

今回の来阪は、その被災直後だった。それだけにコンサートにかける彼のモチベーションは、いつも以上に高まっていた。

一方、大阪音大の方も、例年3月に行われる吹奏楽演奏会を、フィリップのスケジュールに合わせて1月に変更した。第50回という“区切り”の演奏会を、どうしても彼とやりたいとする熱意の表明でもあった。

しかし、この変更は、筆者のスケジュール調整やその後の体調に少なからず影響を及ぼした。

普通に授業や試験がある時期だけに、コンサートに向けての合奏練習が、毎日同じ時刻に始まらず、夕刻スタートで午後9時まで組まれていたからだ。学内の調整もたいへんだったことは、容易に想像できる。

木村さんからは、事前に、初日(1/15)の練習や演奏会当日(1/19)のゲネの立会い、夕食のケアなどを委ねられていた。しかし、良質の牛肉を好むイギリス人のフィリップに合わせた適当な食事場所を午後9時半をまわった時間帯に見つけるのは意外と大変だった。チープな呑み屋なら、宿泊するホテル周辺にいろいろあるのだが、食事だけはできるだけ彼の好みに合わせてあげたかった。

そして、この時、同時にもう1つ、練習初日の1月15日にフィリップと筆者の共通の友であるコルネット奏者ロジャー・ウェブスター(Roger Webster)のソロ・リサイタルが大阪で行われることにも頭を悩ませていた。

ロジャーは、1990年にブラック・ダイク・ミルズ・バンド(Black Dyke Mills Band)が2度目の来日を果たした当時のプリンシパル・コルネット奏者で、長年にわたり、ロイヤル・ノーザン・カレッジ・オブ・ミュージックなどでも教鞭もとる名手。どんな難曲でもサラリと音楽的に演奏し、“ミスター・クール”との異名をもつ世界最高峰のコルネット奏者の1人だ。彼とは、国内外でコンサートを行い、レコーディング・セッションも行った。

そんな間柄から、本来、ロジャーが希望するなら、友人として来日をできるだけサポートしなければならないと思っていた。ロジャーもまた、来日をオーガナイズする東京のビュッフェクランポンに強くそれを申し入れていた。しかし、企業には企業側の論理があったのだろう。経営陣が日本人からフランス人に代わった同社からは、結局、何の連絡もなかった。そんな状況下では、当方は表立ってまったく動けない。日程上、ゲスト招聘が可能なアーティストに、彼の来日を知らせただけだった。頻繁にメールを寄こしたロジャーも、“キミに一度もコンタクトしないなんて、彼らはプロじゃない!”と怒りをぶつけていたが…。

ピンポイントで1月15日について言うなら、最大の問題は、ロジャーの大阪でのコンサートと木村さんに約束した大阪音大の練習時間が、完全に被っていることだった。

しかし、“今回は恐らく会えないかも知れないな”とちょっと弱気になっていたそのときだった。突然、「練習を終えたフィリップとともに、ロジャーの打ち上げを奇襲する」という閃きが頭をかすめた。

(これは、いけるかも知れない!)

そこで、大阪音大でフィリップと顔を合わせたとき、“今晩、サプライジングなアイデアがあるんだが…。”と切り出すと、フィリップも、まるでMr.ビーンのように目をキラキラさせながら、“サプライジングは大好きだ!そうか、ロジャーが大阪にいるのか!やろう、やろう!”とやる気十分!!

(一方で、筆者は、三木楽器開成館で行われているロジャーのコンサートに“忍び”を放ち、打ち上げがどこで行われるのか、粗方情報をつかんでいた。あとは、実行あるのみだ!!)

そして、この会話を隣で聞いていた木村さんも、話に割って入ってきて、“樋口さん、もうすぐホテルに戻るためにタクシーが来ます。その車で直接そこへ向かってもらっていいか、ちょっと訊いてきます。たぶんOKだと思いますが…。”と言いながら、コンサートセンターの責任者に了解を取りにいってくださる。このあたり、長年の付き合いがものをいう。“あうんの呼吸”とでも言えばいいのか!

結果、我々2人は、本田さん、木村さん、伊勢さん、そして吹奏楽団の多くの学生さんたちの盛大な見送りを受けながら、ハイヤーで大阪音大を意気揚々と出発!

見事、ロジャーの“奇襲”に成功した!!

日本語には“鳩が豆鉄砲を喰らったような”という表現があるが、ロジャーのいる場所を遠めから視認し、周囲に気づかれないようにその斜め後方から近づいて“ジャジャーン”と声をあげながら現れたときの彼の驚いた顔といったらまさしくそんな感じだった!近くにいる日本人関係者も、その場にフィリップまで現れたことに、口々に“エッ!なんで?(東京弁に翻訳:どうして?)”と驚いた様子だった。

(やったぞ、奇襲は大成功だ!)

ロジャーとフィリップも、本当に久しぶりの再会であり、座は一気に盛り上がる!

ホテルに戻ったとき、真顔のフィリップから、“今日は、ロジャーとの時間を設けてくれて本当にありがとう。”とあらためて感謝された。

(どういたしまして!)

そこで、カバンから、前年6月の来阪時に約束した第2次大戦中の英空軍(RAF)の「デ・ハビランド – モスキート(de Havilland – Mosquito)」のモデルを取り出してプレゼント!!

“オーッ!シックス・スリー・スリー(映画「633爆撃隊」)の名機か!ありがとう!”と、まるで子供のように大はしゃぎ!!

(これで、彼のベッドサイドの私設“英空軍博物館”の所有機も、計4機に発展した!)

その後、大阪音大の練習開始時刻がかなり遅く設定されていた1月17日に、いろいろな事情から民営化後3度目の引っ越しを余儀なくされたオオサカ・シオンの練習場をいきなり訪れることでも話がまとまった!!

そのシオンでは、楽団長の石井徹哉さんや広報担当の案内で合奏場、指揮者室、ライブラリーなどを見学。第120回定期で客演指揮をした「ドラゴンの年(2017)(The Year of the Dragon – 2017)」のスコアにサインを入れたり、ライブラリーのロッカーに張られた“千客万来”の招き猫を見つけて一緒に写真に収まるなど、やはりというか、大盛り上がりの展開に!!

まるで漫才のようにナマで飛び出した「もうかりまっか」(筆者)→「ぼちぼちでんなー」(フィリップ)の掛け合いも、シオンのメンバーに大ウケだった!

フィリップにとって、大阪は、間違いなく日本のホーム!!

2019年1月、その絆は、さらに深くなった!!

▲「ロジャー・ウェブスター、コルネット・リサイタル」のチラシ

▲ 初来日時のロジャー(1990年6月11日、大阪国際交流センター)

▲初来日時のロジャー(1990年6月11日、大阪国際交流センター)

▲ ロジャーとフィリップ(2019年1月15日、大阪某所)

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