【コラム】富樫鉄火のグル新 第224回 堺屋太一さんの「峠」

 1983年7月から、翌年9月まで、堺屋太一さんの週刊誌連載小説を担当した。まさに疾風怒濤の62週だった。

 堺屋さんは、その前年(1982年)、NHK大河ドラマ『峠の群像』の原作を書いていた。元禄時代を登り坂経済期と見て、その頂点(峠)を赤穂藩廃絶=企業倒産に見立てる。以後は一挙に下り坂。そんな峠の端境を「経済」の視点で描く、異色の忠臣蔵ものであった。

 わたしが担当した『俯き加減の男の肖像』は、その続編を思わせる小説である。

 吉良への報復に批判的で、討ち入りに参加しなかった赤穂の石野七郎次が、一介の商人に身分を変え、元禄以後の不景気の時代を「俯き」ながら生き抜いていく。

 当時、堺屋さんは「超」をいくつ付けても足りないほどの売れっ子で、主に東京と大阪を往復しながら、いつどこで原稿を書いていたのか、驚異的な忙しさだった。

 しかも当時は、まだ、ワープロもパソコンもメールもファクシミリもケータイもない時代だ。肉筆のナマ原稿を直接いただかなければならない。毎週、凄まじい原稿取りが展開した。全62回中、「締切日」に原稿をいただけたことは、1~2回だった。ほとんどは、校了(印刷に入る直前の状態)と同時、もしくは少し遅れての受け取りだった。

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