■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第64話 デメイ「指輪物語」日本初CD制作秘話

▲CD – 大阪市音楽団 NHKライヴ 指輪物語 ─ 本邦初演 At the Symphpny Hall(大阪市教育振興公社、OMSB-2801、リリース:1994)

▲同、ブックレット裏

▲作曲者デメイから郵送されてきたCDブックレットへのメッセージ(原本)

▲NHKに提出した第三者の権利許諾確認書の写し

1992年8月16日(日)午後3時からオンエアされたNHK-FM特別番組「生放送!ブラスFMオール・リクエスト」(3時間半ナマ放送)は、とんでもないオバケ番組となった!

秋山紀夫さんが名調子で語りかける人気番組「ブラスのひびき」終了後、NHKが送りだす久々の吹奏楽番組だったという理由だけではない。

すべてがリクエストで構成され、何が放送されるのかその時までわからないという番組の臨場感も手伝って、吹奏楽ファンのハートに火をつけたのだろう。

番組終了後、局内は、それはそれは、たいへんな騒ぎとなった。

NHK各放送局や各地のNHKサービスセンターが、リスナーから放送曲目や演奏、楽譜に関してじゃんじゃん掛かってくる電話、FAXによる“問い合わせ”への対応に追われることになったからだ。

ここまでNHKは、しばらく“吹奏楽”の番組をさぼっていたのだから、それも、まあ、仕方ないだろう。

また、NHK初放送となった曲や作曲者も多く、普段“日本の音楽分野を牽引しているんだ”という無駄な自負を背負いながら日々番組を送り出している“エライ人”たちの鼻をへし折るのに充分なインパクトがあった。

曲名も、作曲者名も、演奏者名も、NHKにはまるで“蓄積”がなかった。

そんな曲(第58話:NHK – 生放送!ブラスFMオール・リクエスト、参照)がバンバンかかったのだ。

気の毒だったのは、番組ディレクターの梶吉洋一郎さんで、音楽番組部内では、“梶吉の吹奏楽には、気をつけろ”という言葉がまるでスローガンのように囁かれ出した。

問い合わせは、放送曲のほぼすべてに及んだ。しかし、番組のほぼ中間部でノーカットで放送したヨハン・デメイ(Johan de Meij)の交響曲第1番『指輪物語(The Lord of the Rings)』(指揮:木村吉宏、演奏:大阪市音楽団)の日本初演ライヴと、リクエスト数のトータルでトップに輝き、番組のラストで放送したフィリップ・スパーク(Philip Sparke)の『ドラゴンの年(The Year of the Dragon)』(指揮:ヘルト・バイテンハイス、演奏:オランダ王国海軍バンド)への問い合わせは圧倒的で、他を大きく引き離していた。

リスナーが興奮しているのだ!!

もちろん、ディレクターの梶吉さんには、NHKがライヴ収録した『指輪物語』以外、筆者が持ち込んだすべての音素材の詳細データは渡してあった。

普通は、それだけで十分対応できたはずだった。しかし、氏からかかってきた電話を聞くかぎり、どうやらそういうことではなさそうだった。

『すごい反響だよ。“指輪”はウチが録った音なんで応対できているんだが、最後にかかった“ドラゴンの年”にブッとんだ人が多かったみたいで、とにかく、“ドラゴン”、“ドラゴン”って言って、どこへ行ったら買えるんだ、店の名前を教えろという類いの電話が多いんだよ。全国のセンターがパニくっててさぁ。ウチの連中が知るはずないし、どう答えたらいい?』

普通のクラシック番組では、こんなことはゼッタイに起こらないとも言う。

ちょっと返答に詰まった。番組で使用した『ドラゴンの年』が収録されているCDが、オランダ王国海軍バンド(De marinierskapel der Koninklijke marine)が自主制作したインディーズだったからだ。

CDは、リリース当時、“海軍バンド”のショップやコンサートで誰でも買えた。筆者もバンドに直接送金して購入した。そして、インディーズとは言え、中身はオランダ・フィリップスのスタッフが録音、制作したもので、商業CDの中に並べても世界最高峰のクオリティをもっていた。

ただ、我々の放送時点では、残念ながら、すでに完売となっていた。

商業用ではないから、再プレスなどしない。

梶吉さんに、まず、そう伝えると、『もう買えないということ?』と少し気落ちした声が返ってきた。しかし、事実は事実なので。『そうだ。』と答えるしかなかった。

我々はビジネスのために放送をやっている訳ではないし…。

そこで、まず、『一般的な回答として、レーベルやレコード番号、CD番号をそのまま伝えること。海外盤や自主制作盤は、日本では入手がほとんど不可能なので、何らかの方法でバンドに直接コンタクトをするか、海外の趣味性の高いショップにコンタクトをするしかないと薦めて欲しいんだ。』と話す。

当時、クラシックやポップスと違い、海外の吹奏楽LPやCD、カセットは、ほとんど日本に輸入されていなかった。銀行で作ってもらった“送金小切手”を送るか、郵便局で“国際送金為替”を組んでもらって海外に直接注文するのが“原則”だった。

しかし、“オランダ海軍”のCDの入手が難しそうだと分かったためか、その後、第41話:「フランス組曲」と「ドラゴンの年」、でお話ししたエリック・バンクス指揮、東京佼成ウインドオーケストラ演奏のCD「ドラゴンの年」(佼成出版社、KOCD-3102)のセールスに再び火がつくという、思わぬ余波もあった。

“こんなこともあるのか”と感じた覚えがある。

しかし、『ドラゴンの年』は、これで完全に認知された、とも思った。

一方、デメイの『指輪物語』を演奏した市音もパニくっていた。

番組を終えて帰阪した後、事務所に挨拶に行くと、

『おお、ええ時に帰ってきよった(いい時に帰ってきた)。あちこち(いろいろなところ)から電話が掛かってきて、放送された“指輪”のCDはどうやったら買えるんや(買えるのか)とか、テープを聴かせろって、うるさいんや(やかましいんだ)。あれは、NHKが録ったもんやから(ものだから)、あかん(ダメだ)って、言うてんのやけど(話しているんだけど)…。どうしたらええ(いい)?』

とは、筆者の顔を見た団長兼常任指揮者の木村吉宏さんの第一声!

ここでも騒ぎが起こっていた!

『それでしたら、NHKからテープを借りてCDにされたら?』

思わず口をついてしまった。

何か閃いたのか、木村さんは、ニヤリと笑う。

“しまった、ハメられたか”と思ってもアトの祭り!

当時の市音は、大阪市という行政組織の一部。外部からの依頼録音は仕事としてOKだが、いろいろな制約から、自主事業としてのレコードやCDは作れなかった。ノウハウがないというだけではなく、自ら作った製品が何らかの“利益”を生み出してもいけなかった。

かねてより、なんとか自前のCDを作りたいと考えていた木村さんには、外部の人間に動いてもらうと、ひょっとして、将来の自主CD制作への道が開くかも知れないというもくろみがあったようだった。

結局、不用意なひと言から、“大阪市音楽団初の自主制作CD”のプロデューサーとして活動することとなってしまった。

しかし、話を聞けば聞くほど乗り越えないといけないハードル(行政の壁)のあまりの高さに、目がくらむ!!

そして、ここから約1年間の悪戦苦闘が始まった!

実際には、市音のマネージメント・セクションを拡充させるための外部組織として作られた“大阪市教育振興公社”の小梶善一さん(元市音クラリネット奏者)と、ああでもない、こうでもないと言いながら、1つずつ壁を乗り越えていった。

途中から、これに、大阪市音楽団友の会事務局長の藤川昌三さんが加わった。話を伺うと、友の会20周年を記念して、1994年2月27日(日)、大阪・森の宮ピロティホールで「ゆかいなウィンドコンサート」と題した市音のコンサートをやるんだそうだ。

それなら、ということで、発売目標をその日に定め、友の会には、販売の実務を担っていただくことになった。(市職員の市音メンバーは、販売にはタッチできないので)

よーし、だんだん形になってきたゾ。

しかし、市音サイドにCD制作のノウハウは皆無だ。途中から、小梶さんには、行政との関わり合いと公社内のコンセンサスを得ることに専念していただき、こちらは、CD作りに邁進するという役割分担制を敷いた。

NHKとの録音使用料の折衝、放送に使用されたテープ(オープンリール方式のデジタル・テープ)の借り出し、東京CDセンター(渋谷)でUマチック・テープへのマスタリングなど、プロセスの管理だけでなく、ジャケット・デザイン、ブックレット編集、プログラム・ノート執筆まで、何から何まで筆者の役割となった。

東京のスタジオのセッティングには、ムジーク・ハーフェンの本間 篤さんにも、尽力をいただいた。

振り返ると、この日本初『指輪物語』のCD作りは、やることなすことすべてが面白く、ガムシャラに突っ走ることができたのも事実だ。

かくて、“大阪市音楽団創立70周年”と“大阪市音楽団友の会20周年”を記念する完全限定盤CD「大阪市音楽団 NHKライヴ 指輪物語 ─ 本邦初演 At the Symphpny Hall」(大阪市教育振興公社、OMSB-2801)は、予定どおり、1994年2月27日に陽の目を見ることになった。

販売は、演奏会の直売を除けば、通販だけだったが、CDはアッと言う間に“予定数”をクリアし、見事“Sold Out”となった。

梶吉さんも、『俺が録った初CDが出来上がったよ!』と満面の笑み!

結果よければ、すべてよし!

しかし、自戒をこめ、ここで教訓を一席!

口は、禍いのもと!!

▲デザイン画 – ブックレット表1&表4

▲デザイン画 – オビ

▲デザイン画 – インレー

▲デザイン画 – CD盤面

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください