▲泊ったホテルの定礎がドラゴン初演年と同じ1984年とわかり、ご機嫌のスパーク(2018年6月2日、撮影:黒沢ひろみ)
▲▼Osaka Shion Wind Orchestraリハーサル初日(2018年5月31日、花博記念ホール、撮影:同)
2018年6月3日(日)、大阪のザ・シンフォニーホールで開催された「Osaka Shion Wind Orchestra(オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)第120回定期演奏会」の客演指揮者に招かれたイギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)。
『ドラゴンの年(The Year of the Dragon)』は、その代表作の1つだ!!
曲名にある“ドラゴン”が、ウェールズ国旗にも使われているウェールズのシンボル“レッド・ドラゴン(赤い竜)”であることは超有名!
今やウィンドオーケストラでもしばしば演奏されるようになっているこの曲は、もともとはブラスバンドのために書かれた作品だった。
オリジナルのインストゥルメンテーションは、以下のようなものだ。
Eb コルネット
Bb コルネット(Solo<div. 3>、Repiano、II、III)
Bb フリューゲルホーン
Eb テナーホーン(Solo、I、II)
Bb バリトン(I、II)
Bb トロンボーン(I、II)
バス・トロンボーン
Bb ユーフォニアム(div.)
Eb バス(div.)
Bb バス(div.)
パーカッション(3 players)
記譜は、低音部記号(ヘ音記号)で書かれているバス・トロンボーンを除き、他はすべて高音部記号(ト音記号)で書かれている。
3人の奏者に割り当てられている打楽器は、
・パーカッション I(Timpani、Glockenspiel I)
・パーカッション II(Snare Drum、Triangle、Tam-tam、Clashed Cymbals、Suspended Cymbal、Glockenspiel II)
・パーカッション III(Bass Drum with Cymbals、Xylophone、Tambourine、Clashed Cymbals、Tubler Bells、Wood Block)
と、プレイヤーはなかなか忙しい!!
1990年代に活躍した大阪のブリーズ・ブラス・バンドのミュージカル・スーパーバイザーをつとめていた当時に肌で感じたことだが、まるでパーカッション・アンサンブルであるかのように、楽器をとっかえひっかえ、ステージを動きまわりながら演奏する打楽器奏者たちの躍動感あふれるプレイは、たいへんな人気を博した。
まあ、ごくたまにレギュラーが出演できないときにエキストラで入ったオーケストラの打楽器奏者からは、『こんなのできません….。』とたびたび“泣き”が入ったが…。
そう言えば、冒頭で紹介したシオンのステージ(プログラムは、第45話「祝・交友30周年 – スパークとイーグル・アイ」参照)にも、かつてブリーズでプレイした打楽器奏者が3人乗っていた。シオン団員の多畑秀城さん、客演の河野佳代子さん、茶屋克彦さん。彼らは、間違いなくスパーク作品のエキスパートだ。
トロンボーンの松下浩之さん(客演)、テューバの松本大介さん(シオン団員)も、ブリーズでプレイしたことがある音楽仲間だった。
今や懐かしの昔話である。
話を元に戻そう。
『ドラゴンの年』は、ウェールズの代表的ブラスバンド、コーリー・バンド(The Cory Band)の創立100周年記念作として委嘱され、1983年の秋に作曲に着手。翌年、首都カーディフ(Cardiff)のセント・デーヴィッズ・ホール(St. David’s Hall)で開催された“コーリー・バンド100周年記念コンサート(The Cory Band Centenary Concert)”で、H・アーサー・ケニー(Major H. Arthur Kenney)の指揮で初演された。
だが、残念なことに、この作品のオリジナルの初演データには、ちょっとした混乱がある。
なんと、初演データが複数(2つ)存在するのだ。
“1984年3月”
“1984年6月2日”
どうしてそんなことが起こったのだろうか。
もちろん、初演1年後に楽譜を出版した際のイギリスのStudio Musicのプレス・リリースにも問題はあった。
しかし、混乱を決定的なものにしたのは、1985年にリリースされた初演者、H・アーサー・ケニー指揮、コーリー・バンドの演奏による『ドラゴンの年』の世界初録音のLPレコード(英Polyphonic、PRL025D、第9話:“ドラゴンの年”と“ロンドン序曲”、参照)のプログラム・ノートに初演データが“1984年3月”と誤記されたことだった。
繰り返すようだが、初演者が録音した世界初のレコードに印刷されたデータだ。世界中の誰もがそれを鵜呑みにするのも無理はなかった。
筆者も、1989年10月25日にリリースされたエリック・バンクス指揮、東京佼成ウインドオーケストラ演奏のCD「ドラゴンの年」(佼成出版社、KOCD-3102、第41話:「フランス組曲」と「ドラゴンの年」、参照)のプログラム・ノートを執筆した際、作曲者にダイレクトに確認したが、その初演データも前記レコードと完全に同じだった。
この時点で、すでに作曲者も記憶違いをしていたことになる。
ただ、筆者の悪い癖で、提供されたデータが“年と月”だけで、“日”の情報がないことが、その後もずっと気になっていた。
何世紀も前の音楽でもなく、近年作で有名な曲なのに、なぜだろう?、という訳だ。
当時、筆者の部屋には、まるで筑豊の炭鉱の“ボタ山”のように鎮座する大きな紙の山が幾つもあった。たまに崩れるので、本当にボタ山のようだったが、その1つに毎週イギリスから届くバンド新聞“ブリティッシュ・バンズマン(The British Bandsman)”の山があった。
同紙は、1970年代の終わりから年間購読していたので、そこに何らかのヒントがあるかも知れなかった。また、コーリー100周年がらみの記事を読んだ遠い記憶もあった。しかし、毎日の仕事に忙殺され、その巨大な山に立ち向かう勇気がなかなか湧かなかった。
しかし、そのチャンスは突然やってきた。引っ越しである。
そして、段ボールにどんどん詰めていくとき、発行日だけ気をつけて見るようにしていたら、それは出てきた。
有名なロン・マッセイ(Ron Massey)が書いた“コーリー100周年”のコラム記事が掲載されたブリティッシュ・バンズマンの1984年6月2日号だった。
コラム後半にこんなくだりがある。
『ロンザ(バンドのホームタウン)での祝典は、しばらくの間続くが、今週末にはメインイベントが見られる。バンドがカーディフのセント・デーヴィズ・ホールに登場するのだ。…. (中略)…. そして、The Year of the Dragon という、フィリップ・スパークによるバンドのための新しい委嘱作のはじめての演奏がある….。』(カッコ内は筆者)
当時のブリティッシュ・バンズマンの発行日は、毎週土曜日。その中に“今週末”と書かれてあれば、それは、ズバリ1984年6月2日(土)を意味する。
念のため、1984年3月前後の号もつぶさに見たが、コーリーの記事は一切なかった。そこで、フィリップに記事と共にこの事実をFAXで送った。
『我々は、間違っていた。』と。
すると、すぐに『オー! なんてことだ。』と返信があり、事実を見つけ出したことに対する感謝の文面がそれに続いた。2001年のことだ。
その後、佼成出版社が過去のベストセラー盤を廉価盤として再リリースすることになり、アルバム「ドラゴンの年」もその中に含まれると連絡を受けた。
筆者は、返答として、まず以上の経緯を説明。発売以来10年以上が過ぎたこのアルバムのブックレットを完全にアップデートすることを提案した。この間、“ドラゴン”以外の収録曲についても海外で新事実の発表が続いたことや、インターナショナルなマーケットを意識してオリジナル盤にはない英文ノートも指揮者のバンクスに書いて欲しいという希望もあった。
大体、CD制作で最も費用がかかるのは、演奏ギャラについで印刷物だ。普通の商業レーベルだったら、古いノートの再利用でお茶を濁しただろうが、1枚のアルバムを“作品”と位置付ける佼成出版社は違った。筆者の提案を全面的に受け入れてくれたのだ。
この結果、廉価盤となったCD「ドラゴンの年」(佼成出版社、KOCD-0304)は、2002年1月26日、内容が完全にアップデートされた新ブックレットとともに再リリースされた。
担当された岡野大治さんの尽力のたまものである。
しかし、誤ったことでもどんどんペーストされて拡散され保存されるネットの世界、とくに外国語サイトでは、“ドラゴンの年”の初演データは、その後もほとんど誤ったままである。
そんな2010年、世界的ユーフォニアム奏者であり、当時コーリー・バンドの音楽監督をつとめていた旧友のロバート・チャイルズ(Dr. Robert Childs、第14話 チャイルズ・ブラザーズの衝撃、参照)が、コーリーの125周年を記念して「Cory, Cory, Hallelujah! – The History of Cory Band 125 Years 」(Prima Vista Musikk)という著作をものにした。
その66ページには、1984年6月2日の日付けの入ったコーリー・バンドの記念コンサートのプログラムの表紙がカラーで印刷され、それとともにこう記されている。
『コーリーは、The Year of the Dragon という、彼らのためのメジャーワークを書くことをフィリップ・スパークに委嘱しており、バンドは、同コンサートでその作品の世界初演をしたのである。』
事実は、1つしかない!
▲The British Bandsman紙(1984年6月2日)
▲CD – ドラゴンの年(佼成出版社、KOCD-0304)(再リリース盤)
▲Cory, Cory, Hallelujah! – The History of Cory Band 125 Years 」(Prima Vista Musikk)