■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第51話 ト―マス・ドス「アインシュタイン」の事件簿

▲トーマス・ドスと鈴木孝佳(撮影:関戸基敬)

▲世界初演予告記事(2017年10月19日、Osttiroler Bote紙)

オーストリアの作曲家トーマス・ドス(Thomas Doss)の『アインシュタイン(Einstein)』が日本初演されたのは、2018年6月15日(金)、東京・杉並公会堂大ホールで開催された「タッド・ウインドシンフォニー第25回定期演奏会」においてだった。

アメリカで活躍する同WSの音楽監督、鈴木孝佳さんが世界中から送られてくる新作のスコアに目を通していた時、『これは面白い!ぜひ、定期で取り上げましょう!』と言われたのがきっかけだった。

相対性理論などを発表し、世の中の常識をひっくり返したドイツ生まれの理論物理学者アルベルト・アインシュタイン(1879~1955)をテーマに書かれた作品だ。

トーマスの近年の作品は、ハル・レナードMGB(2018年7月、ハル・レナード・ヨーロッパに改称)グループのインプリントの1つ、ミトローパ(Mitropa)ミュージックから出版される。

しかし、『アインシュタイン』は、2017年10月28日(土)、オーストリアの東チロル(オストチロル)地方の中心都市リエンツ(Lienz)のシュタッツザール・リエンツ(Stadtsaal Lienz)で、ルカス・ホフマン(Lukas Hoffman)指揮、ウィンドフィルハーモニー・オストチロル(Blaserphilharmonie Osttirol)の演奏で世界初演が行われたばかりの作品だった。

当然ながら、未出版!!

ここからが、鈴木さんのワールドワイドな人脈がものを言う!

鈴木さんと同出版社の音楽部門の責任者ベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts)は、旧知の間柄だ。

プロフェッショルとして互いにリスペクトし合い、実際に東京でタッド・ウインドシンフォニーの演奏を聴いているベンに鈴木さんの意向が伝わると、たいへんな喜びようで、とんとん拍子で話がまとまった。

鈴木さんもベンも、もともとオーケストラのトロンボーン奏者だ。何かと馬が合う!

ヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)の『いにしえの時から(From Ancient Times)』や『オスティナーティ(Ostinati)』の両ウィンドオーケストラ版の世界初演。フィリップ・スパーク(Philip Sparke)の交響曲第2番『サヴァンナ・シンフォニー(Symphony No.2 – A Savannah Symphony)』や交響曲第3番『カラー・シンフォニー(Symphony No.3 – A Colour Symphony)』の日本初演。フランコ・チェザリーニ(Franco Cesarini)の交響曲第1番『アークエンジェルズ(Symphony No.1 – The Archangels)』の日本初演など、まだ手垢がついていない出版前の作品の日本における初演奏をことごとく成功させてきた鈴木さんとタッド・ウインドシンフォニーに対するベンの信頼は絶大だった。

逆に、ベンの方から『この曲が気に入っているんだけど…』と送られてきたスコアを鈴木さんがとり上げたケースもあった。2017年6月9日(金)、ティアラこうとう大ホール(東京)で開催されたタッド第24回定期演奏会で日本初演されたトーマスの『フェスティヴァル・ベルズ(Festival Bells)』がそれだ。

以降、トーマス・ドスは、間違いなく鈴木さんのお気に入り作曲家の1人となった。

そうこうする内、ベンの方から『トーマスが“まだ日本に行ったことが無い”と言っている。渡航費はこちらで持つので、受け入れてもらえるだろうか?』と問い合わせが入った。

鈴木さんに打診すると、『どうぞお越し下さい。』と速攻の返信があり、あっと言う間に初来日決定!!

こうして、作曲者とコラボレーションによる『アインシュタイン』の日本初演の舞台が整った!

しかし、その後、何だか雲行きがあやしくなった。

なかなかパート譜が来ないのである。

鈴木さんはすでにスコアを持っているので問題ない。しかし、パート譜が届かないことには、プレイヤー・サイドはなんともならない。

前話(第50話:トーマス・ドスがやってきた)でお話ししたとおり、タッド・ウインドシンフォニーは、プロフェッショナル・プレイヤーのセルフ・オーガナイズで成り立っているウィンドオーケストラだ。普段は、オーケストラやミュージカル、スタジオなど、各プレイヤーがまったく別々の現場で演奏活動を行なっているだけに、全員が揃っての合奏は、演奏会前2~3日になってからになる。

パート譜はできるだけ早く送達されねばならなかった。

この時、思わず、2010年6月にこの楽団がヤンの『いにしえの時から』のウィンドオケ版世界初演に取り組んだときの悪夢が脳裏に甦った。ヤンが書き直しやチェックを何度も繰り返したため、全員にパート譜が行き渡ったのは、なんと5月半ばになってしまったのだ!

筆者は、ヤンのマネージャーなどではないが、このときばかりは、グレード6超えの未知の難曲に真正面から取り組んだプレイヤー各位に頭が下がる思いがした。

今回は、そうはなってはいけなかった。

そこで、ベンに状況を訊ねると、予期しない返答が返ってきた!

英国にあるアインシュタイン・ソサエティが“Einstein”と印刷された商業出版物、つまり楽譜に対して、想定をはるかに上回る“商標権”使用料をふっかけてきたのだという!

人名に“商標権”が設定されてるなんてはじめて聞いた!!

しかし、第2話「トーマス・ドス“白雪姫”騒動記」でお話ししたように、ディズニーとの間で商標権問題に発展し、一度は『白雪姫(Snow White)』として出版し、ヒットしていた楽曲を絶版にし、『プリンセスの物語(A Pricess’s Tale)』とタイトルを変更して再出版するはめになった出版社は、慎重だった。

日本滞在中のトーマスにこの“白雪姫”の話題をふると、『それは、ボクのミスではない。曲は、グリム童話のドイツ語のタイトル“Schneewittchen”(もちろん、日本語訳は“白雪姫”)で書いたのだから…。』と、何でも英語タイトルで楽譜を出版したがる出版社の責任だと言いたげだった。

そう言えば、ヤン・ヴァンデルローストの『むかしむかし…(ES WAR EINMAL…)』(第34話参照)のスコアに“ONCE UPON A TIME…”という英語訳タイトルを副題のように印刷したことでもディズニーと揉めていると聞いた。

その後、ベンは“こんなタイトルではどうだろうか?”と、何度か筆者に意見を求めてきた。

しかし、そのいずれもが“事なかれ”調で、曲名として“インパクトがない”と感じた。

そこで、『とても弱いタイトルだと思う!!そんなことより、キミはまずソサエティと戦うべきだ!!』と返した。

同時に『ところで、この曲は演奏してもいいのか否か?  ボクが思うに、この曲は、“アインシュタイン”というタイトルで一度オーストリアで演奏されている。そのときは、商品となる前のマニュスクリプト(手書き状態の意味)だった。ということは、同じマニュスクリプトを使うなら、ソサエティは何も言えないはずだが、どうだろうか。』とも続けた。

ベンはすぐにトーマスと話し合ってくれ、商品ではないマニュスクリプトを使うなら、演奏に何ら問題なし、との結論を導き出してくれた。作品は、あくまで作曲家のもの、という考え方だ。

よーし!

『アインシュタイン』という曲名での演奏は、これが最後になる可能性はまだ残るが、今度の演奏は、ひとまずこれでOKだ!

その後、ベンはソサエティと激しいバトルを繰り返し、先方はかなり折れてきたそうだ。

なんでもトライすべきだ!!

タッドWSの『アインシュタイン』日本初演は、杉並公会堂を大きく沸かせた!!

これは、日本初演と出版に至るバックステージのストーリーである!

▼タッドWS第25回定期演奏会から(2018年6月15日、杉並公会堂)(撮影:関戸基敬)

▼タッド・ウインドシンフォニー第25回定期演奏会 – プログラム

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