■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第49話 ムーアサイドからオリエント急行へ

▲LP – Sounds of Brass Series Vol.18 – The Fairey Band More Concert Classics」(英Decca、SB 718)

▲LP – The Spice of Life(英Polyphonic、PRL 034D)

イギリスのブラスバンド“ブラック・ダイク・ミルズ・バンド(Black Dyke Mills Band)”の1990年5月の再来日は、日本のブラスバンド・ムーブメントに決定的な変化をもたらした。

メンバーを一新し、ヨーロピアン・チャンピオンに返り咲いた直後に来日した彼らが、ナマ演奏でダイレクトに日本に届けたフィリップ・スパーク(Philip Sparke)やピーター・グレイアム(Peter Graham)の最新オリジナルの音楽的衝撃は、それまでの日本のバンド界の常識を覆しかねないほど強烈なインパクトがあった。

再来日前後のバック・グラウンドは、第42話「ブラック・ダイク・ミルズ・バンド日本ツアー1990」でお話ししたとおりだ。

日本各地でも、当然、新しい動きが起こった!!

その中に、大阪の“ブリーズ・ブラス・バンド(Breeze Brass Band)”の本格デビューがある。

“ブリーズ・ブラス・バンド”立ち上げの中心人物は、大阪シンフォニカー(後の“大阪交響楽団”)のトロンボーン奏者、上村和義さんだった。

大阪芸術大学出身の上村さんは、所属オーケストラの演奏以外にも、在学時の仲間や先輩、後輩たちと“大阪ロイヤル・ブラス”という名称のグループを作り、外部からの要請に応じて、さまざまな演奏活動を行っていた。

その活動を通じ、上村さんは、次第にこのグループを“ブリティッシュ”スタイルのブラスバンドとしてデビューさせたいと思うようになっていく。

もっとも、氏が“ブリティッシュ”に関心をもったのは、これよりかなり前、大阪芸大在学時の下宿先で同じだったトランペットの西井昌宏さんが手に入れたLPレコードを聴かされたときだった。

グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst)の『ムーアサイド組曲(A Moorside Suite)』が収録されていたそのレコードは、イギリスのメジャー・レーベルであるDeccaが、1972年から1980年の9年間に合計42枚ものアルバムをリリースした“サウンズ・オブ・ブラス・シリーズ(Sounds of Brass Series)”というブラスバンド・シリーズの1枚で、シリーズの第18集にあたる。

タイトルを「Sounds of Brass Series Vol.18 – The Fairey Band  – More Concert Classics」(Decca、SB 718、リリース:1975年)という、ケネス・デニスン(Kenneth Dennison)指揮、フェアリー・バンド(The Fairey Band)演奏のLPだった。

イギリスのレコード界には、“ブラス&ミリタリー”という、ブラスバンドとミリタリー・バンドを扱うカテゴリーが存在する。メジャーがこれほど多くのアルバムをリリースしていたことは、同国の“ブラスバンド”がどれだけポピュラーであるかの証明のようだが、それはさておき、上村さんが聴いたそのサウンドは、それまでまるで聴いたことがないものだった。

しかし、それと同時に、『金管だけでこんなことができるなんて、これは、おもろい(面白い)!!』と思ったそうだ。

若いということは、すばらしい!

その後、上村さんたちは、“大阪ロイヤル・ブラス”のメンバーで合宿をやって、『ムーアサイド組曲』やイギリスのケネス・J・オルフォード(Kenneth J. Alford)のマーチ『後甲板にて(On the Quater Deck)』などの録音にトライしたり、新しい楽譜を捜したりしながら、どうしたらそのサウンドが出るのかをテーマに定期的に練習を繰り返し、試行錯誤ながら、継続的なスキルアップをはかっていく。

しかし、プロの楽団としてデビューを考え始めた頃、新しいバンドの指針となるコンセプトやレパートリーに関する情報収集など、“独力”に近いそれまでの積み上げだけでは解決しえないテーマをいくつも抱えるようになっていった。

とくに、日本で本場イギリスの最新情報を得ることはほとんど不可能だった。

そんなとき、上村さんと筆者を引き合わしたのは、大阪・心斎橋にある三木楽器2階管楽器フロアの責任者、植松栄司さんだった。1989年、ちょうどロンドンの録音から戻ってきた頃のことである。

三木楽器で最初のミーティングを行った後、上村さんは、毎晩のように時間を見つけては拙宅を訪れられ、深夜に至るまでブラスバンドのレコードを聴き漁るようになった。

その貪欲な姿は、まるで“ブラスバンドのレコードがこんなにいっぱい出ているとは思わなかった”と言わんばかりで、絶えず質問の山!!

とくに、フィリップ・スパーク(Philip Sparke)やゴフ・リチャーズ(Goff Richards)、ハワード・スネル(Howard Snell)ら、日本では“まるで知られていない”の新進気鋭の作曲家たちがブラスバンドのためにつぎつぎと新しい曲を書いているという現実は、かなり衝撃的だったようだ。

氏のノートには、お気に入りの曲がつぎつぎメモされていった。

そして、その中でもとくにお気に入りだったのが、キース・ウィルキンスン(Keith Willkinson)指揮、ウィリアム・デーヴィス・コンストラクション・グループ・バンド(William Davis Construction Group Band)演奏のアルバム「The Spice of Life」(英Polyphonic、PRL 034D、リリース:1987年)に入っていたフィリップの『オリエント急行(Orient Express)』(世界初録音)だった。

“こんなわかりやすい、愉しい曲があったのか!”

実際、そのレコードを聴いたとき、上村さんは、そう思ったのだそうだ。

その時点で、大学時代の氏らが“おもろい”と感じた前記フェアリー・バンドのレコードが録音されてから、すでに15年近い歳月が流れていた。

それは、まるで浦島太郎状態だった!!

“ブラスバンド”の世界は、絶えず動いているのである!

そこで、氏の意向を受けて、イギリスのフィリップにFAXで連絡をとると、“全面的に協力する”との嬉しい返信が速攻で戻ってきた!

この結果、『オリエント急行』のほか、『スリップストリーム(Slipstream)』、『ジュビリー序曲(Jubilee Overture)』、『ドラゴンの年(The Year of the Dragon)』など、その後、このバンドの主要レパートリーとなっていくフィリップのブラスバンド作品の楽譜が、出版・未出版を問わず、毎週のように筆者の手許に届くようになった。

“今、ヨーロッパで起こっている新しい潮流を、タイムラグなく日本で再現!”というブリーズ・ブラス・バンドのコンセプトの1つは、このようなプロセスを経て決まった。

他方、1989年7月に来日した兄弟ユーフォニアム・デュオ“チャイルズ・ブラザーズ”(参照:第14話 チャイルズ・ブラザーズの衝撃)のニコラス・チャイルズ(Nicholas Childs)が、名古屋でユーフォニアムのことを“ブリーズのようだ”と例えたという話がメンバーの耳に伝わると、拙宅を提供して行われたメンバーのミーティングで、“ブリーズ”がバンド名に決まった。

後日、上村さんに訊くと、“ブリーズ”は、以前から考えていた候補名の1つだったとか。

道理で、満場一致で決まったはずだ。

その他、京都のバロックザールの協力も得て、当時練習中だったデリック・ブルジョワ(Derek Bourgeois)の『ブリッツ(Blitz)』ほかをイギリスのステージ・セッティングとマイク・アレンジでレコーディング。メンバーのほか、その収録カセットを海外に送ったところ、さらに何人かの作曲家の協力を得ることに成功した。

後日“ブリーズ”の有力スポンサーとなる東京のブージー&ホークスの安弘弘明さんも、カセットを聴いてすぐ電話を寄こし、“正直驚いた!”と賞賛してくれた。

その後、冒頭でお話ししたとおり、数々の最新オリジナル曲をひっさげてブラック・ダイク・ミルズ・バンドが来日!!

上村さんと筆者は、ロイ・ニューサム(Roy Newsome)、デヴィッド・キング(David King)、ケヴィン・ボールトン(Kevin Bolton)という3人の同行指揮者とも知己を深め、ブラスバンドの最新オリジナルへの取り組み方など、多くを演奏現場で身近に吸収する機会を得た。

21世紀の現時点から遡ると、これら一連の流れは、まるであらかじめ予定されていたことであったかのように連続して起こった。

とくに印象的だったのは、イギリスの関係者がこぞって力を貸してくれたことだった。

ブリーズ・ブラス・バンドは、1990年7月2日(月)、こけら落しを終えたばかりの大阪・いずみホールに満場の聴衆を集めてデビュー・コンサートを行った。

公演プログラム冒頭には、フィリップがデビューに寄せたメッセージが存在感を示す!

同時に、この日は、『オリエント急行』の日本初演が行われた日として、多くにファンの記憶にのこる一日となった!!

▼「ブリーズ・ブラス・バンド・デビュー・コンサート」プログラム

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