■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言第45話 祝・交友30周年 – スパークとイーグル・アイ

▲「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ第120回定期演奏会」ポスター

『私は、大阪で、最も素晴らしい時を過ごしました。私にとって、それは本当に思い出深いコンサートとなりました。そのときの録音を聞いていますが、彼らは素晴らしいと思います!』

彼にしては、やけに丁寧な文言だが、フィリッブ・スパークが、2018年6月3日(日)大阪のザ・シンフォニーホールで開かれた「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ第120回定期演奏会」を客演指揮し、帰国後すぐに筆者に寄せたメールの冒頭部分だ!

この日、シオンがとり上げたプログラムは、以下のようなものだった。

・ナポリの休日
(Neapolitan Holiday)

・スラヴォニカ!〈日本初演〉
(Slavonica!)

・ドラゴンの年(2017)
(The Year of the Dragon – 2017)

・交響曲第2番「サヴァンナ・シンフォニー」
(Symphony No.2 – A Savannah Symphony)

全曲が作曲者指揮の自作自演で、オープニングを彩る『ナポリの休日』をのぞくと、大阪では演奏されたことのない作品ばかりだが、コントラストの効いた第1部と、シンフォニーをどかっと据えた第2部という、プロフェッショナルの定期公演らしいストーリーの感じられるプログラムだった!

また、来場者だけが愉しめるアンコールには、

・陽はまた昇る
(The Sun Will Rise Again)

・オリエント急行
(Orient Express)

という、スパーク・ファンなら誰もが知っている大ヒット作2曲が、ある種サプライズとして用意され、プロ公演のステータスだけでなく、エンターテイメント面でも聴衆の期待を裏切らないコンサート・ビルディングとなった。

そして、シオンのプレイヤーも、民営化後に示した最高のステージの1つに数えられる高いスキルと集中度を発揮。冒頭のフィリップの率直な感想が、儀礼的な世辞でもなんでもない、すばらしい音楽的成果を挙げた!

それは、まさしく世界最高峰のウィンド・コンサートだった!

こういう充実した演奏会の入場料は、安い!安い!安い!

しかし、それが成就するまでの道のりはけっして平坦とは言えなかった。

プロジェクトの起点となったのは、コンサート前年の、2017年の1月27日(金)の夜に掛かってきた一本の電話だった。

受話器の向こうは、シオンのバス・トロンボーン奏者の石井徹哉さん。

氏から電話をもらうのは、はじめてのことだった。

話をうかがうと、前任の延原弘明さんのあとを受け、シオンの理事長兼楽団長になられたとのこと。おぼろげな記憶では、武蔵野音大出身の氏は、まだ40代前半だったはず。長い歴史をもつシオン史上、最年少の楽団長の誕生だ。

ついで、2015年6月2日(火)の“第111回定期演奏会”(於:ザ・シンフォニーホール)に引きつづき、再びフィリップを客演指揮者に招きたいという話が出る。

なんでも、前回は、楽団としてフィリップの音楽的要求に完全に応えることができなかったという大きな悔いがプレイヤー・サイドに残ったそうで、今度はそれに応えられるように、ぜひにも再演を願いたいということだった。

同時に、NHK-FMの番組「吹奏楽のひびき」のコメンテーターをつとめる中橋愛生さんからも、もっと筆者に協力してもらうように、という主旨のアドバイスもあったそうで、それがこの日の電話に繋がったということだった。

話の要旨はわかった。

しかしながら、石井さんのリクエストに対し、筆者は、つぎのように返した。

『いいですか。まず、私はシオンさんには、冷たいですよ。そして、古い友人ではありますが、フィリップ・スパークのマネージャーではありません。』

電話というものは、相手の感情も敏感に伝わる。それまで滑らかに話されていた受話器の向こう側に、一瞬の驚きとためらいが入り混じった微妙な空気が流れたのが、手に取るようにわかった。

第38話「スパーク:ギブ・ミー・チケット・パーティー」第40話「スパーク:シオン“111”のプロが決まるまで」でお話ししたように、前回の第111回定期に際し、筆者は、大阪市の直営から民営化したばかりの楽団側の運営面の経験・準備不足から、プログラミングや実行面など、さまざまなプロセスで、想定外の事態に何度も直面させられるハメとなった。

また、“仕事として引き受けて欲しい”というスタート時点の話にもかかわらず、結局のところ、求められていたのは“限りなくボランティア”であり、意味不明の個人的持ち出しも半端ではなかった。

長年の間に滲みついた“お上”体質の払拭は、当時のこの楽団最大の課題だった。

他方、財源上の課題を抱えていた楽団は、結果的に大きな予算を使ったことから、団内でまるで諸悪の根源であるかのようにいう人までいた。しかし、それは、筆者の責任ではない。企画側の見通しの甘さと論旨のすり替えである。

アンチは、どこにでもいる。(余談ながら、橋下市政下で楽団の存続問題が議論されていた当時に、筆者の名は“演奏会招待者名簿”から削除された。もっとも、筆者なりの私設応援団的発想で、“聴きたいときは、S席を買って聴きに行くから”と言った結果がこれだったが、その伝統は今も守られている。)

とにかく、限られた人生。余計なことに振り回され、これ以上、無駄に時間を費やすことだけは避けたかった。

この日の電話で、まさかそんな話をつぎつぎ聞かされるとは思ってもみなかった石井さんは、『私がこの件に関わる限り、樋口さんにそのようないやな思いはけっしてさせませんので…。』という声を絞り出すのがやっとだった。

しかし、氏は粘り強かった。

その後、ホール日程の確定、予算の策定など、電話でお話しした課題をつぎつぎとクリアしながらメール連絡がくるようになり、とうとう、3ヵ月後の4月26日(木)、心斎橋の「ホテル日航」地下の喫茶ベルヴィルで初のミーティングを行なうことになった。

その席上、ふと気がついたことがある。コンサートがあるのは、2018年なのか。筆者とフィリップの付き合いが始まったのは、1988年だった。すると、我々ふたりにとってもちょうど交友30周年にあたる!!

フィリップにとっても、シオンにとっても、未来に繋がるものにしないと….。

そこで、石井さんにプログラムのアイデアを訊ねると、『スパークさんがシオンと取り組みたいといわれる曲なら、何でもやりたい。』という答えが返ってきた。

なので、フィリップからすでに聞いていた“シンフォニーをやりたい”という意向を伝えると、石井さんは即座にそれを了承。他の曲については、ちょうど6月16日(金)に東京でフィリップに会う予定になっていたので、そこでアイデアを訊きだしてくるということで、その場はお開きになった。

その後、何度かすり合わせを行った結果が、冒頭に挙げたプログラムだった。

コンサート冒頭は、華やかな曲からスタートということから、第111回定期の曲案でも出た『ナポリの休日』、2曲目には、必ず日本初演も混ぜておきたいとするシオンの希望を入れて、木管セクションだけで演奏される曲ながら、フィリップのまったく新しいタッチの作風を感じさせるクラシック・スタイルの『スラヴォニカ!』、3曲目にはシエナ・ウインド・オーケストラのリクエストで2017年に初演されたばかりの話題作『ドラゴンの年(2017)』という変化に富んだ音楽で第1部を構成。第2部には、3曲のシンフォニーの中から、交響曲第2番『サヴァンナ・シンフォニー』が選ばれた。

交響楽団のように、シンフォニーを据えるプログラミングは、プロのウインド・オーケストラの今後の行く末を占うようなアグレッシブなものだが、フィリップも、この日のプログラムが本当に好きだといった。

そして、リハーサルをやりながら、その気持ちは日増しに高まっていったようで、『すべては、イーグル・アイのおかげだ!』などと言い出した。

英語の“イーグル・アイ”とは、一般に、人間の4~8倍の視力をもつ“ワシ”のような優れた観察力や眼力をさす言葉だが、フィリップは、1990年代にミュージカル・スーパーバイザーをつとめていた大阪のプリーズ・ブラス・バンドのライヴや、佼成出版社のCDのための筆者の選曲を見て、筆者のことをそう呼ぶようになった。

久しぶりにそれを繰り返し聞いた。

そしてコンサート当日、会場のザ・シンフォニーホールに入ると、下手側舞台袖に、とても懐かしいものを発見した。それは、1988年4月19日(火)、当時の最新曲、フィリップの『ドラゴンの年』を引っ提げて行ったイギリスのロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドの大阪公演の際、演奏に感動したこのホールのステージ・マネージャーの手で壁に貼り付けられたロイヤル・エア・フォースのエンブレムだった。(第15話「ジ・イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」参照。)

それから30年。この日のシオンも最高の演奏を叩きだした!!

それは、若返ったこの楽団の未来を自らの手で切り開き、祝福するような、素晴らしいパフォーマンスだった!!

▲「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ第120回定期演奏会」プログラム

▲同、曲目

▲ザ・シンフォニーホール、下手舞台袖に貼られた演奏者のステッカー類

▲同、ロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドのエンブレム

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください