■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第43話 大栗 裕「仮面幻想」ものがたり

▲CD – 大栗裕作品集(東芝EMI、TOCZ-9195)

▲春日大社の舞楽面(春日大社宝物殿 / 第4刷 / 1992)

▲春日大社 古神宝宝物図録(春日大社社務所 / 第2版 / 1991)

『〈新鳥蘇〉─ しん・とりそ ─ という舞楽面がある。「この面の形は卵形,色は肌色で,目じりの下がった目も眉も,その末端をぴんとはねあげ,鯰ひげをつけて笑う。両頬には朱の濃淡を重ねた丸を描きその中に黒点を七つ点ずるなどいかにも道化者といいたい面である。大きな帽子をかぶり,払子(ほっす)をもって4人あるいは6人で組となって舞うものであったらしい。」─ 日本の美術・舞楽面・至文堂 ─ より。引用が少し長くなったが,西洋のピエロに似たこの仮面をつける舞楽はすでに失われて現行のレパートリーにはないのかも知れぬ。

作曲者はこの仮面から貧しいイマジネーションを触発されて,かなり自由な発想でこの作品を書いた。…(中略)…。この仮面のもつユーモラスな感じと,アルカイックな笑い,それに明るく舞われたという伝承を私なりに音楽化したわけであるが,この面を選んだ理由の一つは国立音楽大学シンフォニック ウインド アンサンブル設立10周年に対する作者のささやかな祝意も含められていることを記憶していただければありがたい。…(後略)…。』(原文ママ。カッコ内注釈のみ筆者。)

大栗 裕(1918~1982)が、吹奏楽のために書いた最後の作品となった『仮面幻想』が委嘱者によって初演された「国立音楽大学 第10回シンフォニック ウインド アンサンブル定期演奏会」(1981年11月18日(水)、日本青年館、指揮:大橋幸夫)のプログラムに寄せた解説文からの引用だ。

そして、その演奏会からちょうど5ヵ月後の1982年4月18日(日)、作曲者は永い眠りにつく。享年は、63歳。

『仮面幻想』は、その後、同年7月1日(木)、東京文化会館大ホールで開催された「国立音楽大学ブラスオルケスター第23回定期演奏会」(指揮:大橋幸夫)のプログラムにも急遽組み入れられ、追悼演奏された。

そんな経緯から、作曲者の遺作と呼ばれることもあるこの作品は、実は病いを得て入院中のベッドの上で完成された。

筆者がこの作品のテーマをもう少し掘り下げたいと思ったのは、没後10年の1992年に、この年の半分以上の日数をかけて取り組むことになった大阪市音楽団演奏のCD「大栗裕作品集」(東芝EMI、TOCZ-9195、リリース:1993年1月21日)のプログラム・ノートのための調査を始めたときだった。

実は、この当時、大栗作品のノートは、まるで整備されていなかった。

作業を始めて分かったことだが、作曲者がモチーフにした“舞楽面”が、実際は“どんな面”なのか、演奏者の大阪市音楽団も含め、誰も知らなかった。

いくら説明されても、どうしてもイメージがわかない。

そんなことでいいハズなかった!

幸い、作曲者の解説に出てくる「日本の美術」第62号“舞楽面”(西川杏太郎編、至文堂、1971年7月15日発行)は、大阪府立中之島図書館の蔵書にあった。

早速、借り出すと、それには、奈良・東大寺の蔵だった手向山(たむけやま)神社の1面、奈良・法隆寺の5面、奈良・春日大社の4面の現存する合計10面の“新鳥蘇”面の紹介があり、内、春日大社の1面は、大きくカラー・ページに掲載されていた。

そのカラーのお顔の様子は、先の解説にピッタリ符合する!!

この写真を見れば一目瞭然だ!

なんとか、これをプログラム・ノートに添付できないだろうか、と思ってよく見ると、出典は、春日大社の“古神宝宝物図録”とある。(撮影:田中真知郎)

宝物の世界にはまるで縁がなかったが、調べる内、春日大社の古神宝はいつでも見れるものでないことがわかった。つまり、こちらの都合では撮影できないということだ。

しかし、先の美術誌同様、春日大社所蔵の写真(図録)の転載は、条件さえ整えば不可能ではないはずだ。

思い立ったら吉日。近鉄で一路奈良へと向かい、春日大社宝物殿で直談判を行なったのは、1992年11月22日(日)のことだった。

応対に出た文化財課の八木尚広さんは、モチベーションの高い当方に少々面喰った様子!

しかし、意図をきちんと説明し、折衝した結果、大社の花山院親忠宮司宛に「転載許可願い」を提出し、“原版”となる「春日大社古神宝宝物図録」ほかはその場で購入。許可が降りた後、完成品の“献呈”と使用料を“奉納”することで話がまとまった。

帰阪後、東芝EMIの担当者、佐藤浩士さんに電話で経緯を話し、『作曲者最後の作品のモチーフになったインパクトのあるお面の写真なんで、できればジャケットにも使ってほしい。』と打診。写真を見てもらったところ、速効で採用決定!春日大社に追加で願いを提出した。

それから数日後の12月2日(水)、作曲者の奥さん、大栗芳子さんからご自宅でいろいろと貴重な話をうかがう機会を得た。

すると、こんな話が出てきた。

『そう言えば、入院中の病院から電話を掛けてきて、本棚にある本を持ってきて欲しいというので、届けたことがありました。何のために必要なのかわかりませんでしたが、お面の写真が載っている本と言ってました。』

ズバリ、作曲者が“仮面幻想”と向かい合っていたときの話だった。

結果的に、このお面の写真を使ったジャケットは、相当インパクトがあったようだ。

作曲者と長いつき合いの市音のベテランはとくに大絶賛!!

『これは、ホンマにええ(いい)ジャケットやなぁ!』

『まるで、大栗さんが笑うてはる(笑っている)顔みたいや!』

と口々にいう。

「大栗裕作品集」。それは、東芝EMIの商業CDでありながら、市音メンバーには、まるで自主制作した自分たちのCDのように、演奏者から愛される1枚となった!

奉納した10,000円は、安い!!

▲「国立音楽大学 第10回シンフォニック ウインド アンサンブル定期演奏会」プログラム

▲「国立音楽大学ブラスオルケスター第23回定期演奏会」プログラム

▲春日大社宝物殿 宝物写真使用許可書

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