2015年5月27日(金)、筆者は、大阪と和歌山のほぼ中間点に位置する関西国際空港の第1ターミナル到着ロビーで、フィンランド航空のAY77便で到着したフィリップ・スパークが、入国審査を終え、ゲートから出てくるのを待っていた。
空港でこうして彼を出迎えるのは、何度目のことだろう。
フィリップの話を聞いていると、日本には、こういう基本的な応対すらできない主催者もいるんだそうで、筆者にとってそれは大きなナゾだ。
あるときは、成田空港に誰も出迎えが来なかったり、またあるときは、演奏会後になぜか置き去りにされてしまい、自分のいるロケーションを完全にロストしてしまった彼が、知り合いの演奏家に電話を掛けて、運よく(?)つかまえることができた人に、そこまで来てもらってホテルまで連れていってもらったりと、本当にいろいろあったようだ。
もちろん、筆者は、フィリップのマネージャーなどではない。
しかし、2015年5月のこの日は、勝手ながら友人として出迎えを引き受けていた。
Osaka Shion Wind Orchestra(オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)の第111回定期演奏会の客演指揮のための来日だった。
やがて、ゲートから出てきたフィリップは、いつもの満面の笑顔!!
しかし、その姿はショルダーを肩にかけただけの軽装だった!
アレアレ!?
再会の挨拶もそこそこに事情を尋ねると、ロンドンからヘルシンキへのフライトが遅れ、トランジットの時間もギリギリだったため、トランクは積載できなかったらしい。
オッ、いきなりのトラブル発生だ!
しかし、荷物だけ届いて、本人がヘルシンキという事態ではなかったので良かった。
それでも、ステージ衣装や着替えが入っているトランクが届かないとなると、かなり面倒なことになる。
“最終的に届かなかった場合は、そのままジーンズでステージに立てばいいから!”などと軽口を叩きながら二人で大笑い!
ホテルにチェックインの際、フロントに事の顛末と、翌日に彼宛にトランクが届く予定であることを伝え、シオンには無事到着を知らせるメールを送る。
『スパやん、体だけは無事到着し、ホテルにチェックインしました。ヘルシンキで乗継ぎの際、荷物が取り残されたようで、ヒコーキ会社と交渉の結果、明日(5/30)、ホテルに届けてもらう段取りとなりました。
というわけで、明日の練習で1つ追加でお願いができました。練習時に、指揮棒を1本拝借したいというリクエストがありました。実際には、どの長さがいいのか、判断がつきかねますので、もし可能なら、複数本をご準備いただけると幸いです。荷物が到着すれば、すべて解決です。よろしくお願いします。
幸いなことに、スコアは手荷物の方に入れてあったそうです。着替えがないので、シャツを買いにいかねば、などと言っておりましたが、すこぶる元気でした。』
シオンからは、すぐに“指揮棒は準備できる”と返信があった。
余談ながら、“スパやん”とは、プリーズ・ブラス・バンドの客演指揮者として、しばしば大阪の地を訪れるようになった彼に対しての“大阪ローカルだけで通用する”リスペクトを込めた親称だ。プリーズの元プレイヤーの言によると、言いだしたのはどうやら筆者らしいが、そのうち、誰彼となく、そう呼ぶようになり、シオンのベテランも違和感なく普通に使っていた。
話を元に戻そう。
フィリップが客演指揮をしたシオン第111回定期は、大阪市音楽団民営化後のコンサートだが、独自に外国人アーティストを招聘する企画だけに、民営化したばかりの楽団側にあまりにも未経験な要素が多く、筆者もあまりの信じられない対応に“この件から降りる”と言って、さじを投げたこともあった。それだけに、到着初日のこの日を迎えたことには、一種感慨深いものがあった。
プログラムの決定プロセスも、二転三転だった。
第38話「スパーク:ギブ・ミー・チケット・パーティー」でお話ししたように、プログラム選曲担当の三宅孝典さんのリクエストに従い、フィリップが送ってきた『知られざる旅(The Unknown Journey)』のスコアをシオンに渡したのは、2014年の7月23日だった。
しかし、それが関西学院大学の委嘱作だと判って、演奏するのか、しないのかについての楽団内の意見は真っ二つ。
結局、『知られざる旅』は省かれ、楽団内で検討を重ねた“プログラム案”が楽団長の延原弘明さんから提示されたのは、それからかなりたった11月10日だった。
曲目は、以下のとおりだった。
・陽はまた昇る(The Sun Will Rise Again)
・セレブレーション(Celebration)
・オリエント急行(Orient Express)
・ドラゴンの年(The Year of the Dragon)
——–<休憩>——–
・デザーツ(Deserts)(もしくは2014~15年度新作)
・故郷からの手紙(Letter from Home)
・宇宙の音楽(Music of the Spheres)
メールには、一度ミーティングを持ちたいとも書かれてあった。
スケジュールが擦りあわなかったため、このミーティングは12月にずれ込んだが、その間にも、筆者は、この曲案をフィリップに投げて感想を求めていた。
彼は、第1部の曲案は、『陽はまた昇る』を除き、速い曲が続くので、バランスを欠く。まず『セレブレーション』をやめ、その位置に『オリエント急行』を移動。『オリエント急行』の位置には、フィリップお気に入りの『エンジェルズ・ゲートの日の出(Sunrise at Angel’s Gate)』のようなゆったりと静かな音楽を組み入れたいと書いてきた。逆に第2部はとても好きだという意見が返ってきた。また『陽はまた昇る』は、アンコールでもいいかな、ともあった。
12月11日のミーティングは、延原、三宅の両氏と筆者の3人で行なった。
その場にシオンの二人が持参した提案シートに目を落とすと、11月の最初の提案時より新たに4曲の候補曲名が欄外に書き加えられていたが、それはともかく、フィリップの意見をシートの上に書き示していく。
すると、『陽はまた昇る』をアンコールにするのはいいが、コンサートを『オリエント急行』で始めるのは、ちょっと…..と言われる。
訳を訊ねると、“開演に遅れた人が聴き逃す”確率が高いという返答。“そんなこと言っていたら、コンサートにならない。プログラムがわかっていて遅れる方がおかしいんだ”と反論し、激論に発展。
一方、『エンジェルズ・ゲートの日の出』は、何度か演奏してCDにもなっているので、作曲者からの他の曲の提案を待ちたいという。第2部に関しては、双方異論はなかった。
両者は、それらの議論を持ち帰ることになった。
ゴールは近いゾ!
しかし、10日後の12月21日に再び持ったミーティングで、シオン側が以下のような“第2案”を出してくることは、まったく予期できなかった。(出席者は、前回と同じ)
・フィエスタ!(Fiesta!)
・風のスケッチ(Wind Sketches)
・オリエント急行(Orient Express)
・ドラゴンの年(The Year of the Dragon)
——–<休憩>——–
・デザーツ(Deserts)(もしくは2014~15年度新作)
・スピリット・オブ・エンデバー(Spirit of Endeavour)
・宇宙の音楽(Music of the Spheres)
シオン側は、“新曲を入れたい”のだという。
『風のスケッチ』も『スピリット・オブ・エンデバー』も、初のCDが12月に発売されたばかりのバリバリの新曲だ。それはそれで理解できるが、よく見ると、これまでの議論で出てこなかった曲までリストアップされている。“速い曲が続き…”というフィリップが言う曲の並びにも配慮が無いように映る。
いかにも“元気な曲”が好きな三宅さんらしいアイデアのように思えた。
しかし、ここまで時間をかけて積み上げてきたものをひっくり返し、“これをフィリップに訊いて欲しい”というのは、筆者には少々理解不能だ。
『もちろん、訊けと言われるのであるなら、話はしますが、どういう返答がくるか、わかりませんよ。』と返し、次回ミーティングは、2015年1月14日に行うこととした。
年を明けた1月13日、フィリップから“翌日のミーティングで、オオサカ・シオンにこれを薦めて欲しい”と回答があった。
<第1部>
- オリエント急行
- 風のスケッチ
- ドラゴンの年
<第2部>
- デザーツ
- 故郷からの手紙
- 宇宙の音楽
<アンコール>
陽はまた昇る
『このプログラムは、“曲の新旧”と言う意味でも、“緩急”と言う意味でもバランスがよくとれている。』との“マエストロのお墨付き”で、プログラム論争は一件落着!
その後、三宅さんからの新たな提案で、フィリップが編曲した『サンダーバード(The Thunderbrds)』をアンコールに加えることになったが、とにもかくにもオオサカ・シオン第111回定期演奏会のプログラムは確定した。
ここで、もう一度叫びたい!!
筆者は、フィリップ・スパークのマネージャーではない!!
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