■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第38話 スパーク:ギブ・ミー・チケット・パーティー

▲Osaka Shion Wind Orchestra 第111回定期演奏会チラシ

『まだホールはとれていないんですが、スパークさんにスケジュールを訊ねていただけませんでしょうか?』

大阪市音楽団(愛称:市音。現オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)の三宅孝典さんからフィリップ・スパークを2015年春の定期演奏会で客演指揮者として招きたいという旨の電話があったのは、その前年の始め頃だった。

もちろん、筆者は、フィリップ・スパークのマネージャーなどではない。だが、長いつき合いから、都合を訊ねるくらいのことはいつだってできる。受話器の向こうの相手は、それを承知の上で電話してきているのだ。

一方のフィリップも、作曲家として超多忙な毎日を過ごしている。世界中から寄せられる作品委嘱も2年半先まで抱えていた。来日ともなると、それを中断し、最短でも1~2週間、ホームをあけることになる。“ホールがとれていない”ような状態で、来日の可能性を打診するなんて真似は到底できなかった。何よりも時間の無駄遣いだ。

プロらしからぬ打診だと思えた。

長く続いた大阪市の直営から民営化される、ちょうどそんな時期にあたっていたこともあるのだろう。しかし、それにしても意味不明の不思議な電話だった。

実は、ここまで2度、市音はフィリップに断られていた。日程が擦りあわないこともあったが、要は、話の進め方がおかしいのだ。

『ホールが確定してから、改めてお話し下さい。』と言って電話を切った。

フィリップが日本の聴衆の前に、はじめて指揮者として姿を現したのは、1993年11月8日(月)、大阪厚生年金会館中ホールで催されたプリーズ・ブラス・バンドの「ライムライト・コンサート6」だった。当時、筆者は、このプロのブラスバンドのミュージカル・スーパーバイザーをつとめていたが、その後、何度も大阪の地に招いたので、彼はひとりで地下鉄を自在に乗りこなせるほど、大阪の街に親しんでいた。

2005年6月3日(金)、ザ・シンフォニーホールで行なわれた「大阪市音楽団第90回定期演奏会」で、山下一史の指揮で行われた『宇宙の音楽(Music of the Spheres)』ウィンドオーケストラ版の世界初演の際にも、“これは作曲者として聴いておくべきだ。聴きにおいでよ。”と言って彼を招いている。

そのとき、ホールに流れるサウンドに身を任せていると、後半部で不覚にも涙がこぼれそうになった自分がいた。普段冷静なフィリップも、指揮者の山下さんからステージに招かれ、聴衆に向って何かをコメントしようとしたとき、何を喋っているのかわからないほど早口になり、かなり興奮していた。

圧倒的な演奏だった!!

それから10年近い時が流れ、2014年の1月11日(日)、彼が客演指揮したすみだトリフォニーホール 大ホール(東京)でのシエナ・ウインド・オーケストラ「第37回定期演奏会」も、満員札止めの大成功を収めていた。

話を元に戻そう。

三宅さんから再び電話があったのは、6月17日のことだった。

2015年6月2日(火)のザ・シンフォニーホールを押さえることができたので、前3日の練習という日程で来日が可能かどうか打診してほしいとの話だった。

早速、フィリップにメールすると、

『ディア―・ユキヒロ, それはとてもエキサイティングだ!それらの日付は空いている。彼らの条件やプログラムの提案などを聞くのを楽しみにしている。』

と打ち返されてきた。

すぐ、結果を三宅さんに連絡を入れ、一度ミーティングを行うことになった。民営化され、一般社団法人となった彼らの運営方針にも興味があったからだ。

7月3日、三宅さんと会った。“仕事として受けて欲しい”と言われるので、指揮料、渡航費、ホテルなどの条件をつめていく。しかし、市音が外国人アーテイストを独力で招いたことが過去になかったので、“興業ビザ”の取得や“日本滞在中の待遇”など、多くの課題があることが分かった。

また、前年のシカゴのミッドウェスト・クリニックで、三宅さんがすでに“簡単に演奏できない無茶苦茶難しい曲”をリクエストしていたことも発覚!

(オイオイ、それなら最後まで自力でやれよ。何度も言うが、筆者はフィリップのマネージャーなどではない!)

それは、しばらくしてフィリップから出来上がったばかりの曲のスコアが送られてきて市音を二分する問題となる。

兵庫県西宮市の関西学院創立125周年・関西学院大学応援団総部吹奏楽部創部60周年記念委嘱作『知られざる旅(The Unknown Journey)』だった。その初演は、2014年11月8日に予定されていたので、フィリップとしては、2015年の演奏なら何の問題もないと判断しての送付だった。

演奏賛成派は、音楽的な興味から“やるべし”と言い、演奏反対派は、市音と関学との関係がやっかいなことになるのを懸念して“やめるべき”と言った。

結局、少なくとも委嘱者による初演が終わるまではまったく広報できないという興業上の事情もあり、演奏は見送られたが、一方で初演より早く市音がスコアを見ていたのも紛れもない事実だった。

費用面についての折衝もかなり難航した。

まず、できたばかりの新しい一般社団法人の規定では、客演指揮者のホテルの食事は“朝食のみ”と定められていた。

しかし、これまで筆者が手掛けてきた外国人アーティストとの条件では、ホテル・アコモデーションと言って、招聘者が滞在中の宿泊と食事のすべてをみるのは常識だった。

フィリップに市音の条件を知らせたときの反応が傑作だった。

『ブレックファーストだけで一日を過ごすなんて!たいへんだ!!』

筆者も、“日本人なら、居酒屋に行ったり、うどんをすすったりできるが、食習慣も違い、いつも食べているものを好きな時に食べることのできない異国に招いたお客に、自分で勝手に喰えというのはどう考えてもおかしい。”とかなりねじ込んだが、“規定”を前にあえなく爆沈!

無駄遣いなど、さらさらする気はなかったが、常識的な必要経費にも大きくクギを刺されて、ついに爆発!『この件からは降りる!』と言って大ゲンカに発展したこともあった。

ついこの前まで公務員だった人たちとの折衝は、感覚的に勝手が違う。

最終的に、フィリップの滞在中の夜の食事は、友人としてすべて筆者が面倒をみることになった。

しかし、ものは考えよう。

毎日の練習後は、完全にこちらの世界だ。

早速、フィリップとゆかりの深い人たちに連絡をとり、6月1日(月)午後6時45分、JR大阪駅(5F)にある大阪ステーションシティ「時空(とき)の広場」“金時計”前に集合し、ラヴァーニャというイタリアンのお店で、食事会を開催することができた。

集まったのは、名古屋芸術大学の竹内雅一さん、大阪音楽大学の木村寛仁さん、相愛大学の石田忠昭さん、全日本学生吹奏楽連盟理事長の溝邊典紀さん、早稲田摂陵高校(当時)の井上 学さん、プリーズ・ブラス・バンドの上村和義さん、フィリップご指名の音楽通訳の黒沢ひろみさんという、愉快な面々!

共通するのは、全員が翌日のフィリップ vs シオンのコンサートのチケットを持っていなかったことだ。チケットはかなり前に完売。招待状の発送すら見送られたという状況だったからだが、当然のことながら、逆に食事会は大盛り上がり!

いい気分になったところで、解散時に全員で声を揃えて大合唱!

ギブ・ミー・チケット!!!

▲スコア – 知られざる旅

▲Osaka Shion Wind Orchestra 第111回定期演奏会プログラム表紙

▲第111回定期演奏会演奏曲

▲CD – シオン×スパーク!

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