■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第36話 ネルソン「ロッキー・ポイント・ホリディ」の事件簿

▲ロン・ネルソン(作曲者提供)

アメリカの作曲家ロン・ネルソン(Ron Nelson)と交友が始まったのは、1997年のことだった。

楽曲解説の必然性から、「冬の日のはじまりのための“モーニング・アレルヤ”(Morning Alleluias for the Winter Solstice)」(1989)と「パッサカリア(B-A-C-Hを讃えて)(Passacaglia (Homage on B-A-C-H)」(1992)についていくつか質問を書いたときのことだ。

当時は、電子メールのようなインターネット・ツールの利便性はまだまだこれからというときで、原稿をすべて鉛筆で書き、デジタル化にも積極的ではない筆者が持つ通信ツールと言えば、当然“電話”と“ファクシミリ”だけ。自然、海外との通常のやりとりは、緊急時の“国際電話”を除くと、もっぱら航空便(エアメール)だけだったが、ロンからの返信は、いつも迅速、そして要点が明瞭だ。

2人のやりとりのハイライトは、なんといっても、2007年秋に突然表面化することになった名作「ロッキー・ポイント・ホリディ(Rocky Point Holiday)」の“実は作曲年が違っていた”事件だろう!!

きっかけは、鈴木孝佳(タッド鈴木)指揮、TADウインドシンフォニーが、2007年6月1日(金)、大田区民ホール アプリコ(東京) で開いた“第14回定期演奏会”で演奏したこの曲のライヴ録音をCD化する話が固まったときのことだった。(CD:タッド・ウィンド・コンサート Vol.3 ヴィジルス・キープ、Windstream、WST-25006、リリース:2008年1月

もう21世紀に入っていたので、この時のやりとりは電子メールに進化していたが…。

結論を先にお話しすると、それまでアメリカと日本のすべての解説や資料に載っている“作曲:1969年”というデータが完全な事実誤認で、実際には3年前の1966年に曲が書かれていたということが判ってしまったという事件だった。

その顛末は、「スクープ!! ロン・ネルソンの人気曲『ロッキー・ポイント・ホリディ』の作曲年が書き換えられることになった!!」(バンドパワー、2007年)という、まるで“週刊なんとか”のような派手なタイトルの投稿となった。タイトルは“若気(?)の至り”ということでお許しいただきたい。我ながら、それくらい興奮していたということだ。

そもそも、この作品の作曲年に疑問を感じたのは、楽譜の下部左側に印刷されているコピーライト・ラインのつぎの記載だった。

Copyright 1969 by Boosey & Hawkes, Inc.
Copyright for all countries. All rights reserved.

著作権に明るい人が見れば、すぐわかるだろうが、この“Copyright 1969”は、作曲年を示さない。出版社のブージー&ホークスが、この自社の出版楽譜の権利を全世界に向けて表明した年に過ぎない。即ち、音楽著作権を管理する組織に対して“この楽譜は自社の作品”である旨を届け出た年だ。

当然、作曲はこの年を含めたそれ以前に行われたことになる。

そこで、いろいろな資料をチェックすると、この曲は、1969年にミネソタ大学コンサート・バンド・アンサンブル ’69(University of Minnesota Concert Band Ensemble ’69)が行ったソヴィエト演奏旅行のコンサートのオープナー(コンサートの冒頭を飾る曲)として、指揮者のフランク・ベンクリシュート(Dr. Frank Bencriscutto、1928~1997)が作曲者に委嘱したというエピソードが出てきた。

だが、この演奏旅行のことを調べると、ツアーは、いつ核戦争が起こっても不思議ではない一触即発の冷戦状態で非難の応酬に終始していたアメリカとソヴィエトがその危機的状況を緩和するため、両国政府の主導で1968年から1969年にかけて行った互いに文化人や団体を行き来させる文化交換アグリーメント(1968-69 United States-USSR Cultural Exchange Agreement)の一環として計画されたものの1つで、ミネソタ大学バンドのツアーは、1969年3月31日~5月21日の期間にソヴィエトにバンドを派遣して実施され、帰国直後の5月23日、ホワイト・ハウスのローズ・ガーデンで、ファイナル・コンサートが行なわれたことが分かった。

ツアーが“1968年以前の両国同意”から準備がスタートしたことと、作曲が出版目的ではないことだけは確かなようだ。すると、曲はいつ書かれたのだろうか。

もちろん1969年のツアー直前に書かれたとも考えられるが、プランを立てて進められる国家プロジェクトをそんな直前に“やっつけ”でやるはずはないし、仮にそうだとしても、“ホリディ”というタイトルがどうにも腑に落ちなかった。冬の“ホリディ”に書かれた曲にしては、曲想やハーモニーがやたら明るいのだ。

アタマの中は“作曲年”ひとつを巡ってもう大混乱!

急いでロンに連絡をとると、40年近い昔のことで彼はもう何も覚えていなかった。曲を委嘱したベンクリシュートもすでに故人だったし…。しかし、筆者の疑問は当然だとし、ダメもとでミネソタ大学に当時のことを誰か覚えていないか、FAXで照会してくれたのだ。

大学も、直ちに同窓会ネットワークを通じてこの質問を広めてくれ、それにメールで応えてくれたのが、ディズニーランドのタレント・ブッキング・マネージャー、スタンフォード・フリース(Stanford Freese)氏だった。大学では“スタン”と親称で呼ばれ、ソヴィエト・ツアーでは、ソロリストとして大活躍した。

彼からのメールは明解だった。

『ハイ、ロン。我々は、“ロッキー・ポイント・ホリディ”を、1967年の冬、CBDNAのコンヴェンションで初演しました。ロシアではすべてのコンサートで真っ先に演奏。この曲は、確かにアメリカ合衆国を有名にしましたよ。聴衆も熱狂。私は、今でもテューバ・パートを覚えています。』

これには、ロンも筆者もビックリ仰天!!

CBDNAとは、全米カレッジ・バンド・ディレクター協会(College Band Directors National Association)の略だ。チェックすると、1967年2月8~11日の日程でミシガン州アナーバーで開催されたCBDNA第14回全国コンヴェンションにベンクリシュート指揮のミネソタ大学バンドが出演。2月9~11日の3日間にコンサートを行ったことが確認できた。

こいつはすごい!

急いでこの事実をロンに知らせると、すぐ“その前年(つまり1966年)の夏のヴァケーションにロッキー・ポイントでこの曲を書いたことを思い出した”という内容の打ち返しがきた。

やはり夏の“ホリディ”の作品だった。

2人は、ついにめざすゴールにたどり着いたのだ!

手許に、アメリカ政府制作の1枚のLPレコードがある。

「A FORCE FOR PEACE(ア・フォース・フォー・ピース)」(White House Record (Century)、35416)と題するこのレコードは、1969年5月23日(金)、ホワイト・ハウスのローズ・ガーデンで行なわれたミネソタ大学バンドのツアーをしめくくるファイナル・コンサートのライヴ盤だ。

調べると、これには、ソヴィエトでのライヴを構成に取り入れた2枚組とホワイト・ハウスでのダイジェストをまとめた1枚ものの2種類があったようだ。

筆者の手許にあるのは、ダイジェストの方で、「ロッキー・ポイント・ホリディ」は省かれ、一部曲目が表記と違っていたりするが、ジャケットの写真には、椅子についた若い学生たちのバンドを前にスピーチするソヴィエト大使とその傍らで笑うニクソン大統領が写り、ツアー当時の空気がよく伝わってくる。もちろん、レコードには両氏のスピーチも入っている。また、見開きジャケットを開くと、多くの新聞の切り抜きとともに、ノヴォシビルスクのコンサートで撮影された写真が僅かに1枚だけ掲載されていた。

そこに写っていたのは、指揮者フランク・ベンクリシュートと「ロッキー・ポイント・ホリディ」の初演のことをメールで知らせてくれたソロイストのスタンフォード・フリースの2人だった。こんなところで、当時の2人の姿を見つけることができるなんて、なんと感動的なんだろう!

レコードには、ホワイト・ハウスのコンサートでも大受けで、“Tuba Player Hits High Note With Soviet Ambassador”と新聞の見出しにもなったフリース独奏の「ベニスの謝肉祭」も入っていた。

名作「ロッキー・ポイント・ホリディ」は、作曲者と筆者の間にいろいろなことを自由に語り合える信頼感と連帯感を生みだしていた。

後日、完成したタッドのCDをロンに送ると、『この年になって、若い頃の自分の作品にこんなに興奮させられるとは思わなかった。とにかく、“ロッキー・ポイント・ホリディ”に再び新しい命を注ぎこんでいただいたことに対して大いに感謝したい。』というポジティブな感想が返ってきた。

いくつもの幸運が重なった結果だった。

しかし、だからこそ言える。

音楽に歴史あり。真実は、1つしか無い!!

▲LP – A FORCE FOR PEACE(White House Record)

▲A FORCE FOR PEACE – A面]

▲A FORCE FOR PEACE – B面

▲ジャケットの新聞切り抜きと写真

▲CD – タッド・ウィンド・コンサート Vol.3 ヴィジルス・キープ(Windstream、WST-25006)

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