【コラム】富樫鉄火のグル新 第197回 ヴィヴァルディ本、3題

ヴィヴァルディに関する解説を読むたびに、2つの点が気になっていた。

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)は、ヴェネツィアのピエタ慈善院(捨て子女子の保護養育施設)の付属音楽院における、司祭(神父)兼音楽教師だった。ここの院生は、ハイレベルな合奏・合唱団を結成しており、附属教会などで、ヴィヴァルディの楽曲を次々と初演していた。

いまでこそ女性だけの合奏団は珍しくないが、この当時、大衆的な見世物ならいざしらず、教会の中で、協奏曲や宗教曲を「女子楽団」が演奏するとは、どういうことだったのだろうか。確か、教会では女性が歌うことは歓迎されず、だから男声ファルセットやカストラートが生まれたのではなかったのか。下世話な見方だが、宝塚歌劇団のような美少女がズラリと並んでヴィルトゥオーゾを披露するのを、男どもが好奇の目で眺める、そんな場面があったのだろうか。

もう一点は、ヴィヴァルディが再評価(再発見)されたのは、極めて最近のことだったらしい点である。バッハが再発見されたとき、その大量の楽譜の中に、「ヴィヴァルディ」なる人物の楽曲を編曲したものがあったのだ。

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