■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第34話 ヴァンデルロースト「むかしむかし…」日本語版世界初演!

▲高山市制施行80周年記念 第2回飛騨高山文化芸術祭こだま~れ2016 チラシ

▲スコア – ES WAR EINMAL…

▲むかしむかし…フィナーレ

2016年9月4日(日)、筆者は、名古屋からJR高山本線の特急「ひだ3号」に乗車。遠く山上に見える国宝犬山城や眼下の名勝飛水峡など、車窓を流れる景色を愉しみながら、次第しだいに高揚感が拡がっていくのを感じていた。

めざす目的地は、飛騨高山。

この日は、古くからの友人ヤン・ヴァンデルローストのジングシュピール「むかしむかし…(Es war einmal…)」のキャストを集めて行なわれる全体での初の通し稽古の日だった。

練習会場は、高山市立日枝中学校。

ジングシュピール(Singspiel)は、ドイツ語で演じられる歌芝居や大衆演劇の一種。現代のミュージカルと少し似てはいるが、ヨーロッパでは、しばしばオペラやオペレッタの一種とみなされる。

ヤンの「むかしむかし…」は、ヤーコプ・グリム(1785~1863)、ヴィルヘルム・グリム(1786~1859)の“グリム兄弟”が編纂した有名な“グリム童話”のストーリーをベースとするジングシュピールで、原題もドイツ語読みで“エス・ヴァー・アインマル…”。グリム兄弟の兄ヤーコプの没後150周年にあたる2013年に生地ドイツのハーナウで上演するため、この地方の吹奏楽団ライン=マイン・ウィンド・フィルハーモニー(Blaserphilharmonie Rhein-Main)から委嘱された作品だった。

ウィンドオーケストラのほか、語り手、俳優(オプション)、児童合唱を必要とし、オリジナルの台詞や歌詞は、すべてドイツ語で書かれている。“序曲”に始まり、“金のかぎ”、“赤ずきん”、“ルンペルシュティルツヒェン”、“いばら姫”という、グリム童話の有名な4つの物語から構成される。

『誰もボクがこの種類の作品を手掛けるとは思ってもみなかったようだ。だが、プロジェクトをはじめて知った時、これはチャンスだと思った。それで他者に先を越されないように、真っ先に手を挙げてコンタクトしたんだ!』とは、作曲者の弁。

委嘱者による世界初演は、2013年9月29日(日)、ハーナウ市内のコングレス・パーク・ハーナウ(Congress Park Hanau)で、イェンス・ヴァイスマンテル(Jens Weismantel)の指揮で行われた。このとき、ヤンは、奥さんを伴ってドイツまで観劇に出かけている。

あくまで作曲者本人の“自己申告”だが、この“初演大成功”の知らせはこちらにもすぐに入ってきた。出版社ハル・レナード・MGBの音楽部門責任者、ベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts)から、『ちょっとこれを聴いて欲しい!』とそのライヴがWAVファイルで送られてきたのは、それからしばらくたった2014年6月12日のことだった。メールには“CD化したいが、どう思う?”とも書かれてある。

録音は、ライヴだけに無キズではないが、音楽の中身そのものがすばらしい。速攻で、『ヤンに“おめでとう”と伝えて欲しい!』と打ち返した。

高山での上演計画が持ちあがったのも、ちょうどその頃。ヤンが、名古屋芸術大学教授の竹内雅一さんに“日本でも上演できないだろうか?”と持ちかけたことが発端だった。

ヤンがらみの作品の場合、しばしばこういう展開になってしまうが、自動的というか、例によって、筆者は、関係者間の事情を交通整理し、調整する役まわりをつとめることになった。

飛騨高山文化芸術祭実行委員会会長の大萱真紀人さんにお目にかかったのは、名古屋芸大3号館のホールにおけるハル・レナード・MGB(de haskeレーベル)のためのレコーディング初日の2014年9月16日のことだった。

その日のセッション終了後、張本人のヤンも含め、関係者一同が勢ぞろい。順に話を伺っていくと、この上演には、いくつか高いハードルがあることがすぐに分かった。

まず、ヤンに楽譜のことを尋ねる。すると、「むかしむかし…」は、スコアだけが市販され、他はレンタル扱いになるという。

過去、筆者には、上原 宏さんが音楽監督、指揮者をつとめる東芝府中吹奏楽団によるベルト・アッペルモント(Bert Appermont)のミュージカル「サタンの種(Zaad Van Satan)」上演のお手伝いをさせていただいた経験があり、その楽譜も同様にレンタル譜だったので、ヤンの話から、演奏者と出版社との手続きや約束事が容易ではないことが想像できた。

一方、高山市は、予算執行が年度ごと、つまり、文化芸術祭が催される会計年度に入った2016年4月以降の支払いになるとの説明が大萱さんからあった。しかし、指揮をする竹内さんからは、演奏をするウインドオーケストラが、市中の中高生の合同バンドであり、練習のために楽譜はもっと早く、できれば2015年の秋あたりまでには欲しいという要望が出る。

まず、このタイムラグをベン・ハームホウトスに認めさせる必要があった。

次に、これが肝だったが、主催側としては、ドイツ語の歌詞や台詞をすべて“日本語”に訳して上演したい、つまり高山としては“日本語版世界初演”というステータスがひじょうに大切な条件になるという話が出た。

もちろん、ドイツ語の歌詞と台詞にも、作者がおり、出版社がそのコピーライトを管理しているので、翻訳のチェックや許諾を出版社の日本法人である東京のハル・レナード・MGBが処理する必要がある。当然、作品の規模に応じた許諾料が発生することになるが、必要なものは予算に組み入れるから問題ないといわれる。

大萱さんの熱意に、こちらも押され気味だ!

また、日本語での上演となると、関西弁まじりの“あやしい日本語”を操るヤンと言えども、指揮はできない。アドリブも含め、舞台上に飛び交うすべての日本語に即応できないからだ。もちろん、これはヤンも納得済み。

他にも、細かい課題がいくつかあったが、それらを確実に1つずつクリアしながら、やっとたどり着いたのが、9月4日の初の通し稽古だった。

ここまで、およそ2年の時間が流れていた。

この日、それまで別々に練習していたウィンドオーケストラ、語り手、俳優、児童合唱が一堂に会した訳だから、それはそれは壮観。そして、それぞれのグループが自分たち以外のパートがどんなことをやっているのかをお互いに初めて意識したわけで、多少戸惑いを見せながらもモチベーションの高い稽古となった。駆けつけた市の担当者も感動の様子だ!

各セクションは、この日判明した課題を持ち帰って各個にリハーサル。前日の総練習をへて、2016年9月18日(日)、高山市民文化会館での本番の日を迎えた。

コンサートのタイトルは、「高山市制施行80周年記念 第2回飛騨高山文化芸術祭こだま~れ2016 ES WAR EINMAL…(むかしむかし・・・)日本初演・日本語版世界初演」。

“こだま~れ”とは、美しい山々に囲まれる高山らしいネーミングだ。

この日、1280名収容の大ホールは、溢れんばかりの聴衆が集まり、急遽予備席も準備し、出演者のために用意した座席まで開放するような大盛況!!

高山市内の小学生・中学生・高校生を主体とする“こだま~れジュニアコーラス”、“こだま~れウィンドオーケストラ”、“こだま~れアクターズ”が演じた「むかしむかし…」は、集まった市民たちに大きな感動をもたらした。

ヤンや筆者らとともにこの上演を観た高山市副市長の西倉良介さんも、思わずスタンディング・オーべ―ションで、『ウチの子供たちがこんなすばらしいことができるなんて、信じられません。感動しました。』と率直な感想を述べられた。

指揮者の竹内さんから促され、ステージに駆け上がる作曲者のヤンと合唱指導に当たられた平田 誠さんにも万雷の拍手が贈られる。

澄み切った水やおいしい空気、そして有名な高山祭だけじゃない。

こんなことができるこの町が大好きになっていた!

▲あかずきん

▲おおかみ

▲王子といばら姫

▲カーテンコール

 

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