■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第27話 世界吹奏楽全集

▲LP – 世界吹奏楽全集(東芝音楽工業、TP-7299~301)

▲世界吹奏楽全集の曲目一覧

日本コロムビアが、新録音の「楽しいバンド・コンサート」(加藤正二指揮、東京ウインド・アンサンブル / EP全3枚:EES-176、EES-177、EES-178 / 第18話参照)を1967年にリリース。翌年、それを追いかけるように、日本ビクターが海外原盤を活用した「世界のブラスバンド」(イーストマン・ウィンド・アンサンブル、スコッツ・ガーズ・バンド、パリ警視庁吹奏楽団ほか / 2枚組LP全4巻+別巻の計5巻 / Philips:SFL-9060~61、同:SFL-9062~63、同:SFL-9064~65、同:SFL-9066~67、同:SFL-9068~69 / 第19話参照)を企画したことは、それまでマーチ以外の吹奏楽レコードにまるで関心を示すことがなかった日本のレコード業界に、ちょっとした“吹奏楽レコード・ブーム”を巻き起こした。

ビクターの動きに最も敏感に反応したのは、もちろんコロムビアだった。

1968年9月から翌年6月の10ヵ月間に、毎月1タイトルのペースでリリースされた「コロムビア世界吹奏楽シリーズ」(日本コロムビア、XMS-51-R ~ XMS-60-S)がそれだ。

このシリーズは、ビクターと同じく海外原盤網を活用したもので、第1集のフランスに始まり、ドイツ、オランダ、ポーランド、アメリカ、スペイン、再びフランス、イギリス、オーストリア、チェコスロヴァキアのバンドによる合計10タイトルがリリースされた。

内容は、イーストマン音楽学校のドナルド・ハンスバーガー(Donald Hunsberger)が編曲したショスタコーヴィチの『祝典序曲(Festive Overture)』が注目を集めたトレヴァー・L・シャープ(Captain Trevor L. Sharpe)指揮、コールドストリーム・ガーズ・バンド(The Regimental Band of the Coldstream Guards)演奏の第8集「イギリス近衛兵の栄光(Second to None)」(日本コロムビア、XMS-58-Y / 原盤:英Pye)が唯一コンサート・アルバムであるのを除けば、他はほとんどすべてマーチだった。

ただ、1990年代に大阪市音楽団の首席指揮者をつとめたハインツ・フリーセン(Heinz Friesen)が指揮したオランダのコミュニティー・バンド“オランダ王国ボホルツ・フィルハーモニー”やほとんど耳にできなかった共産圏の軍楽隊など、過去に日本国内でレコードが発売されたことがないバンドのマーチ演奏が聴ける点で、マーチ・ファンには大いに歓迎された。

一方で、コロムビアの“第1集”の発売がビクターの“第1巻”と同じ1968年9月に重なるなど、ライバル意識の強い老舗両社の鍔迫り合いは強烈で、この時期、両シリーズ以外にも結構バラエティに富んだ外国原盤の吹奏楽レコードが両社から単発リリースされた!

そんな中、1961年に初来日したギャルド・レピュブリケーヌの録音を成し遂げた東芝音楽工業は、1968年に「世界吹奏楽全集」(TP-7299~301)という、LP3枚構成のボックス・セットを企画し、翌年4月1日にリリースする。

監修・解説は、コロムビアの「楽しいバンド・コンサート」に制作委員として参画し、ビクターの「世界のブラスバンド」にも解説者として名を連ねた大石 清さんだった。

当然、東芝の新しい企画にも先行両社と類似するコンセプトが感じられた。

まず、日本吹奏楽指導者協会の推薦を得たこと。

ついで、セットされた3枚のLPが“マーチ篇”“ポピュラー篇”“オリジナル篇”のジャンル別構成になっていたことだ。これは、ビクターの“行進曲編”“ポップ・コンサート編”“クラシカル・ブラス編”“オリジナル・ブラス編”という流れと似ている。

時代の趨勢(すうせい)なのか、レコード会社の呪縛なのか、1枚目を“マーチ”でスタートさせている点も共通するが、安易に“ブラス”という文字を使ったビクターより、東芝のジャンル分けが吹奏楽の指導現場の親近感を集めたのは、間違いないだろう。

演奏者に目を転じると、“マーチ篇”を海上自衛隊東京音楽隊、“ポピュラー篇”と“オリジナル篇”を東京佼成吹奏楽団というように、すべて日本のバンドの演奏でまとめたことも大きな特徴だった。これは、コロムビア盤のコンセプトと同じで、演奏内容はさておき楽器編成が異なる外国バンドの演奏をまとめたビクター盤より、日本の演奏現場に寄り添うかたちとなった。

“マーチ篇”は、片山正見隊長在任時(1962~1967)に17センチEPのシリーズで発売されていた「マーチと共に」の既録音からコンピレーションされたもので、“世界”のタイトルにふさわしく、
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、オランダ、イタリア、ロシア、ベネズエラ、日本の代表的なマーチで構成されていた。

これに対し、“ポピュラー篇”と“オリジナル篇”の2枚は、当時、東京・港区の溜池にあった東芝第1スタジオで、兼田 敏の指揮で新規録音されたものだった。

東京佼成吹奏楽団(後の東京佼成ウインドオーケストラ)にとっては、メジャーレーベルへの最初期の録音であり、「バンドジャーナル」1969年3月号(音楽之友社)の口絵ページに3枚の写真とともに録音リポートが掲載された。写真は、1968年12月26日の“ポピュラー篇”の録音シーンのもので、セクションをボードで仕切り、ミキサーでバランスをとるマルチ・レコーディング方式で録られていたのがとてもよくわかる。

その“ポピュラー篇”には、ハロルド・L・ウォルターズ(Harold L. Walters)の『フーテナニー(Hootenanny)』やアルフレッド・リード(Alfred Reed)の『グリーンスリーヴス(Greensleeves)』、岩井直溥編の『八木節』などが収録されたが、ホーム・クラシックのようなレパートリーとの混載であり、やや印象度の薄いものになってしまったのは否めない。

吹奏楽の演奏現場で最も歓迎されたのは、3枚目の“オリジナル篇”だった。

これは、アメリカのオリジナル曲だけで構成された“日本初のLP”だ。

ジョセフ・オリヴァドーティ(Joseph Olivadoti)の『ポンセ・デ・レオン(Ponce de Leon)』、ハロルド・L・ウォルターズの『ジャマイカ民謡組曲(Jamaican Folk Suite)』、ジム・アンディ・コーディル(Jim Andy Caudill)の『バンドのための民話(Folklore for Band)』、ジョン・J・モリッシ―(John J. Morrissey)の『中世のフレスコ画(Medieval Fresco)』、ヴァーツラフ・ネリベル(Vaclav Nelhybel)の『プレリュードとフーガ(Prelude and Fugue)』、チャールズ・カーター(Charles Carter)の『交響的序曲(Symphonic Overture)』、シーザー・ジョヴァンニ―ニ(Caesal Giovannini)の『コラールとカプリチオ(Chorale and Capriccio)』、クリフトン・ウィリアムズ(Clifton Williams)の『シンフォ二アンズ(The Sinfonians)』という収録作品は、ものすごい勢いで日本のスクール・バンドの人気レパートリーとして浸透していった。

そこで、東芝は、1972年2月5日、3枚目だけを切り離して「吹奏楽オリジナル名曲集」(TP-7570)として再リリース。社名が東芝EMIに変った後、1974年にスタートした<吹奏楽ニュー・コンサート・シリーズ>にも「吹奏楽オリジナル名曲集 Vol.4」(TA-60031)として組み込まれて再々リリースされるなど、規格番号やカップリングを変えながらCD時代にも残るロングセラーとなった。

これらのオリジナル曲は、今もどこかで演奏されている。それを見ても、レコードの影響力が当時いかに大きかったかがよくわかる一例となった。

コロムビア、ビクター、東芝の3社とも、主に外国楽曲を扱いながら、曲名、作曲者名、編曲者名の横文字表記がジャケットや解説書にまったく見当たらないなど、残念な点もあったが、マーチ一辺倒だった日本の吹奏楽レコードが、これらの冒険的企画などを通じて、新たな制作方針が固まっていったことは明らかだ。

これ以降、マーチはマーチだけのアルバムに、ポップスはニュー・サウンズなどに収束された。

「世界吹奏楽全集」は、レコード各社に吹奏楽オリジナル作品のアルバム作りを強く意識させるきっかけを作った、そんなLPボックスだった。

▲[EP – マーチと共に(1)(東芝音楽工業、TP-4094)

▲EP – マーチと共に(3)(東芝音楽工業、TP-4096)

▲EP – マーチと共に(4)(東芝音楽工業、TP-4097)

▲EP – マーチと共に(7)(東芝音楽工業、TP-4104)

▲EP – マーチと共に(13)(東芝音楽工業、TP-4151)

 

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