■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第26話 デジレ・ドンデイヌの遺産

▲デジレ・ドンデイヌ(パリ警視庁提供)

▲パリ警視庁吹奏楽団(パリ警視庁提供)

1960年代初頭、日本のレコード各社は、例外なく、それこそシャカリキになって“マーチ”の録音に取り組んでいた。

“吹奏楽=マーチ”という固定概念がレコード会社の制作部門の揺るぎない思想として完全に定着するのも、この前後のことだった。当然、国内リリースされる“吹奏楽レコード”はほとんどすべてがマーチで、この頃に相継いで日本にやってきたアメリカ空軍ワシントンD.C.バンドに日本コロムビアが、フランスのギャルド・レピュブリケーヌに東芝音楽工業が録音依頼したのも、すべて“マーチ”だった。

外国原盤をライセンスする際にも、中にはオリジナル盤から“マーチ以外の曲”をわざわざカットして、“マーチ”だけを抽出してリリースするほど徹底したものもあり、また、発売後に“ダイナミック”とか“スーパー”といった派手な形容詞を加え、何度もカップリングを替えて新譜として発売するリメイク手法も確立していた。

かのフレデリック・フェネル(Frederick Fennell)が、1953年から1962年の間に、イーストマン・ウィンド・アンサンブル(Eastman Wind Ensemble)を指揮して録音した22タイトルのアルバム(米Mercury原盤)ですら、この当時、日本で発売されたのは“マーチ”だけだった。

他のレパートリーは、商業レコードとしては見向きもされなかったという訳だ!

さて、そんな“マーチ・レコード黄金時代”の1961年、それらとはまったく違うアーティスティックなポリシーから制作された海外の吹奏楽レコードがライセンス発売され、識者から高く評されたことがあった。

日本ウエストミンスターのヴォアドール(VOIX-D’OR)レーベルから発売された2枚のレコードがそれだ。

「ベルリオーズ 葬送と凱旋の大交響曲(大軍楽隊と合唱の為の)作品15」(VOIX-D’OR, VOS-2003E/Stereo/25センチLP) – 1961年6月新譜(録音:1958年1月21日-23日、パリ)

「吹奏楽 ロマンティック・コンサート」
(VOIX-D’OR,VOS-3038E / Stereo/30センチLP)- 1961年11月新譜(録音:1958年12月20日、パリ)

2枚はともに、デジレ・ドンデイヌ(Desire Dondeyne, 1921~2015)指揮、パリ警視庁吹奏楽団(Musique des Gardiens de la Paix)が演奏したアルバムで、フランスのエラート(Erato)が録音を担った盤だった。

フランス盤のリリースは、もちろんエラートからで、アメリカ盤は、エラートと提携関係の深かったウェストミンスター(Westminster)レーベルからリリースされた。

「BERLIOZ:GRANDE SYMPHONIE FUNEBRE ET TRIOMPHALE OP.15」(Stereo:仏Erato, STE 50005 / Mono:同, LDE 3078)

「RICHARD WAGNER – FELIX MENDESSOHN – CONCERT ROMANTIQUE」(Stereo:仏Erato, STE 50016 / Mono:同, LDE 3113)

「BERLIOZ:GRANDE SYMPHONIE FUNEBRE ET TRIOMPHALE OP.15」(Stereo:米Westminster, WST-14066 / Mono:同, XWN-18865)

「WAGNER AND MENDELSSOHN DOUBLING BRASS」(Stereo:米Westminster, WST-17014 / Mono:同, XWN-19014)

演奏者のパリ警視庁吹奏楽団は、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団、フランス国家警察吹奏楽団と並ぶ、フランスを代表する交響吹奏楽団の1つで、公式には1929年3月31日に誕生した。その当時は警察の業務も兼務したが、後に音楽選任となった。現在は、吹奏楽団とバテリー・ファンファールの2つの演奏団体で構成され、計122名の音楽家を擁している。

指揮者のドンデイヌは、パリ音楽院に学び、クラリネット、室内楽、和声法、フーガ、対位法、作曲でプルミエプリを得た。1939年から1953年までフランス空軍バンドのソロ・クラリネット奏者をつとめ、1954年から1979年までパリ警視庁吹奏楽団の指揮者をつとめた。

パリ警視庁吹奏楽団は、ドンデイヌが指揮者をつとめたこの時代に大きく飛躍し、放送番組での活躍のほか、レコード各社におよそ100枚のレコードをのこしている。

この“100枚”という数字は、とてつもない数字だ。また、その中身も極めて特徴的で、行進曲や大衆音楽から交響曲まで、とにかくフランスを中心としたヨーロッパ圏の吹奏楽のために書かれた音楽にスポットをあてるアーティスティックな内容のものが大部分だった。ディスク大賞に輝いたものも多い。

氏とのやりとりは、フランスの作品をめぐって質問を手紙に書いて差し出した1990年代に始まった。返信はいつもフランス語で書かれてきたので、辞書と文法書を片手に必死に読み解いたが、日本とはまったく違う吹奏楽文化のある国の第一人者からの手紙は、いつも新鮮だった。

今回、冒頭に掲示した2枚の写真は、その当時に送られてきたものだ。できるだけ古いもの(つまりドンデイヌの若い頃)という、当方のわがままなリクエストに応え、元職場のパリ警視庁にかけあってくれたものだった。拡大してみると、当時使われていた楽器がよくわかる。

話を2枚のレコードに戻すと、1枚目は、7月革命10周年の1840年にエクトル・ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803~1869)が吹奏楽の編成を使って書き、今では『葬送と勝利の交響曲、作品15』もしくは『葬送と勝利の大交響曲、作品15』との表記が一般的になっているシンフォニーを、2枚目は、リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813~1883)とフェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn, 1809~1847)が同様に吹奏楽の編成を使って書いた序曲や行進曲、葬送音楽を取り上げた、およそ日本のクラシック・ファンが聴いたことがない作品ばかりがフィーチャーされたアルバムだった。

ベルリオーズを取り上げた1枚目のフランス盤には、ジャケットに録音で使われた楽器編成が掲載されているのでそのまま書き出してみた。(カッコ内は、便宜上、アメリカ編成に照らし合わせてみたもの)

2 petites flutes ut (Piccolos in C)
4 grandes flutes ut (Flutes in C)
3 hautbois (Oboes)
2 petites clarinettes mi b (small Clarinetts in Eb)
15 premieres clarinettes si b (1st Clarinets in Bb)
8 secondes clarinettes si b (2nd Clarinets in Bb)
3 clarinittes basses (Bass Clarinets)
2 bassons (Bassoons)
1 saxo-basse / contre-basson (Bass Saxophone / Contra Bassoon)
5 trompettes en ut (Trumpets in C)
6 cors mi b (Horns in Eb)
5 trombonestenors (Tenor Trombones)
3 cornets a piston si b (Cornets in Bb)
5 tubas saxhorn si b (Saxohorn Basses/Euphoniums)
3 contre-tubas saxhorn si b (Basses in Bb)
4 tambours militaires (Military Drums)
grosse caisse (Bass Drum)
cymbales (Cymbales)
tam-tam (Tam-tam)
chapeau chinois / les grelots (Turkish Crescent / Bells)
timbales (Timpani)
110 choristes (Choirs)

110名の合唱を含め、200名近い演奏家がこのセッションに加わったことがわかる。また、ベルリオーズのオリジナル・スコアに敬意を表し、Alto、Tenor、Baritoneの各サクソフォンは使わなかったとの添え書きもある。フランスの楽器編成が分かってとても興味深い。

面白いのは、1840年にこのシンフォニーが演奏された当時、パリにいたヴァーグナーが、ベルリオーズのこのシンフォニーに全面的な支持を表明していたことだ。

『それは最初の1音から最後の1音にいたるまで、気高く偉大である。….この交響曲は、フランスという名の国家が存続するかぎり、すたれることがなく、また、人々をふるいたたせるであろう。といわねばならない。』(VOIX-D’OR, VOS-2003Eのライナーノートから引用。執筆:佐川吉男)

2枚目のレコードは、そのヴァーグナーがバイエルン国王ルートヴィヒ2世に捧げた『誓忠行進曲』とロンドンで客死した作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー(Carl Maria von Weber, 1786~1826)の遺骨を迎えて行われた追悼式のために書かれた『“オイリアンテ”の主題によるウェーバーのための葬送音楽』、そして、メンデルスゾーンの『吹奏楽のための序曲ハ長調、作品24』と若くして亡くなった同年代の作曲家ノルベルト・ブルグミュラー(Norbert Burgmuller, 1810~1836)の死を悼んだ『吹奏楽のための葬送行進曲、作品103』の4曲が収められていた。

メンデルスゾーンの序曲をのぞくと、今やナマ演奏をほとんど耳にできない音楽ばかりだ。

1958年にこれらが録音されていた事実は大きい。

そして、日本盤の発売年、すなわち1961年は、同じフランスからギャルド・レピュブリケーヌが初来日し、伝説的な大成功を収めた年だった。

▲LP – VOIX-D’OR(日本ウエストミンスター), VOS-2003E

▲LP – VOIX-D’OR(日本ウエストミンスター), VOS-3038E

▲LP – 仏Erato, STE 50005

▲LP – 仏Erato, LDE 3113

 

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください